0108 破壊

「へい? ですか?」池浪の声が少し上ずる。

「ああ、そうです。塀、壊されちゃったんですよね」

 よく見ると確かにそこには、崩れたブロック状の土の塊らしき物がゴロゴロ転がっていた。農業用の土か肥料か何かの集積場所なのかと思っていた。

「壊された?って言われました?」俺は聞き直した。

「ええ、そうです。元々そんなに高さはない低めの土塀どへいでした。白峰さんが、余所よその畑にこちらの作物のものが迷惑かけちゃいけないってんで、土塀を建てることに」

「低めの? 1メートルちょい?」

「120センチです」

「ところで、土塀って何ですの?」

「最初はフェンスにしようという案もあったみたいですが、土塀ってね殆ど粘土ねんどわらなどだけで出来ていて、自然に優しいんですよ。無農薬の自然栽培ですか、それにぴったりだって」

「蔵の土壁みたいなもん?」

「そんなもんです。そこに白峰さんデザインの飾り付けを加えて、土塀が可愛い感じになってました。白峰さんも可愛くてとても気に入ったと喜んでおられたもんでおぼえてますわ」

「可愛い……感じですか」

「そうです」

「ちょっと待ってくれ、壊されたって、誰がそんなことするんよ?」

「塀を壊した犯人は解ってないらしいですよ、警察も……」

「これやったのも殺しの犯人……。ですかね?」

「解りません」

 単なる嫌がらせか何かか……。観音菩薩と何をそんなに揉めることがある?

「……池浪?」

 池浪はしゃがんで、じっと壊された土塀の残骸を見つめていた。黙ったまま手に取っては見つめそれを置き、また別の物を手に取って見つめ、置いて行っていた。

 俺は何も言わなかった。

「どうもありがとう」

 俺が礼を言うと、上間青年は軽く会釈して去って行った。

 

「ここにあった、白峰さんお気に入りの土塀が壊された。そして白峰さんは、蒼井果奈にこの場所で殺された……」

「関係ありそう……。ですね」

 塀なんか壊して得するんは誰や? わざわざ他人の家の敷地にまで壊しに来る理由って何や? そこまで白峰さんが恨まれる訳は?

「池浪、事件の概要って……たしか加害者が被害者と口論になって、農具のようなもので殴り殺害した……。みたいな話だったよな?」

「はい。そして目撃者が通報してます」

「目撃者……」

 

 その時、池浪のスマートフォンに電話が入った。

「何や、そのしみじみとした着信音は……」

「はい、池浪です。お疲れ様です。……ああ、そうなんですか。……わかりました。ありがとうございます。失礼します」

 ……誰からやろ。

「編集長からでした」

「何やって?」

「農協の大橋さんが、私たちにまた出張所に寄って欲しいと会社に連絡があったそうです」

「そうなんや。行ってみっか」

「これ、『石の記憶』です」

「はぁん?」

「この曲、着信音の曲名です。『石の記憶』っていう素敵な曲です」

「どこまで石で攻める気や……」

 

 俺たちはその足で、大橋さんの居る農協の出張所へ向かった。途中、畦畔けいはんの刈られたばかりの草がやけに青臭く鼻に残った。

 

「いやあ、お二人ともわざわざ来てもらって恐縮です。私も少しはご協力できることがあればと思ってね」

「と、言いますと?」俺は少し前傾した。

「白峰さんは、あの自然野菜家族さんで採れた野菜をね『児童養護施設』に少しずつだけど無償提供されていたんですよ」

「無償提供ですか?!」さらに前傾した。

「そうです。大地の母で、そこの子供たちの母代わりです。すごい人でしたよ……本当に。それでね、是非お二人にそこを訪ねてお話を伺ってみたらどうかと思ったんですよ」

 

 池浪がその養護施設の住所などを教わっているあいだ、俺は自分たちが少しずつだが、この事件の『心実しんじつ』に近づいているきざしを感じていた。

 

 ただこの日は、帰りに使う道を誤ったためか無償ただで帰らせてはもらえなかったのだった。

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