0110 悪人

「児童養護施設『赤心せきしんいえ』ですね」

「施設っていうよりも、デカい古民家こみんかって感じだな」

 俺たちは門前もんぜんでインターホンに話し掛ける。これまた高麗門こうらいもんのようなデカい門が開き、中へ案内された。

 

「今日は急なアポイントで恐縮でした。那珂文舎なかぶんしゃの鳥嶋です」

「池浪です」

「赤心の家の施設長の岸部一郎きしべいちろうです。まあ掛けて」

 岸部さんは、それは還暦もとうに迎えられてそうなダンディで細身の男性だった。

「今日は、先日亡くなられた白峰由喜恵さんのことで伺いました」

「そうなんだね、うん。僕は白峰さんちとは旧友だったんだ。ずっと仲良くさせてもらってた……」

 岸部さんは、少し遠くを見ながら話してくれた。

「僕がここの施設長になってからは、由喜恵さん……自分たちが始めた農園で作ってる野菜はすごいんだって、施設ここの子どもたちに食べさせたいって、とても誠心せいしんに譲ってくれていたんだ。子どもたちも由喜恵さんの野菜が大好きで、由喜恵さんも子どもたちが大好きで、とても可愛がってくれたんだ」

「素敵な方だったんですね」池浪は微笑んでいた。

施設ここの卒業生の千里ちさとちゃんはね、物凄く由喜恵さんにれ込んじゃって、自然野菜家族に弟子入りしたんだよ」

「えっ!!」

 俺たちは面食らった。まさかここで農協の大橋さんに聞いた『元生徒さん』のことが判るなんて思いもしなかったからだ。

「その方、今はどちらに……」一抹いちまつの望みを込めて、俺はたずねた。

「埼玉で自分の農園やってるんですよ、夫婦で。来週は施設ここにジャガイモ持ってきてくれるってメールあったよ」

「っしゃ」池浪が小さくこぶしを握った。

「その時、また私たちもお邪魔してよろしいでしょうか……」

「ええ、もちろん」

「重ねて恐縮です。ありがとうございます」

 

 施設内では中に入るまで、門の外からは分からなかったが施設ここの中庭は建物に囲まれる形で中央にあり、広さは小さめの校庭くらいあった。今はそこに数人の子どもたちが集まっている。

 池浪は、何もはばかることなく中庭に出て、その様子を見に行った。俺もつられてそぞろ歩いた。

「どなたですか?」

 池浪に話し掛けてきたのは、中学生ぐらいだろうか……眼鏡の少女だった。

「私たちね、施設長さんに自然野菜家族さんの野菜のお話しをうかがいに来てたの」

「由喜恵さん……のことですか?」

「うん。そうだよ」

「私は小川おがわ奈菜実ななみといいます。……ここのみんな、由喜恵さんが大好きでした。野菜も……いつも届けに来てくれる日が、毎回楽しみで仕方ありませんでした」

 奈菜実ちゃんの眼鏡の奥の瞳は、かすかにうるんでいるように見えた。

「私は池浪いけなみ耀あかるといいます」

「ゆきえママのおともだちなの?」

 奈菜実ちゃんの後ろからひょっこり現れたのは、小学生にあがるかどうかの坊やだった。

「この子は岡野おかのりくくんです。由喜恵さんに一番なついていたんです、陸くんが……」

池浪は陸くんの前にしゃがんだ。

「うん。そう、ゆきえママのおともだち…… はい、これあげる」

 その手に見せたのは、いくつかのカラフルな小石みたいだ。

「すごいきれいだね!これくれるの?」

「うん。あげる」

「ありがとう! ……あのね、わるいひとつかまる?」

「えっ?」

「ゆきえママにひどいことしたひと、やっつけてくれる?」

「…………」

 池浪は少し黙ってこう言った。

「悪い人は絶対にやっつける」

「ありがとう、おねえさん」

「じゃあまたね」

 俺たちは岸部さんに挨拶し、施設ここを後にした。

 

「いいのか? 小石、あげちゃって」

「……ぷぷっ、いいんですよ」

「なんや?」

「天然小石が50グラム100円のはかり売りだよー!ワゴンセールだよー!」

「お前は駄菓子屋のおばちゃんか」

 

「鳥嶋さんって、ご出身どちらですか?」

「東京」

「やや関西弁ですよね?」

「おお、中高と大阪の学校やった」

「私は知らないと思いますが、どちらですか?」

富田林中とんだばやしちゅう

「うわっ……知ってる。警察署から犯人脱走した所」

「そっちかーい」

 

 その後、俺たちはもう一度『わるいひと』のお宅へ行ってみることにしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る