0109 役目

「またあんたたちかいっ!」

 あの自販機の店の白髪老婆だった……。今日は……お孫さんかな?もご一緒だ。

「いえいえ、今日はこちらに用はありませんよ~」俺は足を速めた。

 ところが池浪は、ふいに老婆に歩み寄りこう言ったのだ。

「お婆さんの言っていた『シロシューキョー』のこと、でお知りになりました?」

 ――思いもよらぬ行動だった。だが率直に、それが知りたかった。そしてその池浪の質問に答えたのは、老婆の隣でこちらを見ている背の高い少女だった。

「SNSにそう書いてあるじゃん」

 俺は完全に見落としていたのだ。パソコンで調べていたウェブサイトは事件の記事を扱うものにかたよってしまっていた。

「ありがとう。それで例えば何て書いてあるの?」池浪は少女の隣に立ち、自分のスマートフォンを渡し操作してもらっていた。

 ……だけど何だあの岩肌のようなスマホカバーは。

「ああ、えっと。なるほど……。とても助かった、どうもありがとう」

 池浪が礼を言い、俺たちが立ち去ると少女と老婆は不思議そうな表情のままこちらを見送っていた。

 

「鳥嶋さん……『シロシューキョー』の正体が判明しましたよ」

 池浪の目にはふるい立つ覇気はきが感じられた。

「これ、見てください」

 

 <都内某所の山頂農園は実は宗教テロ集団www>

 <白装束のシロシューキョーの教祖は、白○雪○?>

 <白宗教の野菜はT麻で荒稼ぎ>

 <白団ついに城壁で篭城か>

 <山頂にヘリの往来…密輸?>

 <教団は北朝○とつながっているwww>

 <世間と隔てられたチミモーリョーの白い箱の中で密造される戦闘員たち>

 <暴○団の車両出入りでおk?>

 <8玉子は火の海カクテー(ワラ)>

 <白雪逝った>

 <白雪イキテルwww>

 

「ひどすぎる……。どれもやはり荒唐無稽こうとうむけいなただの落書きやないか!」

「そうです。でもこれが世の中に広まり、さも事実かのように引用されそれがまた拡散され、仕舞しまいには地域住民の殆どがこれを事実だと思い込んでしまい、マスコミまでが面白可笑おもしろおかしく取り上げるという、異様な世界がここでは常態化してしまっていたんです」

 俺の中にこみ上げるこの怒りは、池浪の中のそれも同じようだった。そしてひねり出すようにこう言った。

「鳥嶋さん……。私たちの役目って……」

 ――「そう、うん。そういうことやと思う……。この『心実しんじつ』をこのまま闇に埋もれさせてはならんのやと思う」

「私も……そう思います」

 夕映えの赤く燃ゆる太陽は、まるで池浪の静かに燃ゆる怒りに染められたかのように真っ赤に焼け、次第に沈んでいった。

 

「お前、石の話……していいんだぞ、別に今はな……」

「えっ!あっ!喋っていいんだった、忘れてました」

 ……しかし何故だろう、喋ってなかった気があまりしないのは……、俺だけだろうか。

「これ、『シナバークォーツ』です。別名『賢者の石』……。これのおかげで今日は何か良いものにに引き寄せられた気がします」

「それって白髪老婆にかよ……」

 

 ――俺は池浪を駅で見送ったあと会社に戻り、コンピュータ関係に詳しい友人にある依頼をした。

「久しぶりだな鳥嶋」

「ちょっと頼みがあってね~」

「そんなことだろうと思ったのだが……」

「あるキーワードに関係するSNSの投稿の中から最も古い時期のもので、アカウント主が八王子もしくは農業に関係するその他の投稿をしているヤツ……引っこ抜いてほしいんだよね~」

「なんだそのマニアックな絞り込み条件は……そんな女が好みなのか?」

「アホか」

「期限は?」

「なるはや」

「まったくもって曖昧模糊あいまいもこ、そもそも僕にメリットは?」

「ゴディバで」

「引き受けた。それで、キーワードというのは?」

「シロシューキョー」

「まったくもって意味不明いみふめいだな」

「よろしゅ~」

 電話は先に切られたが、きっと期待通りの成果があらわれるはずだ。

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