0114 弁護

「おう鳥嶋蓮角とりしまれんかく、今日も早いな」

「編集長、おはようございます」

 いつもそうだが、宮藤編集長は今日もいい匂いをさせている。

「いい特集記事になりそうだな」

「俺たちはこの事件の奥底にある目に見えないものを読者に伝えるつもりです」

「……お前、少し戻ったな。あの時の鳥嶋蓮角に」

「よくわかりません」

「パートナーの影響かな」

 池浪の顔が浮かんだが、石のイメージしかない……。

「それはありませんわ! ぶはっ!」

 思わず吹いた。

「あのな、鳥嶋……」

「なんすか?」

「犯人の女の家族にって、会った?」

「いいえ、旦那に会おうとしてるんですけど、ずっと自宅には居ないないようで……」

「その旦那ってのがな……」

「は?」

「弁護士やってる人なんだそうだ」

 マジかよ……。これまで分かってきたことから考えると、俺の心がひどくざわついた。

「犯人の弁護もその人がするんでしょうか」

「それはまだわからん。ただ勾留こうりゅう中も家族とは接見せっけんできるから、アドバイス的なことはしているだろうな」

「それは……」

「池浪に言うかどうかはお前に任せるよ」

「あいつは……。わかりました」

 宮藤編集長の残り香を感じて、しばらく考えていた。弁護士……か。池浪はどう反応するかな。

「鳥嶋さん、おはようございます」

「おう!今日の石はなんや?」

「…………」

「なんや、黙るんかい」

「珍しいですね、なんか変……」

 突然の池浪の出現に、俺は一瞬いつもとは違う不自然な発言をしちまったのかも知れない。

「池浪……。顔こえーよ」

「教えません」

「なんやそのパターンは」

 

 中央線のホームは強い風に吹きさらされていた。その風を切り裂くようにホームに列車が入ると、一瞬だけ空気にド突かれた感覚になる。――そう、犯人の夫が弁護士と聞いた時も、心をド突かれた感じがした。


 車内での池浪は静かだった。その手に持っている石の名前は、まだお教え頂けないままだが、彼女はそれをじっと見つめたままだまっていた。

 

「やっと着いた。ここか」

「やっと会長にお会いできるんですね」 

 白峰会長の入院先は、市内の大きな病院だった。事前に取材の申し込みを連絡した際は、お世話の担当の方が話を取り次いで下さり、話が進んだ。俺たちは手続きを済ませ、病室をおとずれた。

 <白峰しらみね幸之介こうのすけ

 入口のネームプレートには会長のお名前があった。

 

「やあ、君たちか……那珂文舎なかぶんしゃの、そうかそうか」

「失礼します、那珂文舎の鳥嶋です」

「はじめまして、那珂文舎の池浪です」

「さあ、入りなさい。よく来てくれたね」

「今日はお時間を頂けて、とても感謝しています」

 俺はそう言って会長の顔を見た。白髪に白髭、年齢の割に大柄でほがらかな雰囲気をもった七福神しちふくじんのような方だ。

「いやあ、いいんだよ、那珂文舎って聞いたからねえ、それもディスパッチの編集部だって、驚いてね。嘉多山かたやま君は元気ですかなあ」

「えっ?! 嘉多山?! うちのデスクをご存知なんですか?!」池浪はいつも以上に飛び上がった。それはもういつも以上に。

「ええ? 言っちゃ駄目だったかなあ……。僕とね嘉多山君、ほらそれと君たちを紹介したって言う千里ちゃんの施設の岸部君、この3人は同級生なんだよ」

 ――なぜデスクは俺たちにそのことを隠していたんだろう……。知らなかった?まさかそんな。旧友の奥さんが亡くなられたんだ、しかも農園のことも知らないはずがない。

「そして由喜恵もね、僕たちの3つ年上の先輩だったんだ。大学の倶楽部のOBになっても、僕たちのマドンナでね……。そして由喜恵のハートを射止いとめたのが、この僕ってわけだ」

 情報の整理が追い付かない。白峰会長、岸部施設長、嘉多山デスクが同じ大学のサークルで同級生? 確かにデスクも今年67くらいか……。そして亡くなられた白峰由喜恵さんが3つ上? そしてこのお二人がご夫婦。岸部さんは……デスクと繋がってたのかな。

「まだ、あるんだがなあ……。」

「まだ?! あるんですか?!」

 池浪はやはり飛び上がった。

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