CHAPTER 21


「ヘンドリクス中将、次に視察に向かうの国だが……」

「分かっているよ、叢鮫むらさめ大佐。……しかし、脚のこともある。無理に君が出向く必要はないのではないか?」

「いや、私が行く。本部ここからでは、現場の声は聞き取れん。それに……『六戦鬼』の維持費を含めた重税の爪跡は、未だ深く彼の国の人々に貧困を齎している」


 ――2123年、12月のニューヨーク。その大都市のビル群に囲まれた巨大な施設は、国際連合の中枢を担っている。

 2年前にその存在をこの世界に明かし、正式に世界各国との交流を申し出てきた「セイクロスト帝国」との国交も、この機関を中心としていた。


 そのオフィスの中を歩む老紳士の後ろには、黒髪を靡かせる1人の青年が続いている。

 彼らの横顔を映すガラス壁の向こうでは、クリスマスムードに酔いしれる摩天楼の輝きが、雪景色に包まれた夜の街に彩りを添えていた。


 どこか懐かしむように、その景観を一瞥しつつ。

 端正なスーツに袖を通している一方で、杖に頼りながらぎこちなく歩いている彼は――決意に満ちた眼差しで、老紳士の背を射抜いていた。


 だが、その瞳に振り返った白髪の老紳士は彼の足元を一瞥し、神妙な表情を浮かべている。紛争に苦しむ人々の飢餓や貧困を救う、という理想に燃える彼の身体は――あまりにも傷付き過ぎていた。


「……あの日、君の雷名を聞いて会いに行ったのは失敗だったのかも知れないな。巻き込んだ私に言えたことではないが……今にして思えば、君は誰よりも、自分の人生を歩むべきだった」

「これが私の人生だ。何一つとして、後悔などない。……私はCAPTAIN-BREAD、だからな」


 自分の胸――その奥に埋め込まれた装置・・を指差し、彼はかつて蔑称とされていた名を口にする。

 それは今や、英雄の通称として知られているのだが。その名を耳にしてもなお、老紳士の表情は固い。


「しかし彼の国の治安は、この2年間で大きく改善されたとはいえ……旧大臣派・・・・の残党が、完全に消え去ったわけではないのだぞ。その身体ではいざという時、ろくに戦えまい?」


 22世紀に入り、白兵戦用装備は飛躍的な発展を遂げている。

 強化服に適応するために人体を改造する戦闘改人コンバットボーグは、一部の例外を除けば「過去の遺物」であり。現在は、人工知能による完全自律で行動する「機甲電人オートボーグ」が主流であった。


 「兵器」としては再起不能となった、戦闘改人では――現代の紛争に巻き込まれても、生き延びられるとは考えにくい。


 颯人の知人であり、世界的に見ても稀少な半機甲電人ハーフ・オートボーグを保有していた、日本の私立探偵――火弾竜吾ひびきりゅうご

 今は亡き人工知能の世界的権威・大紋豊国だいもんとよくに博士の教え子であり、機甲電人についても博識な彼に助力を依頼する手もあったが、それは颯人自身が固辞している。これ以上「貸し」を作りたくない、という理由で。


「護身用なら、これがある」

「……」


 そうまでして、現場に拘る彼は。懐に忍ばせていた蒼い光線銃を引き抜き、老紳士に訴えている。

 1日も手入れを欠かされることなく、最善の状態を維持しているその銃身が、その決意を物語っていた。それを目の当たりにした老紳士は、観念したように深くため息をつく。


 ――知る人ぞ知る正義の味方は、筋金入りの偏屈者だ、と。


「……確か、それには名前が付いていたな。君のような堅物が、銃に女性の名前を付けていたとは意外だったよ」


 そして、そんな老紳士の様子を眺めながら。窓辺に観えるイブの夜に、ふと昔を思い出して。

 微かに口元を緩めていた彼は――銃に託された想いを、口にする。


「意外で結構。……『エヴェリナ』はこれまでもこれからも、俺のものだ」


 ◇


 それから数日後、平和維持活動PKOの一環として。視察の任務を帯びた国連軍の叢鮫颯人むらさめはやと大佐は、支援対象となる地域へ発つことになった。


 だが。杖が無ければ歩くことすらままならない身体になった彼は、もはやCAPTAINキャプテン-BREADブレッドとは呼べないのかも知れない。

 日本警察の制式半機甲電人ハーフ・オートボーグがロールアウトされたことで、お役御免となったROBOLGERロボルガー-Xクロスも、全ての武装を解除され無害・・なバイクに変わり果てている。

 PALADINパラディン-MARVELOUSマーベラスと呼ばれていたテルスレイド・セイクロストも、すでに愛用の鉄球セイクロイザーを捨て、為政者としての道を邁進していた。


 かつて、この世界と異世界で。為すべき正義のために、守りたい人のために。命を賭して戦ってきた「ヒーロー」達は、すでにその力を失っている。

 だが、それで終わりではないのだ。例え彼らの英雄譚が幕を下ろしたとしても、この世界の歴史は絶えず紡がれていく。連綿と続く時の流れの中で、彼らもまた――ヒーローではなく、1人の人間として。歳を重ね、生きていくのである。

 何一つ変わることのない、己の正義に従い。不器用でも、歩み続けるために。


 そして。そんな彼らの背を知る、次の世代のヒーロー達は。


「やぁ、ハヤト! 足の具合はどうだい?」

「……マックス。お前が皆を集めたのか」


 国連軍航空基地の発着場に現れた、GRITグリット-SQUADスクワッドの元筆頭格を――メンバー全員で迎えていた。その新たな旅立ちを、見送るために。


 彼を乗せるために用意された、C-2120輸送機ことGLOBEMASTERグローブマスター-Xエックスも、あの日・・・と同じダークブルーに塗装されている。


「ハハハハッ、ボクは何もしてないよ! 皆の方から来てくれたのさ、君がまた独りで旅立つって聞いてね」

『大佐の無茶は筋金入りと評判ですから。それにあなたなら、どうせ見送りなど要らん、とでも言っていたのでしょうし』

「俺のことならお見通し、ということか」

「ハハッ、静かな方が良かったかい?」


 メンバーを代表し、戦友である颯人に労いの言葉を掛けたのは――マクシミリアン・アンクルパンツ大尉と、その相棒を務めるクラフ。このチームのリーダーを務める、ROBOLGER-Xの後継者であった。

 紺色のシャツとデニムを纏う彼は、相変わらず季節を問わない格好で、己の肉体美を強調し続けている。


「しっかし世間がクリスマスムード一色だってのに、大佐はまーた独りで仕事かよ。いいのかー、そんなんで」

「ファイブスター、奴は遊びに行くわけではないんだぞ」

「ちぇっ、ジョンは相変わらずカテぇんだから」

「貴様がはしゃぎ過ぎなんだ」


 その横に立っているのは、白のショートジャケットを優雅に着こなす、フルアクセル・ドミニオン・ファイブスター。クリスマスを目前に浮かれる彼に釘を刺しているのは、黒の革ジャンを羽織るジョン・ドゥ少尉だった。その首には、一際目立つ赤いマフラーが巻かれている。

 PALADIN-MARVELOUSに代わり地球人の盾となるべく、国連軍に加わったファイブスター家の聖騎士パラディンと。CAPTAIN-BREADの後継者と目される、最新型の戦闘改人コンバットボーグ。この2人はどうやら、あまりウマが合わないようだ。


「あれ、ジョン。そのマフラー、去年のクリスマスにリックが君にあげたものじゃないか? 嬉しいな、まだ使ってくれているのか。あの子もきっと喜ぶよ」

「なっ! い、いや、これはだな、リックのヤツが寒そうだなんていつも言うから仕方なく……!」

「いいんだよ、照れなくて。リックもすっかり君に懐いているし、兄弟のように仲良くしてくれているじゃないか。私にとっては君も、大切な家族の一員だよ」

「ポール……」


 一方。マックスに次ぐ年長者として、メンバー達を暖かく見守っているポール・バーニー中尉は、赤のダウンジャケットに袖を通していた。


「あるぇー? クリスマス前だからって浮かれちゃいけないんじゃなかったっけー?」

「う、うるさいぞファイブスター! 敵兵より先に貴様から黙らせてやろうか!?」

「へへーんだ、やってみやがれ最年少……んがっ!?」

「あんた達、クリスマスだからって浮かれてる場合じゃないわよ! 大佐はもとより、最近はルクファードのヤツも、前向きに公務に取り組むようになって来たんだし。あたし達だって、『GRIT-SQUAD』の名に恥じない働きを見せないと!」


 そして。最近ではもはや国連軍の名物となりつつある、アクセルとジョンの小競り合いを脳天チョップで止めたのは――レグティエイラ・グランガルド・カネシロ。

 だったの、だが。


「……姫さん、どの口で言ってんの」

「……カネシロ、その名に恥じ過ぎだ」


 あろうことか。白い胸元や脚線美を強調する、セクシーなミニスカサンタコスでのキメ顔を披露していたのである。この場の誰よりも浮かれている事実が、これ以上ないほどに露呈していた。

 それこそ、先ほどまでケンカしていたはずのアクセルとジョンが、2人仲良くツッコミに回ってしまうほどに。


「ハハッ、仲が良いのは素晴らしいことだよ皆! でもそろそろ出発の時間だし、お喋りは一旦やめにしようか!」

「普段1番ふざけてる奴に真っ当な正論で諭された……!」

「なんだこの屈辱感……!」

『分かります。なぜか私も無性に腹立たしい』


 そして、まとめ役を買って出たマックスの笑顔に――アクセルとジョンが腑に落ちないと言わんばかりに唇を噛み締め、クラフまでもが同調する中。


 颯人はふと、自分の人生を大きく歪めた「飛行機」という存在を前にして。あの元大臣が残した言葉を、思い返していた。


 ――悔しくはないか!? あの20年前の旅客機事故で多くの命を奪った、ホナミ家の女が今や異世界の皇后なのだぞ!?


 ――お前もあの事故を知っているのなら、許せんと思うだろう!? 何もかも毟り取ってやりたいと思うだろう!


 未だ脳裏に残る、あの叫び。確かにあれも、真実の一つではあるのだろう。22世紀を迎えた今も、人々は憎しみという感情を乗り越える術を見付けられずにいる。


 ――誰も傷つけまいとすれば、誰も救えない。彼女の味方でいれば、傷つく人々がいることも。救われる男がいることも、俺は知っている。


 ――全ての人は救えない。ヒトの身である以上、限界は必ずある。だから今は、戦うしかない。1人でも多くを救うために。


 ――俺達に出来ることは、俺達がより良いと信じるもののために戦うことだけだ。その是非はきっと、未来が教えてくれる。


 だからこそ。叢鮫颯人という男に尽くせる正義は、その程度が関の山であり。それのみが、彼を戦地へと向かわせる原動力となっていた。


 やがて、杖を握る手に力を込めて。颯人は仲間達が見守る中、傷付き過ぎた足を引きずるように――機内へと乗り込んでいく。

 そんな彼の背に、無言で敬礼を送る仲間達も。志は、同じであった。


 戦闘改人コンバットボーグ救助用改人レスキューコンバット半機甲電人ハーフ・オートボーグ聖騎士パラディン混聖改人ハイブリッドボーグ

 国籍も年齢も能力も生まれた世界も、何もかもが違いすぎる彼らは――「使命」だけを一つにして、それぞれの戦いを続けている。


「では……行ってくる。後は任せたぞ、皆」


 それから間も無く。颯人を乗せたダークブルーの輸送機は、空の彼方へと飛び立つのだった。あの戦いで巡り会い、「不変の正義」を遂行するべく集った仲間達に、見送られて。


 東欧の片隅にある、雪の小国へと。


 ◇


 ――そして、2124年4月。タイムズスクエアのスクリーンや、渋谷のビジョン等をはじめとする、道行く民衆が幾度となく目にしている大画面には。


『それでは、テルスレイド陛下がこの世界との交流を望まれたのは……その人物達の存在がきっかけであると?』

『はい。あの2人がいなければ、私に今の帝国を築くことは出来なかったでしょう。彼らというヒーローを遣わしてくれた、この世界には深く感謝しております』

『なんと……それほどの人物が、こちら側の世界に……』

『テルスレイド陛下、ぜひその人物達にもお話を伺いたいのですが!』

『私から話すことはありませんよ。恐らく私より、あなた方の方が彼らについては詳しいはずです』

『え……?』


 全世界の注目を集める「異世界」を代表する、セイクロスト帝国の第2皇帝――テルスレイド・セイクロストが、報道陣からの質問に答える姿が映し出されていた。


CAPTAINキャプテン-BREADブレッドROBOLGERロボルガー-Xクロス。彼らはこの世界においても、「ヒーロー」なのですから』

『……!? あの紛争地域に出没していたという、謎の戦闘改人コンバットボーグと……国際犯罪組織を潰したと噂の、半機甲電人ハーフ・オートボーグが……!?』


 彼が口にする、異世界を救った地球出身の救世主ヒーローという存在に、報道陣が息を飲む中で。かつて結城輝矢ゆうきてるやと名乗っていた若き皇帝は、ついに「その名」を告げる。


『えぇ。GRITグリット-SQUADスクワッドを率いたPALADINパラディン-MARVELOUSマーベラスとして、彼らには常に敬意を評しております。……だからいつか、また会おうな。叢鮫颯人むらさめはやと火弾竜吾ひびきりゅうご!』


 やがて。その映像と発言に、世界中が騒然となり。


「……ふっ」


 瞬く間に2人の雷名が、地球全てを駆け巡り。


「おーおぉ、全世界に言っちまいやがって。賑やかな1年になりそうだぜ……なぁ、ロブ」

『ピポパ!』


 当人達は、微かに口元を緩める。


 ――かくして。ヴィルゴス・ロイドハイザーの死に始まる、長き戦いの火蓋が切られてから3年。


 セイクロスト帝国や東欧の小国を救い、その名を刻んだ闘志の群れグリット・スクワッドの物語は、全世界に知れ渡るのであった――。


 ◇


「ねぇ輝矢君、知ってる? あの事故機に乗っていた人達の中には……私達と同じ歳くらいの子がいたんだって」

「……うん。前に火弾から、ちょっとだけ聞いたことがあるよ」

「もし。もしね。死んだ人とお話できる魔法があったなら、せめてその子にだけでも伝えたかったんだ。ごめんね、怖かったよね、辛かったよね……って」

「花奈……」

「さすがに、そんな魔法は帝国にもなかったみたいだけど。……それでもね。いつか・・・は、ちゃんと伝えたいなって、そう思ってるんだ」

「うん……そうだね」

「それでね、輝矢君。私、ちょっと考えてたんだ」

「考えてたって、何を?」

「魔法とか異世界とか、信じられないようなことがこの世にたくさんあるなら……きっと『生まれ変わり』っていうのも、本当にあるんじゃないかな、って」

「……」

「だから……ね。名前、考えてたの。女の子なら『サヤカ』。男の子なら……『ハヤト』かなって」

「……あぁ、そうだな。それがいい。楽しみだね、花奈」

「うんっ、楽しみ。……元気に産まれて来てね、私達の赤ちゃん」


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