CHAPTER 9


 私達の頭上を舞い、巨大な翼を広げる輸送機。ダークブルーに塗装されたその機体は、吹雪に荒れ狂う闇夜の山の上空を、寸分の揺らぎもなく飛び続けている。

 その機体に窺える「UN」の2文字と、地球を描いたマークに――私と大臣は同時に目を剥いていた。


「あのマーク、まさか……!?」

「な、なんだぁっ!? こ、国連軍が一体なぜ、こんな辺境の小国にっ……!?」


 全世界の中枢を担う、国際連合。その機関に属する航空機が、このような辺境の小国に現れるなんて、ただごとではない。

 大臣がクーデターを起こしていた時でさえ、彼らは来なかったのに。今になって駆けつけて来るなんて、一体……。


「……!」


 そんな私の思考は、全長50mにも及ぶ輸送機から次々と飛び降りて来る「人影」の群れによって、掻き消されてしまった。

 彼らの登場に目を見張る私をよそに、国連軍の使者達が次々と――CAPTAIN-BREADの傍らに降り立って行く。


「……来たか」


 元々、使者達とは知り合いだったのだろうか。彼だけは特に驚くような様子もなく、矢継ぎ早に飛び降りて来る「戦士達」を見上げていた。


「……お前達が、例の?」

「そう。ボク達こそが、エドワード・金城・ヘンドリクス准将によって編成された――新生GRITグリット-SQUADスクワッドさ! ボクはその一員にして、暫定リーダーを務めるQUARTZクォーツ!」

『その相棒を務めるクラフです。……質問、ありますか?』


 最初に彼に声を掛けたのは、星条旗のパンツだけを身に付けた白人の男性。……見ているだけで凍りつきそうな私とは裏腹に、当人は白い歯を輝かせながら、余裕とばかりに盛り上がった筋肉を強調している。


「……寒くはないのか」

「ハハッ、心配無用さ! この身体はROBOLGERロボルガー-Xクロスの装甲にも使われた、ハイパーセラミック製だよ」

「……そうか。しかし、丸腰では……」

「大丈夫! 祖国アメリカのためなら戦地を問わず、剣にでも盾にでも喜んでなるさ。この身体そのものという、最強の剣と盾にね。それがボク、マックスという男なのさ」

『マスター。コードネームの意味をご存知で?』

「おっといけない。じゃあ、マックスもコードネームにしようか」


 ……なぜか1人の身体から、2人分の声が聞こえるような気がしてならないが……恐らく、吹雪のせいなのだろう。

 格好や挙動からしてただの人間ではないことは明らかだが、流暢に会話するAIなんて聞いたことがない。QUARTZクォーツとも、マックスとも名乗るその男性は、CAPTAIN-BREADに己の堅牢な肩を貸している。


「私はカナダ陸軍から抜擢されたBERNARD バーナード。お会い出来て光栄です、CAPTAIN-BREAD」

「……すまん、世話になる」

「礼は結構、任務ですから。……ただ」


 そんな彼と共に、CAPTAIN-BREADを助け起こしていたのは――BERNARD バーナードと名乗る、赤と白を基調とした装甲服を纏う男性だった。セントバーナード犬を模した仮面で素顔を隠してはいるが、顎状の隙間からは微かに白人の口元が窺える。


「後でサインを所望します。息子がファンでして」

「……そうか」


 そんな短いやり取りの、後に。


「――聖霊召来、スタート・オン! オン! ナイト・“ファイブスター”ッ!」


 勇ましい叫びと共に輸送機から飛び出した白髪の男性が、その右腕に装着された手甲に触れ。眩い光に包まれると――赤、青、黄、緑、桃の色を各所にあしらった白銀の鎧を纏う聖騎士へと「変身」し、ふわりと彼らの前に降り立って来た。

 先ほどまで白いショートジャケットを羽織っていたはずなのに、瞬く間に荘厳な鎧姿に変わってしまっている。正しく、「魔法」としか言いようのない現象であった。


「セイクロストにその名、アリ! 聖霊騎士、オレがKNIGHTナイトVファイブ-STARスター”! ……ってね! よろしくな、大将!」

「……異世界の聖騎士か。慣れない地球での戦闘になるが、無理はするな」

「へへっ、誰よりも無理してる御仁が言ってくれるじゃねぇか。そういう強がり、嫌いじゃねぇぜ。なぁ、姫さん!」


 明朗快活に笑いながら、CAPTAIN-BREADの胸板を小突く彼は、自分に続いて駆けつけて来た「紅一点」を見上げる。その登場に――私は、自分の目を疑っていた。


 白を基調としつつ、全身の各部に金色の装甲を備えたスーツを、その肢体に密着させている銀髪の美姫。彼女の背部に装着されているユニットからは――10本もの剣が不可視の力場に繋がれ、翼のように伸びていたのである。


「そうね。この煌翼姫コウヨクキ、レグティエイラ・グランガルド・カネシロが降臨したからには勝利は必定よ! あたしが護ってあげるわ、感謝なさいっ!」

「史上初と聞く、混聖改人ハイブリッドボーグか……協力、感謝する。その翼、上空からの援護に有効と見た。可能な限り敵からは距離を置いて――」

「――はい、却下。あたしが女だから後方に回そうってんでしょうけど、生憎そういう優しさは要らないの!」


 あれも魔法なのだろうか。あるいは、まだ世に出ていない新技術なのだろうか。まるで本物の翼を得たかのように、自由自在に舞う彼女は、地上から見上げているCAPTAIN-BREADに勇ましい笑みを向けている。

 ……彼とは、どのような関係なのだろう。いや、考えるな。今は、それどころではないはず。


「あなたこそ、地上からゆっくりご覧なさい。あたしの勇姿をねっ! えいえい、お~っ!」

「……そうか」


 彼女が持つ、天使や女神のような見目麗しい姿に反して――その仕草がどうにも子供っぽいのが、少し気になるが。


「……」

「お前は……」


 CAPTAIN-BREADの方を一瞥もせず、大臣率いる敵方にだけ視線を注いでいる――黒尽くめの兵士の存在も、気掛かりだ。面識があるのか、CAPTAIN-BREADの方から彼に声を掛けている。


「……DELTAデルタ-SEVENセブン。あるいは、ジョン・ドゥだ」

身元不明の遺体ジョン・ドゥ……か。それがお前が望んだ現在いまなら、何も言うことはない」

「昔の話はしてくれるな、俺を怒らせない方が賢明だぞ」


 2人の間には何か、私の知らない「過去」があるのだろうか。両者は多くを語らぬまま、肩を並べて「共闘」の準備に入っている。


「指示は?」

「敵機甲電人、及びその随行歩兵隊の撃破。そして、あの王女の死守だ」

「……了解。任務を受諾、敵を排除する」


 その発言が、国連軍の介入を意味していることは明白であった。私には今まで、一言も話してくれなかったのだが……どうやら彼は、国連軍との繋がりを持っていたらしい。


「おのれぇ、次から次へと……! 何をしている貴様ら、さっさと奴らを片付けろッ!」

「はッ!? し、しかし、国連軍に銃を向けるなど……!」

「1人残らず、この場で口を封じてしまえば良い! それともこのまま奴らの軍門に下り、何もかも蹂躙されたいかッ!」

「は、ははッ!」


 CAPTAIN-BREADを庇うように立ち並ぶ、国連軍の戦士達。彼らを前に、周囲の兵士達はたじろぐばかりであったが――大臣の怒号に突き動かされ、必死に銃を構え始めていた。


『ギュイィイギィッ!』

『ビィィイッギィィッ!』

『ゴォオォオボォオォッ!』

『ジギィィギュイイイッ!』

『ギゴォオッ……ゴォォォオォッ!』


 さらに、耳をつんざくような不快極まりない機械音と共に。

 その背後から次々と飛び出して来るのは――250cmもの体躯を誇る、不気味な5機もの機甲電人。この国を最も苛烈に苦しめている、「六戦鬼」の刺客達であった。

 持てる戦力の全てを持ち出して来た事実が、この内乱の決着が近いことを物語っている。


 ――彼の背後バックに国連軍がいるというのなら、この行為はもはや自滅に等しい。それでも大臣は、野望を捨て切れずにいるのだ。


 ここさえ乗り切れば、祖国を売り払って得た資金を手土産に、今世界を騒がせている「異世界」まで逃げ込めばいいのだと……本気で、そう思っているのだろう。私はこの国の姫として、ただひたすらに悲しい。


 そんな私の感情さえ、置き去りにするかのように。

 機械仕掛けの身体を持つ、鋼鉄の戦士達は。異世界から駆け付けて来た、魔法を操る聖騎士達は。


GRITグリット-SQUADスクワッド――ASSAULTアサルト


 CAPTAIN-BREADの合図を耳にする瞬間――吹雪の絶えない戦場を、駆け抜けていくのだった。


 ――この小国を舞台に誕生した、新たなる闘志の群れグリット・スクワッドとなって。

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