CHAPTER 1
視界を遮る猛吹雪の彼方に、微かに窺える「城」の影。22世紀を迎えた現代においては希少とされる、中近世の文明観を残したそのシルエットが、義勇兵達の視界に映り込んでいた。
「見えたぞ……奴ら、見張りを置いていないようだ! 攻めるなら今しかない!」
「大臣の支配から、この国を解放する千載一遇のチャンス……俺達はずっと、この瞬間を待っていたんだ!」
「やろう、皆! 今日こそ俺達の手で、この国を救うんだッ!」
かつて、その地に暮らす善良な一国民に過ぎなかった彼らは今、その手に旧式の
国の圧政に耐え切れず、狩猟用の銃器を手に戦うことを選んだ彼らは今、街中から掻き集めてきた小銃を手に、「革命」を起こすべく立ち上がろうとしている。平和だったこの国と、民に優しかった王族を苦しめる大臣を討ち、正義を取り戻すために。
「よし……やはり見張りはいないな! 全員、突撃ッ――!?」
――だが。搾取されるだけの力無き民ではなく、武器を手に戦う義勇軍として。吹雪に紛れ、城に近づこうとしていた彼らを待っていたのは。
私服を肥やす大臣のお零れに預かり、民を虐げることに何の躊躇もない私兵達――ですら、なかった。
『……ギ、ギギ、ギ』
「あ……あぁっ!」
鈍色に輝く巨体にモノを言わせる、圧倒的な暴威。人々を蹂躙するためだけに生み出された、冷たい鋼鉄の破壊者――
本来ならば最先端の人型AI兵器であるその種には、随行する兵士や警官を巻き込まないために、過剰な攻撃を行わないプログラムが施されている。
だが、義勇兵達の前に現れた5機の個体は――意図的にそのリミッターを外され、一切の容赦なく破壊と殺戮を実行するモンスターマシンと化していた。
「機甲電人……!」
「大臣の切り札だっていう、あの……! く、くそっ! 見張りを置かなかったのも、コイツらの攻撃に巻き込まないため……!? 全部、俺達を嵌めるための罠だったのか!?」
絶対的な暴力の化身として畏怖されているその存在は今、弱く脆い生身の人間達に、過剰という言葉では足りないほどの暴力装置を向けている。
250cmを優に超える、その巨大なシルエットを前に――義勇兵達は恐怖に慄きながら、それでも震える手で銃口を構えていた。
『ギゴッ……ギゴォォォオォッ!』
「だっ、ダメだッ! 総員退避、退避ィーッ!」
そんな彼らの勇気に対する答えは――魂に血の通わぬ、非情な一斉砲火であった。
ある者は咄嗟に身を伏せ、ある者は散り散りになり建物に隠れ。またある者は――退避が間に合わず、瞬く間に紅い花と化して、純白の地に染まって行く。
「あ、あぁっ……! ミ、ミハイル、嘘だろっ……なぁ、ミハイルッ!」
「バカ、立ち止まるなッ! 奴らが来るぞ、奴らがッ――!」
『ゴォオォオッ!』
つい先程まで、苦楽を分かち合い現政権の打倒を誓い、背中を預け合う仲間だった「肉片」が、彼らの視界に映る瞬間。その動揺を突くように、鉄人達は容赦なく動き出して行く。
民間人に毛が生えた程度の練度しかない義勇兵では、プロの軍人でさえ正面からは戦えない機甲電人には為す術もない。
もしこれが、人間同士の殺し合いであれば――体制側は戦闘に不慣れな彼らを嘲笑い、じわじわと嬲り殺しにしていたのだろう。その非効率な人間の性が、あるいは逆転の勝機にも繋がり得たのかも知れない。
「く、来るな、来るなぁぁあ! ひぎぁあぁああッ!」
『ギィィィイッ!』
だが。義勇兵達を嬲る鉄人達に、そんな「情」はひとかけらも実装されていない。彼らは
『ギュイィイギィッ!』
「やめっ、た、助けッ――し、びゃッ!」
ABG-01、通称「
肥大化した両腕から繰り出す拳打は、対物ライフルにも匹敵する破壊力であり――その巨大に見合わぬ速さで、牽制射撃を続ける義勇兵達との間合いを詰めると。
自決する暇すら与えず、その剛拳により次々と肉体を「破裂」させていった。
『ビィィイィッ! ビギィィッ!』
「あ、あが、がっ、か、母、さっ……!」
ABG-02、通称「
全身に開けられた噴射口から放出される猛毒の霧は、家屋に逃げ込んでいた義勇兵達に容赦なく襲い掛かり――くぐもった断末魔の果てに、物言わぬ屍の山を築き上げていた。
『ゴォオォオッ! ゴォオボォッ!』
「あ、あづッ――あ、ああぁあぁあッ! 焼ける、溶けるッ、お、おれが無くなるッ! いやだ、やだっ、ママァアァア!」
ABG-03、通称「
全身から絶えず放熱している彼の者のボディは、激しく赤熱しており――歩くだけで周囲の雪を溶かし、木を燃やし。その腕に逃げ遅れた義勇兵達を抱いては、瞬く間に「蒸発」させて行く。
「い、いやだ、もう嫌だぁあッ! 助けて、助けてくれッ! 死にたくない、俺はまだ死にたく――」
『ジギィィイッ、ジギュイイイッ!』
「――な、びッ!」
ABG-04、通称「
両肩に搭載された球状の放電装置からは、青白い電光が走り続け――逃げ出そうと背を向けた義勇兵達に、指先が向けられた瞬間。
天の裁きの如く、雷光が迸り。撤退すら許さぬとばかりに、無力な人間達が黒ずんだ灰と化して行く。
『ギゴォォォ……オオォオッ!』
ABG-05、通称「
両腕の多連装砲から繰り出される、弾頭の嵐。その猛火によって肉塊と化した義勇兵達の骸が、下半身を構成するキャタピラによって轢き潰されていた。
彼の者が突き進む先に残るものはなく、あるとすればそれは、この国のために戦う勇敢な戦士達――だった、「何か」でしかない。もはや原型すら留めない灰色の肉が、この虐殺の凄惨さを雄弁に物語っている。
――そして。
「は、はぁ、はぁっ……! ちくしょう、皆、皆っ……! おのれ、大臣めっ……!」
嘲笑すらない冷たい機械兵士によって、蹂躙されて行く同胞達の屍を乗り越えながら。
奇跡的にこの地獄を生き延び、5機の機甲電人による虐殺を逃れていた唯一の義勇兵が――「城」を目前にした、瞬間。
「……! あ、あぁ」
『ギギギッ……ギャォオォッ!』
奇跡の終わりを、告げるように。機甲電人達の筆頭とも言うべき最後の1機が、無力な人間の前に立ちはだかる。
ABG-00、通称「
世界で最初にロールアウトされたその機体は、他の機体をさらに凌ぐ3mもの巨躯を誇り。右腕に装備された鋭利な戦斧が、彼の者が持つ無慈悲な力を象徴しているかのようであった。
「……ふざけるな。ふざけるなよ! 貴様らのような心のない機械にッ! 何の権利があって! ただ静かに暮らしていただけの俺達が、食い物にさろなきゃあいけないんだッ!」
『ギャギギギッ……』
「そんな運命……ブッ壊してやる! 貴様らの支配なんて、認めてたまるかよぉおッ!」
死んで行った仲間達を想い、生き延びた最後の兵士はなおも諦めず、引き金を引く。だが、その捨身の勇気を以てしても。
火花を散らす巨体には、傷一つ残らず。静かになった銃口が弾切れを告げ、兵士は己の命運を思い知らされたのだった。
「ううっ……く、くそぉぉおーッ!」
それでも彼は、心だけは屈することなく。懐から引き抜いたナイフを手に、鉄人目掛けて無謀な突撃を敢行する。
戦いのイロハを知らぬまま、武器だけを手に立ち上がった民兵でしかない彼らでは、それが限界であった。
「俺は、俺達は絶対、貴様らを倒してッ! この国に平和をッ! 姫様が笑って暮らせる未来を、取り戻してッ――!」
そんな彼らの
『――ギャォオォォオッ!』
無力な生身の人間を屠るには、余りにも過剰な威力で。戦斧の鉄人は、その巨大な得物を、ただ全力で振り下ろしていた――。
◇
窓辺に映る景色を埋め尽くす、純白の嵐。毎年この季節が巡る頃には、こうして何もかもが白く塗り潰されてしまう。
それを見つめる肥え太った1人の男は、下卑た笑みを浮かべ背後を見遣っていた。彼の後ろで膝を着いている2人の男女は、窓辺に立つ男とは対照的に――見目麗しいブロンドの髪と蒼い眼を持つ、美男美女である。
「こうも吹雪が長く続くようでは、姫様も助かりませんなぁ」
「大臣……なぜだ、なぜこのような……!」
「お願いです、私はどうなっても構いませんから……どうか、どうかリナだけはっ……!」
「おやおや、それが国を預かる王妃様のお言葉ですか。やはりこの国の長は、儂の方が相応しいようですな」
「黙れッ、この売国奴めが! リナなくして、我が国の存続はありえぬ! あの子がいない世界など、私達には耐えられ――!?」
彼らは怒りとも悲しみともつかぬ表情で、思い思いの言葉を叫び続けていた。だが、その悲痛な訴えも――喉元に寄せられた巨大な刃によって、断ち切られてしまう。
右腕に戦斧を備えた、全長3mにも及ぶ鈍色の鉄人。「大臣」と呼ばれる男に付き従う彼の者に、非情の刃を向けられ――男女は恐怖のあまり、言葉を失っていた。
その刃先から滴る鮮血が、少し前に起きていた「惨劇」の様子を物語っているのだ。
「少しは口を慎んで頂きたい。長らく世話になったあなた方への、せめてもの返礼として……生かして差し上げているだけのことなのですから」
「ひっ……!」
「き、貴様……このようなクーデターを起こして、一体何が狙いだというのだ……!?」
「決まっているでしょう?」
そんな彼らに、嗜虐的な笑みを浮かべながら。猛吹雪で白一色に染まり行く窓辺を背に、「大臣」は両手を広げて高らかに嗤う。
着ているものこそ男女と同じ、整然とした藍色のスーツではあるが――その歪な貌から滲み出る印象は、人の皮を被る怪物そのものであった。
「数ヶ月前、全世界を震撼させた『異世界』の門。儂はその向こうに、巨万の富を築くのです。この国には、そのための
「なんだと……!?」
「国王陛下。儂はもとより、このような東欧の小国如きに収まるつもりなどないのです。……売国奴、大いに結構。売った国が滅びてしまえば、その汚名も消え去りましょう。ふ、ふふ、ははははははっ!」
高く険しい山脈に囲まれ、毎年のように雪に覆われている東欧の小国。その宮殿に響き渡る彼の嘲笑が、膝を着かされているこの国の王族に、堪え難い屈辱と絶望を齎している。
「リナ……! せめて、せめてお前だけでもっ……!」
そんな中、血が滲むほどに唇を噛み締めて。愛娘を案じる国王は、肩を震わせながら――溢れんばかりの涙を浮かべていた。
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