CHAPTER 8


 ――凍てつくような冷たい風が、純白一色の世界に吹き抜ける。コートと彼に護られながら、わたくし達は暗い林の中を走り続けていた。


「……まだか」

「も、もう着くはずですわ!」


 文字通り、私――エヴェリナ・ノヴァクスキーの盾となって、吹雪を凌いでくれている彼。

 CAPTAINキャプテン-BREADブレッドは、相変わらずな無愛想のまま。仮面の下からくぐもった声で、背中越しに私に問い掛けて来る。


 そんな彼を見上げて、私が声を上げた――その時。私達を乗せている赤いバイクを停めると、彼は丘の下を注視し始めた。


「……あぁっ……!」


 視界を遮る白い霧を抜け、私達の眼前に顕れた景色に。私は感嘆の声を漏らし、両手で口元を覆う。

 目元に込み上げる雫のせいで、僅かに滲む私の眼には――確かに。雪化粧に彩られた、小さな宮殿ふるさとが映されていた。


「……帰って、来れたのですね……私っ……!」

「帰るのはこれからだろう。少しだけ、ここで待っていろ。林の中なら多少は雪も凌げる」


 だが。渇望していた帰郷を果たし、泣き崩れる私の感傷には目もくれず。彼は淡々と、バイクの前面に張り付けられていた逆三角形状の「盾」を取り外し、それを左腕に装備する。

 ――戦うためだ。奪われた私の故郷を、取り戻すためだ。


「お、お待ちください! 私も共に――!」

「使ったことなどないだろう」

「訓練なら、爺やから受けています!」

「人に撃ったことなどないだろう、と言ってるんだ」

「……っ」


 無論、彼1人で行かせるつもりなどない。小さな宮殿と古い村しかない小国とはいえ、通りすがりの旅人に戦わせるなど「一国の姫君」の名折れ。

 だというのに。懐から護身用の光線銃レイガンを取り出した私を、片手で制して――彼は何もかも見透かしたように言い捨てながら、宮殿へと独りで駆け下りてしまった。


「……ばかっ……!」


 いつもこうだ。彼は私が、必死に胸の内に隠してきた恐怖も、涙も、何もかも見通してしまう。勝手に独りで、理解してしまう。

 隠せていた気になっていた、脚の震えも。彼は簡単に、見抜いてしまう。


「き、貴様は――がはぁァッ!?」

「てッ……敵襲! 敵襲だぁあッ!」


 ――私を置き去りにして丘から飛び降り、闇夜に包まれる宮殿に向かった彼は。手にした盾をブーメランのように投げ付け、次々と衛兵達をなぎ倒していく。


「な、なんだこいつ! 銃弾が効かな――ぐはッ!?」

「ええい何をやってる、たった1人を相手に……な、なにィッ!? せ、戦車を……!?」

「た、退避、退避ィーッ!」


 鋼鉄製の剛拳は装甲車を横転させ、人間離れした豪腕が戦車を軽々と投げ飛ばしてしまう。その力を目の当たりにした兵士達は、我先にと逃げ出して行った。


「……っ」


 そんな彼の勇姿を、何度こうして遠巻きに見たのだろう。

 刺客に襲われる度に、彼はああやって自分の力を誇示することで、敵を追い払っていた。少しでも早く、戦いを終わらせるために。


「お、おのれ異邦人めが……! ABG-00、あの鉄屑をスクラップにしてしまえッ!」

『ギャギギギッ!』


 ――だが、その「警告」が誰にでも通じるわけではない。私から故郷を奪った張本人である大臣は、宮殿のバルコニーから肥え太った腹を揺らして、声を荒げている。


 大臣の怒号に応じて、城門の影から身を乗り出して来たのは――鈍色の装甲に身を包み、3mもの巨躯を誇る鉄人であった。

 歪な機械音を鳴らして彼に迫る鉄人は、いきなり右腕に装備された斧を振り下ろしてくる。その巨体からは想像もつかないほどの、凄まじい速さだ。


「むッ――!」

『ギャギギオーッ!』


 190cm以上もある彼から見ても、その迫力と威力は凄まじく――咄嗟に受け止めた彼の盾には、斧の刃が深く沈み込んでいた。鉄人は彼の盾に刃が食い込んだまま、勢いよく右腕を振り回している。

 その圧倒的な膂力に、彼は盾ごと持ち上げられてしまい――石畳の地面に叩きつけられてしまった。うつ伏せに倒れ伏した彼を中心に亀裂が広がり、激突が齎した破壊力を物語っている。


「ぐおぉッ……!」

「ハァッハハハーッ、思い知ったか鉄屑めがッ! 貴様のような旧式の戦闘改人コンバットボーグ如きが、ABG-00に、AXEアクス-CUTIONERキューショナーに敵うものかッ!」

『ギャオギギギッ!』


 大臣は鉄人の優勢に高笑いを上げ、鉄人も勝利を宣言するかのように機械音を鳴らしている。だが、彼は苦悶の声を漏らしながらも――立ち上がろうとしていた。

 その全身を固めていた装甲はボロボロと剥がれ落ち、下に着ていた赤いタイツ状のインナースーツが露わになっていく。こんな時だというのに――鎧に隠されていた逞しい肉体のラインに、私の眼は釘付けになっていた。


「……本当に機甲電人オートボーグを買収していたのか。この国に敷いていた圧政には、こいつらを動かす維持費を徴収する目的もあったようだな。後の5機は、どこに隠している?」

「ふんっ! よく調べているようだが……これから死ぬ貴様がそれを知って何になる? 儂はこんな小さな国の大臣なんぞに収まるような器ではない。これから儂はこの国の全てを金に換え、あの『セイクロスト帝国』との交流を持ち、異世界の技術を手にして巨万の富を築き上げるのだ!」

「……」

「今、全世界が注目している『魔法』! 誰もが欲するその未知の秘宝を、儂がこの世界で、誰よりも早く手にするッ! ……そのためにも、ABG-00! 今度こそヤツを、真っ二つにしてやるのだぁッ!」

『ギャギギギギィーッ!』


 そんな彼にトドメを刺すべく、大臣の命を受けた鉄人が再び斧を振り上げていく。


「ウォォーッ! さすが機甲電人たぜぇッ!」

「やっちまえぇッ! そんな奴、スクラップにしちまえぇッ!」


 物陰に隠れながら遠目に戦況を眺めていた兵士達は、その光景に歓声を上げていた。


 そして。もはや絶体絶命だと、私が思わず目を伏せた――その時。


「……!?」


 私の頭上を覆い、通り過ぎ。聴覚に襲い掛かる轟音と共に、宮殿を見下ろす巨大な「影」。


 飛行・・による余波で木々を揺らし、枝葉に乗っていた雪を振り落として行くその「影」が。


「あれ、は……!?」


 この雪景色の中を翔ぶ、大型の輸送機であると気づいたのは、それから間もなくのことであった。


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