0105 差異

『無農薬・有機栽培のオーガニックファーム 自然野菜家族』


「で、いいんですよね……」

 俺は白い施設に届いていた郵便の差出人『梶谷不動産』のご主人にうかがった。

「ああ、白峰さんの所の……」

「はい。こちらとは、どういう……」

 地域住民とのやり取りのせいか、池浪もやや慎重だった。

「うちの先代はあそこの地主でね、白峰さんとは旧友だったらしいんだ。先代が退しりぞいてからは、この会社としてやり取りさせてもらっててね」

「最近も何か……、契約更新とか……あるんですかね」

 ――言えねえ、見積書のぞき見したなんて!

「ええ、更新とかではなくて、農園を広げたいんだって白峰さん。そうりゃもう嬉しそうにね。 ……あんなことになって僕は何だか寂しくて、残念で悔しいんだ。うちも白峰さんの所のオーガニック野菜の大ファンでしたから」

「どんな方だったんですか?」

 ……俺も気になる。

「白峰さん? もうたぶん七十過ぎだけど素敵な人でね、観音菩薩かんのんぼさつみたいなおおらかな優しさを感じたなあ」

 ……観音菩薩、ですか。

「農園は、複数の人たちで運営されていたそうですが……」

 そうそう、めちゃめちゃ広い農園でしたよ。

「そうだね、大勢いたよねボランティアさんなのかな? でも宗教とかではないよね。それなら、農協の大橋さんが詳しいはずだよ」

「ありがとうございました。よかったらこちらどうぞ。」

 池浪は『ドヤ顔』で、モンモリナントカを渡していた。

 

 ――率直に感じたことは、住民たちとの話の心象の違いだった。こうなって俺はよくわからなくなっていた。だが、もしかすると梶谷さんとはとても親しい間柄だったからなのかも知れない。

 

『無農薬・有機栽培のオーガニックファーム 自然野菜家族』

「について、大橋さんが詳しいと、梶谷さんから伺ったんですが……」

「白峰先生ね……。惜しい人を亡くしてしまいましたよ」

「先生? ですか?」

「そうですよ。農協では『大地の母』や『オーガニックマザー』なんて呼ばれてたんです。白峰先生はその道のプロでしたから。宗教団体だなんてトンデモナイ!」

 ……大地の母、ですか。

「プロ? と言いますと?」

 池浪は食い気味に質問した。

「あのね、無農薬や有機栽培ってのはちょっとやそっとで成功するほど簡単じゃなくてね、白峰先生はここまで相当な苦労の末に今の農園を成功させたんだ」

「もしかして、手伝いに来られていたボランティアさん達って……」

 ――そうか……。

「ああ、生徒さんたちね。どの子も家族出身の卒業生は全国各地で成功してるよ。えっと、の元生徒さん達ね」

「もし差支えなければ、どなたかご存知の元生徒さんなどおられましたら……」

 ――それ、俺も教えて欲しいです!

「いや~ そこまでは私もわからないなあ~」

「そうですか……。ありがとうございました。よかったらこちらどうぞ。」

 池浪、そのバックパックにどんだけ石入ってんだ!?

 ――だが、今度ばかりは何やら、池浪は大橋さんとディスカッションしている。俺は少し遠目とおめに様子をうかがったが、大橋さんはモンモリナントカが気に入らないみたいだ。とても怪訝けげんな表情で、池浪に石を返していた。

 

「わかっていただけませんでした……」

「その石の良さ……をか?」俺もわからんが……。

「すごく嫌な顔をされてしまって……」

「相手は農業のプロやろ? 肥料にミネラルだって言っても素人相手のようにはなあ~」

「すごくいい鉱物なのに……」

「池浪、この一件が終わるまでとりあえず石の話を一般の人にするのは止めておこう」……少し可哀想かな。

「そうします」

 池浪は珍しく静かになっていた。

 

「ところで鳥嶋さん、白峰さんのことですが……」

 やはり池浪も俺と同じことを感じたらしい。

「観音菩薩に大地の母とは、随分と地元住民が持っていた印象と食い違っているように思いました」

 そうだ……。白峰さんに深く関わった人と、そうでない人には明らかに心象に差異さいがあった。

「きっとその辺りに『農園』が『宗教』に思われてしまった理由があるのかも知れないな」

 池浪は静かにうなずいた。

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