0103 偏屈

 やはり遠い。いつも23区内ばかりを巡って周回していると、八王子はやたら遠く感じる。

「せめて特別快速にしておけば良かったかな」各駅で次々と乗り込む乗客を横目に、俺はボソリとつぶやいた。


「はやり白い。そして軟らかい……、モース硬度は2ほどでしょうか」池浪が何か言った。「自宅の水槽から持ってきてしまいました、このモンモリロナイト」

 またもやその手には石が握られている。今度は素朴なコブシ大の石だが、奇妙な名称だ。仮に、こちらがそれを見ていることに気付かれると面倒な展開が予想されるため、俺は自身の視界を左隣の池浪まで角度にしておよそ170度ほどまで眼球を移動させ、その手元を見た。

「鳥嶋さん?どうかしました?」なぜ気付かれた?!

「どうかって?何のことかな?」見てない、俺は見てない。

「考え事が尽きないご様子ですね」気付かれてなかったか。

「別に……何でもない」どんな風に見えていたのかは気になる。


「どんな所ですかね、教団施設って」

「わからん……ただ、教祖様っていうのか知らんが、代表者は亡くなってるんだ。教団員が活動を続けているのかさえ、定かでない」

 車窓からの眺めなどに興味はなかったが、俺は左の窓の外を眺めた。


 ――だがしかし、何がどうなっている?!

「池浪、その恰好かっこうは一体何がどうなっている ?!」

「何がって、どういう意味です?」

 サファリハットにトレッキングシューズ、バックパックを担ぎ、防水ウエアを羽織はおったその姿は、我が那珂文舎なかぶんしゃが扱うアウトドア専門誌に見掛ける「山ガール」そのものだった。

「どういう意味です?じゃねえ、今日のお前のその恰好はまるで登山にでも……はっ!」

 

『八王子には高尾山があって……』

 

 俺は心の中で叫んだ、コイツ、たくらんでやがる!

「お前、まさか……」

「まさかぁ、そんなわけないじゃないですかぁ、今日は徒歩メインだと思ってしっかり準備してきたんですよぉ」

 たどたどしく弁明する池浪のその口元は、かすかにほくそ笑んでいるように見えた。

「さあ!気合い入れて行きましょう!」池浪の手に握られた白い石が音を立てたところで、車内アナウンスが俺たちの降車駅を告げた。


 そこから幾つか乗り継ぎを辿たどり着いたのは、都内とは思えない大自然と田園風景。もしも今日の目的がキャンプであったならば『心もはずむ開放感』を感じただろうか。俺たちの頭上に広がる澄み切った青空が、心なしか意地悪に感じた。


「あの遠くの、小高い丘の上に少し見える白い建物が、おそらく教団施設ですね」

「ふーん。……じゃあ地元の人に話でも聞きながら行ってみっか」

 微塵みじんも気が乗らない自分の心を、俺は自らの言葉で後押ししてみたようだ。

「あのー!すみませーん!」

 池浪が、農作業中の中年男性に駆け寄り、話を聞いた。

「ああ、あの事件ね。いい迷惑だよね。山の上に引っ込んだ、偏屈へんくつな婆さんが周りとめて殺されちまったんだから、まったくどうなってんだか……」

「偏屈? な人だったんですか?」俺は作り笑顔でたずねた。

「まあ、そうだろうよ。地元の人とは殆ど関わらずに、山の上でコソコソとさあ……」

「コソコソ……ですか?」なんだそりゃ。

「よく知らないけどね~」知らんのかい。


 俺は軽く礼を言ってその場を去った。池浪は男性に粗品でも渡したようだった。

「鳥嶋さん、えっと、あまり評判は良くない……みたいですね」

「よく知らんけど~」俺はさっきのオッサンを真似た。

「鳥嶋さん、何か飲みますか?」

 池浪はバックパックから水筒を取り出して言った。

「いや、そこで買おうかな」俺は小さな商店の前に設置されている自動販売機を見つけて言った。商店は……閉まっているようだったが、裏から店の人だろうか……白髪の老婆が現れた。


「あんた達、シロシューキョーの関係の奴らだろ! 気味悪いからさっさと消えておくれ!」

 老婆はひどく怪訝けげんな表情あらわに怒鳴ってきた。

「これは……、この先もスムーズに仕事が進むとは思えないな」俺はつぶやいた。もちろん耳の遠そうな老婆には聞こえない音量で。

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