0111 教唆

 俺たちはまた、蒼井果奈の自宅を訪ねてみた。

「やはり留守ですね」

 夫婦だけだということは、前におとずれた際に聞けたが、できれば、家族にうかがいたいこともあった。

「白峰さんが塀を作ったんは、余所よその畑に迷惑を掛けんように……だったわけだよな」

「そう聞きました。栽培する作物が違うことで厳密には影響あるのかもしれませんね」

「うーん。……農薬や動物の侵入を防ぐ目的もあったんかな」

「余所の畑……、行ってみますか?」

 見晴らしのいい住宅地から、白峰さんの農園までのあいだに余所の畑はあった。除草剤が使われて雑草のない畦道あぜみちは、土が死んでいるせいかグニャグニャした歩き心地だった。

「あそこ、……農作業してる人がいます」

 こちらの気配に気付かれぬ様、さりげなく接近した。

「すみませっ……、あっ!」

 そこで農作業していたのは、先日斜め向かいの家の二階の窓から声を掛けてきた中年女性だった。

「このあいだは、ありがとうございました」

「ええ、どうも」

 中年女性はやけに、そそくさとその場を立ち去ろうとしたので、俺は少し意地悪した。

「奥さん、実は今日伺ったのは……奥さんがご存知の『壊れた塀』についてなんですよ」

「えっ?! 誰が喋ったのよ!」

「ふぅーん。やっぱり……」

「違うからっ! 悪いのは蒼井さんよ!」

「聞きましょう、何なりと……」

 さっさと吐いちまえ、という気持ちを俺は腹の中に押し込み、いたって冷静な表情で優しくうながした。

「蒼井さんが言ったんです。宗教農園がこちらの畑を乗っ取ろうとしているって」

 そういえば、梶谷不動産さんが言ってた『農園拡張』のことか……。

「そしたらグループの人が、もっと嫌がらせすれば、諦めさせられるはずだって……そそのかされて」

「塀を壊したんですか?」池浪がやや怒り加減なのを感じた。

「ここの菜園のグループの4人で……夜中に」

「蒼井も一緒に?」

「いいえ。あの人は自分の手は汚さないから……。それから次の日の朝、蒼井さんは見計みはからったように、壊れた塀を発見した白峰さんの前に現れたんだって目撃者の結城ゆうきさんから聞きました」

「その人も塀を壊しに?」

「いいえ。結城さんは蒼井さんの右腕みたいな人よ」

 なんだその異様な勢力図は……。

「でも今はもう蒼井さんは居なくなって、結城さんは家にこもって農作しなくなったし、私たち清清せいせいしてるわよ」

「……でも、塀を壊したのはあなたたちですよね」池浪の声が震えた。

「わかってるから、これから警察に全部言うから!それでいいんでしょ!ふんっ」

 一向に悪びれた様子もなく、中年女性は去って行った。

 

「人間の黒い部分を垣間見かいまみました……私」

「写真週刊誌の編集部におって、何を今さらあまちゃんな……」

「…………」

「どうした?」

「この石、黒いでしょ……でも『赤鉄鉱せきてっこう』って名前なんです。結晶の塊は赤色で、ギリシャ語では『血の赤』って意味なんです」

「あいつらの血は『黒』やな……。でもなんや突然」

「人前では石の話できないので!」

「……すまん、そうやったわ」

 

「鳥嶋さん、私このあと寄りたい所あるんで、先に会社戻ってください」

「おう、了解」

 池浪と入れ替わりに、俺のスマホに着信を寄越よこした相手は、俺の頼れるエージェントだ。

「もしも~し」

「なんだそのきょうじょうじた応答は」

「で? どうやった?」

「見つけたぞ、お前の言っていた通りの傾向にあった垢主あかぬしがいた」

「どんなヤツ?」

「たぶん女だな。アカウント名は

 <ブルーフルーツ>

 というハンネだ」

「ブルーフルーツ? ……まんまだな」

「何がだ?」

「いや、こっちの話。でも物凄い数の投稿の中からよく見つけられたな」

JavaScriptジャバスクリプトで絞り込んだ」

「まったくわからん」

URLユーアールエル送っとくからな」

「おお、サンキュ~。またな~」

 またあっちから先に電話は切られたが、これでかなり解ってきた。俺は宮藤編集長と嘉多山デスクに中間報告を入れるため、会社へ戻った。

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