0107 家族

森羅万象しんらばんしょうの産物……。『シナバークォーツ』今日の石にぴったりです」

 池浪の独り言はいいとして、今日の中央特快高尾行ちゅうおうとっかいたかおいき(中央線の特別快速下り列車)は気持ちがいい。今日の予定にぴったりだ。


「独り言は……いいんですよね」

「あん?」

「鳥嶋さんと二人っきりの時は『石』のこと喋っていいんですよね」

「そうだな」 という言い回しが、いささかムズがゆいが俺は質問に答えた。「喋って……いい」

 確かに……。この一件が終わるまでとりあえず石の話を一般の人にするのは止めておこう。――そう言ったわな。

 

 駅を出た俺たちは、もう慣れた足取りで目的の山へ向かった。もちろん途中で老婆の居る自販機では休憩せずに。

「あのあと調べたんですが、殺害の現場が施設の敷地内って部分。農園の一番奥の方に位置する北端の、トマトが栽培されていた場所だそうです」

「トマトは関係なさそうやけどな……。 そこで白峰さんは殺されてしまった。怨恨えんこんがらみのトラブルで、か?」

「はい。犯人の女の名前も見てきました」

 <蒼井果奈あおいかな

「この人の住所が、あの山の中腹にあった少し拓けた住宅地の一軒家みたいなんです」

「ふーん……。 その女がわざわざあんな山の頂上までやって来て、観音菩薩を殺したとは……。そりゃ地獄行きやわ。閻魔特快地獄行えんまとっかいじごくいきや」

「鳥嶋さん……毒舌すぎ」

 

 このあいだ来た時は気にもしなかった(それどころじゃなかった)が、池浪の言う住宅地は山の中腹の一本左に逸れた道から少し下った高台にある、眺望ちょうぼうがウリの新興住宅地っぽかった。

「ここですね」

「新しい家だな」

「呼び鈴……、鳴らしますか?」

「おう、鳴らすわ」

 それは俺の指がボタンに触れる直前で、思わずビクッとした。

「蒼井さんは留守ですよー」

 周囲に人はなく、マジでどこから声がしたのかつかめずに見回したが、先に池浪が反応した。

「ご家族も居られないんでしょうかー」

 声の主は、斜め向かえの家の二階の窓から顔を出している中年女性だった。

「ご家族は旦那さんだけだけど、ご実家じゃないかしらー。新聞社とかテレビ局とか詰めかけて来てたからー」

 ウチは……新聞では、ないんですがね。

「ありがとうございましたー」池浪は玄関先まで降りてきた中年女性に……ボールペンを渡していた。

 

「奥さんが逮捕されてしまったら……。家には居られませんかね」

「自分はなぁーんにも悪くないのに?」

「でも心情としては……」

「悪いことをした本人の代わりに誰かがやってる謝罪会見とか見るが、俺は意味不明やわ、アレ」

「そういう風潮…… なんでしょうか」

「それを作ったんは誰やろか」

「私たち『マスコミ』ですよ」

 池浪の言う通りだと思った。だからこそ……。

「そのために私たちは今『心実しんじつ』を探っています」

 ――アツいな池浪。

 そしてこの日も残暑が続いていた。真夏日はさらに記録を伸ばしそうだと今朝、気象予報士が言っていた。

 

「あらためて見ると、白くてやけに四角いよな……施設の建物」

「巨大な角砂糖か、目のないサイコロ、分割した消しゴムまたは……」

「もうええわ」

 建物自体は、白い壁のお洒落なデザイナーズナントカと呼ばれてもおかしくない。

「えっと、北端の……。ん?」

 俺たちの目的のトマト畑には、先客がいた。

「こんにちはー!」池浪はすかさず声を掛ける。

「ここから逃げたりせんやろ……」小さくつぶやいた。

 先客は作業服姿の若い青年で、しゃがんで手を合わせていた。

「ど、どうも…… こんにちは」

 青年は池浪の勢いに驚いた様子で、こちらに挨拶した。俺たちが何者か説明すると青年は安心したようにこう言った。

「僕はエクステリア業者の社員の者で上間うえまっていいます。エクステリアって言っても、造園メインで門塀や外壁もやってます。今日は一遍いっぺんだけ白峰さんに手合わせよう思うて」

「こちらの造園もおたくで?」

「いえいえ、農園自体は白峰さんが殆どご自身で、うちはビニールハウスなどや塀をやらせてもらいました」

「へい?」……どの?

 ここにはどこにも『塀』などなかった。

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