CHAPTER 7
「……で、あんたはいつまでそうしてるつもり? 第1皇帝陛下」
「……レグティエイラ。わざわざ余を笑いに来たか?」
――地球に開かれた「
紅く虚な瞳で天井を仰ぎ、牢の中で壁に身を委ねる第1皇帝――ルクファード・セイクロストは、自分を訪ねてきた1人の女性の前で、自嘲するかのように口元を緩めていた。かつては腰に届くほどの長さだった銀髪は、過去を清算するためなのか、短く切り揃えられている。
「えぇ、全くお笑い種だわ。テルスレイドが毎日セイクロストのために働いてるって時に、あんたはここでイジけてヒキってグチるだけ。これが笑わずにいられると思う?」
「そう言って余を焚きつけ、何かをさせようというつもりなら、無駄と心得よ。……散々思い知らされた。余は妬むことすらも許されん。余は何もしてはならん、災いしか呼ばぬ稀代の暴君であると」
「……重症ね。昔からあんたは勝手にテルスレイドを妬んで、ウジウジしてるような奴だったけど……いい歳こいて、ここまで拗らせてるとは思わなかったわ」
そんな彼を見下ろす1人の女性は、冷ややかな眼差しで第1皇帝を射抜いていた。
年齢は18歳前後。身長は、女性としては高めな167cmほど。腰にまで届く白銀の長髪を靡かせ、7色に輝く瞳を持つ凜々しい美女は――その華奢な肢体に密着する、白を基調とするナノマシンスーツを纏っている。
金の装甲を各部に備えるそのスーツは、露出した肩口と太腿に碧いエネルギーの供給路である「溝」を覗かせていた。さらに背部には六角形のユニットが接続されており、頭上には天使の輪を一部欠けさせたような、独特な形状の装置が窺える。
その女性――レグティエイラ・グランガルド・カネシロが、ただの異世界人ではないことは、誰の目にも明らかであった。異世界特有の容姿でありながら、その身を構成する人工物は、紛れもなく地球製のものなのだから。
「ならば、開き直れとでも申すか。……魔人という禁忌に触れてなお、余はテルスレイドには敵わなかった。あれほどの眷属を引き連れても、余は最後まで孤独であった。正しく生きられぬばかりか、悪を貫くことさえ叶わぬ。そのような愚物に一体、何が出来ようか」
「……」
「レグティエイラ。テルスレイド。お前達は正しかった。正しいから、勝ったのだ。……余には永久に届かぬ、その栄光を……大切にするが良い」
一方。自ら囚人用の貫頭衣を纏い、さも投獄された罪人であるかのように振る舞うルクファードは――自分には皇帝の資格などない、と全身で語っているかのようだった。
そんな彼の姿に厳しい眼差しを注ぎながら、レグティエイラと呼ばれる女性は牢の隙間から手を伸ばし、ルクファードの胸ぐらを掴み上げる。
「勘違いしないで。あたし達は正しくなんかない。ただ、たまたま勝って、たまたま正しいってことになっただけ。本当に正しいことなんて、神様にだって分からないわ」
「……」
「だからあたし達はみんな、自分が正しいって信じた道に進むしかない。それがもし間違いだったとしても、その時のあんたにとって、それが最善だったのなら……一体それ以上、何が出来たってのよ」
――5ヶ月前の、2121年7月。ルクファードは弟に勝ちたい一心で帝国の禁忌を侵し、数百年に渡り封印されていた魔人ヴァイガイオンを復活させ、自らの手で国中を大混乱に陥れていた。
その魔人の力は、帝国最強の
セイクロスト帝国とは同盟関係にある「グランガルド王国」の姫君である彼女は、ルクファードの幼馴染でもあり――その日は、地球から来たという
そこに突如現れた魔人からテルスレイドを救うため、「陽動」を買って出たのである。当時から自他共に認める天才的
その巨大な漆黒の拳により、再起不能になるほどの重傷を負ってしまったのだ。どんな治癒魔法でも癒せぬほどの傷により、彼女は立って歩くことすら叶わぬ体になってしまったのである。
――だが、その後。テルスレイドの政令によって「
国連軍という組織の
そして幾重にも渡る交渉と、レグティエイラ自身の志願を経て、ついに実現したのが。
魔法を操る異世界人の身体に、地球ならではの改造手術を施した、史上初の超人――
その後、地球人の助力により再起不能から立ち直った彼女は、感謝の印として。自分を生まれ変わらせた男の姓を取り、カネシロとも名乗るようになったのだ。
テルスレイドが地球との国交という革新的な政策に乗り出したのは、彼女を救う手段を探すためでもあった。エドワード・
「あたしはあんたの魔人に殺されかけて、この身体……混聖改人になった。今のあたしなら、あんたなんて簡単に殺せるのでしょうね」
「……」
「でも、殺してなんかやらない。それは、あたしが望んだ復讐じゃない」
「……では、何を望む」
「自分は何もしない方がいい。自分は災いしか生まない。そんなあんたの生き方を、あんたのせいで生まれた力で、徹底的に否定する。そのためにあたしは――
「……お前にその身体を与えた男が、立ち上げた特殊部隊……だったか。言っておくが、地球には凄まじい強さを秘めた者達が数多くいる。さしものお前でも……」
そして。自分をそのような数奇な運命に巻き込んだ、ルクファードを前にしても。その出自故の苦しみを理解している彼女は、魔人の件で彼を責めるようなことはせず。
あくまで、今もなお卑屈になり続けていることだけを、否定していた。
「だったら。この檻を破って、あたしに付いて来てみなさい。あたしは行くわ、エドワードに報いるためにも」
「レグティエイラ、待て……!」
「じゃあね、ルクファード」
自分を責め続けるだけの生き方など、決して認めない。彼女はそう言わんばかりの強い眼差しでルクファードを一瞥し、彼の制止も聞かずに歩み出して行く。
「……余の生き方を否定、か……」
やがて、彼女の背が見えなくなるまで。足音が聞こえなくなるまで。
牢の隙間から手を伸ばし続けていた第1皇帝は、思案に暮れ――浅黒く、そして凶々しく
◇
――そうして。ルクファードが何かを決意するかのように、掌を握り締めながら。生気を失っていた紅い眼に、微かな「光」を宿し始めていた頃。
「いたたっ……も、もう! 歩きにくいわね、このスーツっ!」
キメ顔で立ち去った後、ルクファードからは見えないところで足を滑らせていたレグティエイラは。
人知れず、そのポンコツぶりを垣間見せていた――。
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