0106 熱量

 週明け、早朝から俺は編集部で事件のことについてネット上をさぐっていた。

「ダメだ……」

 どうもイマイチ欲しい情報に辿たどり着けない。ネット上に掲載されている内容は、事件の記事とそれを面白可笑おもしろおかしく取り上げた、どれも地域住民の言っていたような荒唐無稽こうとうむけいな偏見ばかりだった。

 何故『農園教室』が『宗教団体』という変換に繋がってしまったのか……。

 

「よう! 鳥嶋とりしま蓮角れんかく!」

 

「編集長……。 おはようございます」

 そう、このハイテンションでワイルドな男性は、我がディスパッチ編集部の編集長

 <宮藤くどう孝太郎こうたろう>だ。

 たった入社十年で編集長の座まで上り詰めた、絵に描いたような『デキる男』。ちなみに殆どの後輩はこの人にで呼ばれている。

「おいおい、なんだよその顔……。不動明王ふどうみょうおうみたいになってるぞ」

「今回のこの件、俺と池浪を組ませたの編集長なんやないかと思って! ネタ会議の時は何やら静かでしたけど」

「よくわかったなあ。さすがは鳥嶋蓮角ともあろう人物だ、俺からデスクに提案したんだ」

「なんでなんです?」

「へえ……。そこだけわからん、ってか?」

「へえ?」

「温度バランス……だよ」

「なんすか?……それ」

「まあ、7年目の先輩がしばらく2年目の後輩の面倒みろってことだ!」

 そう言って、肩を回しながら宮藤編集長は去って行った。

 ……面倒みろ、ねえ。

 俺は、不動産会社の梶谷さんと農協の大橋さんの話を思い出していた。亡くなった白峰さんは、親しい人たちからは『観音菩薩』や『大地の母』といった神秘的な存在イメージが語られた。

「神秘的な……。神々しい教祖様?」んなアホな。

 まだ残暑が厳しい室内のエアコンの風が、資料の紙端を揺らしていた。

 

「鳥嶋さん! おはようございます!」

 

 面倒が現れた……。

「また明日から八王子ですね!」

「ああ、でも山登りの前に知っておきたいことあるんや」

「知って?」

「うん、犯人の女の方ね」

「なるほど……。でももう起訴はされてるんですよね」

「されてる。ただ、俺たちの役目は警察が調べた『真実しんじつ』とかではなくて、なぜ殺されなきゃならなかったのかという『心実しんじつ』の方を知らなきゃならん」

「はい。私も心実しんじつを読者に読んでもらいたいです!」

 ……アツいな池浪。ん?……ああ、そういう意味だったのか。

 

 ――「池浪、お前さ」……とりあえず聞いてみるか。

「はい! なんでしょう!」

「目標……。とかってあるん?」

「この仕事において? ですか?」

「そうそう」

「はい。『那珂文舎賞なかぶんしゃしょう』を獲ることです」

「へええ」

 那珂文舎賞なかぶんしゃしょうとは、我が社が誇る年間コンペティションで、その年の最も優れた著作物に贈られる栄誉あるタイトルである。

「そっか。めっちゃいい目標やな」

「ありがとうございます!」

 池浪の目は真っ直ぐ前を向いているように見えた。その瞳は澄んで……また燃えているようにも見えた。

「いい温度バランス…… かも知れん」

「は?」

「いや、なんでもねえ」

「ところで鳥嶋さん、この『蛍石ほたるいし』見てくださいよ~」

「見たないっす」

「この子は紫色の子なんですけどね、他にも緑の子や黄色の子もいて、蛍石ほたるいしって名は、UV光を当てたり熱を加えたりすると蛍光を発するところからきてるんですよ! 可愛くないですか~」

「可愛く……、はない」

「またまた~ 可愛いと感じる心を恥ずかしいと思うのは、男性のもったいない所だと思うんですよね~」

 ――そう言って、池浪は石を手に窓際に行き、外からの光を石に当てて眺めている。

「おはよう! 池浪いけなみ耀あかる!」

 そこにやってきた宮藤編集長は、池浪の持っている石を指して何やら笑っている。池浪も嬉しそうにはしゃいでいる。

 宮藤編集長は、俺の視線に気付き『ニヤリ』と俺にほくそ笑んでみせた。

「カンベンしてくださいよ……」

 もしかすると俺は、あの人たちのてのひらの上で転がされて遊ばれているだけなのかも知れない。

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