CHAPTER EX2


 ――22世紀を翌年に控えた、2100年4月。東京最大の総合病院にて。


「おおっ、なんだいなんない! じいじの髪がいいのかい、ははっ!」


 白髪が目立ち始めた頭を赤子に掻かれながら、大紋豊国だいもんとよくには朗らかに笑っていた。

 傍らのベッドに横たわる娘も、その白く優美な手を握る義理の息子も、そんな彼と自分達の愛の結晶を、微笑ましく見守っている。


「この子ったら、産まれてすぐにこれなんだから……。きっと、腕白な子に育ちますわ」

「ははっ、僕に似たのかも知れないね。昔は僕も結構やんちゃしてたし」

「あら、勇気ゆうきさんは今と大して変わらないのではなくて?」

「……むぅ、愛さんは厳しいなぁ」


 娘夫婦の和やかな遣り取りを、耳にしながら。無邪気に祖父の頭へ手を伸ばし、拙く声を上げながら抱き寄せようとする初孫の姿に、豊国は破顔する。

 そこには――戦闘改人コンバットボーグの基礎設計を生み出した、悪魔の科学者としての貌はなく。産まれて間もない孫を溺愛する、ただの好々爺だけがいた。


「ほらほら、颯人はやと。その辺にしてあげないと、お祖父ちゃんの髪がなくなってしまいますわ」

「なんだい、愛は冷たいなぁ。颯人のためなら髪なんて惜しくはないというのにっ!」

「せめて今ある分くらい、大切にしてください。どうせ抜けたらもう生えて来ないんですから」

「ひ、ひどい! あんまりだぞ愛! 聞いたか勇気君! 愛が僕をいじめるんだっ!」

「……あはは。お義父さん、心中お察しします」


 やがて祖父の頭に張り付いていた初孫は、母の両腕に抱かれ、その胸の中へと収まっていく。居るべき場所に帰ってきたことへの安堵故か、赤子は駄々を捏ねる祖父を他所に、すやすやと寝入ってしまった。

 その愛らしい姿に父と祖父も見入ってしまい、彼らの病室は温かな空気に包まれていく。孫との戯れによる弾みで、豊国の懐から1枚の写真が滑り落ちて来たのは、その直後だった。


「おぉっと、いかんいかん」


 すぐさまそれを拾い上げた豊国は、古ぼけたその1枚を暫しじっと見つめる。そこには若かりし日の自分を含む、3人の男達が写されていた。


「……」


 金髪を靡かせる色白の青年。まだ白髪など全くない、黒一色の髪だった頃の自分。そして、褐色の肌と銀色の髪を持つ男。

 1人は、国連軍のエリートを目指し。1人は、科学者としての道を邁進し。またある1人は、祖国の混乱を鎮め得る力を求め、修羅に堕ちた。


「……僕らの研究は、間違っていたのかも知れない。過ちだったのかも知れない。それでも僕は、そんな失敗さえも……この子達が幸せになれる未来に繋げらると、信じてみたいんだ」


 そんな自分と、仲間達の過去を噛み締めるように。豊国は独り、呟く。


 最後にそれぞれが選んだ道は、あまりにも違い過ぎていたが。それでも、当時のアメリカ軍で進められていた戦闘改人の研究において、主翼を担っていた頃の彼ら3人は――確かに、「友」だったのである。


「……それくらいはいいだろう? なぁ、エドワード……ヴィルゴス……」


 ◇


 ――そして、数日後。国連本部の地下深くに設けられた、薄暗い研究施設では。


「……つまり、俺はもう用済みということか」

「そういうことになる。お前の『修理』は人体実験のデータを得る有用な機会だったが、表沙汰になれば私の名声に傷が付くのでな。ここで潮時、ということだ」

「ふん、身も蓋もない男よ」


 寝台に乗せられていた鋼鉄の巨漢が、静かに身を起こしていた。その傍に立つ白衣の男は、冷たい眼差しで巨漢と視線を交わしている。


「それというのも、お前があの国から離れようとせんからだ。お前が祖国を捨てさえすれば、こちらで匿う用意も出来るというのに」

「それが土台無理な話であることは、トヨクニとお前がよく知っているだろう。……俺は矮小な男だ。あの小さな国でしか、名を残すほどの覇道は成せん」

「子を成せぬ身だから、生きた証に名を……か。私には、それが悪名でなければならん理由が解せんよ」

「命という命を喰らい、踏み躙り、己のためだけの暴力を尽くしてきた。これ以上ない理由だろう」

「戦闘改人なるものをこの世に生み出し、その片棒を担いだトヨクニには先日、孫が生まれたらしいが」

「奴は所詮、『悪魔』としては半人前よ。自分の手を汚していないのであれば、孫を抱く余生も悪くはなかろう。……俺とは違う、違い過ぎる」


 言葉を紡ぎ、寝台から立ち上がる巨漢は、2mを優に超えるほどの体躯だが――すでにその内部は、修復不能な部分の方が多いほどに傷付いていた。それを示すように「修理」を終えて間もないうちから、彼は僅かによろめいている。

 老いによる衰え。長きに渡る戦いの傷。その全てが積み重なり、巨漢の命を蝕んでいた。そんな彼の姿に、哀れみすら覚えたのか――白衣の男は視線を外し、どこか遠い目で日本の方角を見つめている。


「……来年には、穂波ほなみ家の新型AI旅客機がロールアウトされる。彼らの出資を元手にトヨクニが始めた機甲電人オートボーグ計画も、軌道に乗り始めた」

「……」

「時代は人工知能だ。今に戦闘改人そのものが、過去の遺物となる時代が訪れる」

「そうだろうな。もはや俺など、化石に等しい」

「そこまで理解した上で、お前はその身体で戦い続けるつもりなのか。……手は尽くしたが、持って20年だぞ」

「十分だ。俺の悪名を、この世界に残すにはな」


 互いに目を合わせぬまま、男達は言葉を交わし。やがて巨漢は、傷付き過ぎた身体や露悪的な態度とは裏腹に――「希望」すら滲ませた表情を浮かべ、拳を握り締めていた。


「それに……見てみたいのだよ。俺達3人で創り上げた戦闘改人という力が、これから始まる22世紀にどこまで通じるのかを」

「……全く。骨の髄まで戦闘狂だな、お前は。思えば昔から、喧嘩っ早くて始末に負えん男だったよ」

「ならばお前は今も昔も、減らず口が絶えん男だろう。……人は変わる。だが、それは容易い道ではないということだ」


 やがて、諦念の色を湛えた眼で再び視線を交わす2人は――「修理」を行なっていたこの部屋を、後にしていく。巨漢の隣を歩く白衣の男は、その広い背に手を添えていた。


「……そして俺達は、今さら変わるには歳を取り過ぎた」

「あぁ……ならば、次に期待するとしようか。お前の云う、未来とやらに」


 己の眼にも、僅かに「希望」を灯しながら。


 ◇


 それから1年後の、2101年4月。

 飛躍的な発展を遂げてきた人工知能が新たに作り出す、22世紀という時代の幕開けを象徴する。そんな期待を一身に背負い、ロールアウトされた最新鋭の人工知能搭載式旅客機は――希望もろとも、事故により墜落した。


 この事故により何百という著名人が亡くなり、穂波家は責任を問われ離散。生後間もない長女は、瞬く間に天涯孤独の身となってしまった。


 ――そして。誰もが乗員乗客の全員死亡を確信し、そのように公式発表されていく中で。


「……どうやらまだ、俺は化石ではいられんらしい」


 凄惨たる事故現場に、誰よりも早く訪れていた巨漢の老将は――両親の屍肉を食らい飢えを凌ぐ、「愛」と「勇気」の落とし子との。


「来い、小僧。……この国での生き方、というものを教えてやる」


 邂逅を、果たしたのである。

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