あなたが落としたのは何ですか?
キム
あなたが落としたのは何ですか?
「ああ……どうしよう」
ばーちゃるらのべ読み司書の
今日はお仕事が休みで、しかも天気が良いから外で本を読もう! と思い立ち、軽野は近所の公園までやって来た。
公園の中心にある大きな噴水の縁に座り、ぱしゃぱしゃと水の弾ける音を聞きながら気持ちよく本を読んでいた軽野だが、突然強風が吹き、手に持っていたライトノベルを噴水へと落としてしまった。
バーチャルな本ゆえ、水に濡れる心配はないのだが、いかんせん覗き込んでみても噴水の底が見えない。
「この噴水、どれくらい深いんでしょう。もし手を伸ばしても届かないなら……残念ですけど、そのときは諦めるしかないですね」
そう考えて噴水に向けて手を伸ばしたときだった。
ザバアァァ――
噴水の中から見目麗しい美女が現れた。
白のワンピースを身に纏い、プラチナブロンドの長い髪は明らかに日本人ではないことがわかる。それどころか、背中には半透明な虹色の羽が生えていて人間ですらない。いうなれば噴水の妖精だろうか。
妖精は水面に立つように浮いていた。
「あなたは今、この噴水の中に何かを落としましたか?」
「えっ……!? あっ、はい。落としました、けど」
(これってあれかな。あなたが落としたのは、ってやつ)
川に落としてしまったのが普通の斧だと正直に言うと、落としていなかった金の斧までもらえるという、有名な寓話を軽野は想像していた。
「そうですか。それではあなたに問いましょう」
噴水の妖精は軽野へと問いかけをしようとしていた。
軽野が落としてしまったのは、至って普通のライトノベル。では、もう一方の選択肢にはどのような本が挙げられるのだろう? サイン本? それとも絶版になった作品? ひょっとして、出ることがないと思われていたあの作品の続きだろうか!?
そう考えていたのだが……。
――妖精が手に持っていたのは、つけひげだった。
「あなたが落としたのは、かわいらしいちょびひげですか? それとも、とてもたくましいダンディなひげですか?」
軽野は何を言われているのかわからなかった。
ひげ……あの、口の周りに生えてくるような見た目の、つけひげ。少し前に配信中にガチャを回したら出てきたこともある、つけひげ。
「わ、私、ひげなんて落としてません! 私が落としたのはライトノベルです!」
ひげなど落としていない軽野は正直にそう答えた。
「よろしい。正直者のあなたには、このひげをふたつとも差し上げましょう」
「え、いや、ひげはいりません……あの、それよりも私が落としたライトノベルを……」
「そんなことおっしゃらずに。さあ! さあ!! さあ!!!」
妖精は軽野にひげを付けようと迫ってきた。
「やめて〜〜〜!!!」
ガバッ! と、軽野は自分の叫び声でベッドから跳ね起きた。
「はぁ、はぁ、はぁ……夢?」
ここ最近体調を崩していたからだろうか、どうやら変な夢を見てしまっていたようだ。
時計を見ると時刻は午前六時。今日は休みではなく司書のお仕事があるので、出勤しなければならない。
そして帰ってきたら活動半年記念配信をする予定だ。凸待ち配信にはどんな人が来て、どのようなお話を一緒にしてくれるのか。今から楽しみで仕方がない。パパッと仕事を終わらせて帰ってこよう。
そんなウキウキ気分で出勤の支度を始める軽野の姿を、ドレッサーに置かれたつけひげはひっそりと見ていた。
あなたが落としたのは何ですか? キム @kimutime
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