CHAPTER EX1


 ――2124年7月。アメリカ、ニューヨーク。


「ご覧下さい、同志。彼女が例の……」

「そうか……あんな小娘が今や、の『帝国』の皇后だとはな」

「大統領。異世界の情報を得るためにも、ここは慎重に……」

「言われずとも分かっている。……ふん。あの・・ホナミ家の娘が、随分と良いご身分ではないか」


 新緑を基調とする、絢爛なドレスを纏う私―― ハナ・ホナミ・セイクロストには今、様々な思惑を内包した眼差しが注がれている。

 世界各国の首脳陣が集う国連本部主催のパーティーに招かれ、「異世界の皇后」として出席した私に対する視線は、いずれも純粋な好意ではなかった。「嫉妬」にも似た負の感情ばかりが、この広大な会場に渦巻いている。


 ――23年前。旅客機事故による甚大な被害を齎し、その責任を問われ倒産した航空会社があった。

 それを経営していた穂波ほなみ家の娘だった私は、確かに歓迎されるような身分ではない。事実、つい3年ほど前まではそうだった。


 しかし今は、異世界から来た「とある皇子」に見初められ――その遥か彼方の世界に在る、「セイクロスト帝国」の皇后という身分に就いている。私の身の上を知る人々にとって、これほどつまらない話はない。


 件の旅客機事故は、最新鋭のAIによる操縦を売りにした「期待の星」が起こしたものであり、世界各国の有力者がその投資に関わっていた。つまりそれだけ、穂波家は世界中からの顰蹙や憎悪を買っていたのである。

 もちろん、その当時は生まれて間もなかった私に、それを訴えたところで意味はないと誰もが理解している。が、事故と私を完全に切り離すことは難しいというのも、また事実であった。


 このニューヨークに、私のためとして設けられたというパーティー会場。その中においても、私は「孤独」になりかけている。

 絶え間なく耳障りの良い美辞麗句を並べる政治家達に、皇后として愛想良く振る舞いながらも――私は、その寂しさを振り切れずにいた。


「ますますお美しくなられましたな、皇后陛下。いかがです、久々の地球ふるさとは」

「えぇ。とても心地良くて……なんだか、懐かしい気分です」


 それでも私が折れずにいられるのは、数少ない理解者に恵まれているからに他ならない。筋骨逞しい肉体を軍服に隠し、必要かどうかも怪しい杖をついている老紳士――エドワード・金城カネシロ・ヘンドリクス中将もその1人だった。

 白く豊かな顎髭を撫でる強面な彼は、国連軍の要職に就く強力な後ろ盾として、公私共に私を手厚く保護してくれている。穂波家の過去を知りながらも、屈託なく私と接してくれる貴重な友人として。


「どうもこちらは嫌な視線ばかりで、気が滅入ってしまいますわ。場所を変えましょう、皇后陛下」

「そう、ですね……ありがとうございます、エヴェリナ様」


 それに、私にはもう1人、心強い味方がいる。東欧のとある小国の姫君である、エヴェリナ・ノヴァクスキー様だ。


 同性の私ですら、思わず息を飲んでしまうような透き通る白い肌と、見目麗しいブロンドの髪。艶やかな紅いドレスを着こなすその佇まいは、まだ17歳だとは思えないほどの気品に満ち溢れている。

 そんな絶世の美少女にして、いわゆる「成り上がり者」の私とは違う、生粋の「王族」である彼女は――ヘンドリクス中将と同様に、私に対して親身に接してくれる、かけがえのない友人であった。


 彼らは世界各国からの視線に悩む、私の胸中を察してくれたのだろう。政務のため、今この場にいないに代わり――私を世界最大の夜景が映えるバルコニーへと誘っていた。


「……!」


 そんな彼らの厚意に甘え、歩み出す私の視線に。ふと、会場の壁に掛けられた1枚の絵画が留まる。

 私の異変に気付いた2人も、すぐさまその理由を察知し、足を止めていた。


「……美しいですわね。実物には劣りますが」

「ふふっ、エヴェリナ様は手厳しいのですね」

「あら、ごめんなさい。荒事に弱く、そのくせ芸術にはとにかくうるさい国の生まれですから、つい」


 その肖像画は、異世界から寄贈された「3人の英雄ヒーロー」を描いたものであり――私とエヴェリナ様は「実物」を知るが故に、絵の麗しさを認めながらも苦言を呈している。

 そんな私達の「惚気」を、屈強な老紳士は微笑ましく見守ってくれていた。


 右側に立つ真紅の戦士、CAPTAINキャプテン-BREADブレッド


 左側に立つ蒼き鉄騎兵、ROBOLGERロボルガー-Xクロス


 そして、中央に立つ翡翠の聖騎士。

 私の夫にして、異世界を統べるセイクロスト帝国の新皇帝――PALADINパラディン-MARVELOUSマーベラス


 彼ら3人は皆、セイクロスト帝国を救うために神が遣わした救世主として、「向こう側の世界」で崇められているという。地球出身者もいる彼らの活躍がきっかけで、異世界も地球ここと交流を持つようになったのだ。

 彼らがいなければ私は今も、惨劇を起こした者達の末裔として蔑まれ――こうして、友人達に恵まれることもなかったのだろう。


「……くすっ」


 だからこそ。そんな彼らが、「英雄」として崇拝される所以となった戦いを、この目で見てきたからこそ。


 思わず、笑みを零してしまうのだ。


 ――流石にこれはちょっと、カッコ良過ぎじゃないかなって。


 ◇


 そんな彼らと、私の運命が大きく変わったのはきっと、今から3年前。まだ私が、穂波花奈ほなみはなだった頃。

 2121年に起きた戦いの数々が――今にして思えば、私達にとって1番の転換期ターニングポイントだったのかも知れない。

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