第3話 兆し

 授業中、僕は今朝見た夢のことが気になっていた。あの子が泣いている夢。水瀬さんが超能力者を自称して泣いていた、夢。

 それにしても超能力者か。真偽は怪しい限りだが、どうしてか嘘とは考え難かった。けれど、例え嘘じゃなかったとしてそれがなんだというのだろう。この夢には何か意味があるのか否か?もし意味があるのならそれは一体どんな?

「最後の問題は、あー...じゃあ水瀬。」

「はい。」

 先生に指名された水瀬さんは、答えを書きに黒板まで移動しようと立ち上がったが、少しよろけた。

「おお水瀬、大丈夫か?」

「大丈夫です」

「そうか。ならいいんだが、無理はするなよ。」

「先生大丈夫ですよ。」

 本当に大丈夫なのだろうか。先生は見えなかったみたいだが、水瀬さんはほんの一瞬酷く苦しそうに表情を歪めていた。今日は体調が悪いのだろうか。後で声を掛けてみ...いや、無理だ。僕にはハードルが高い。入学してから水瀬さんと何度も目が合うのはからかわれているだけかもしれないし、今朝の夢に出てきて泣いていたのは僕が勝手に妄想していただけかもしれない。一言も言葉を交わしたことがないのに急に体調を気に掛ける会話をしようだなんて、陰キャ側でコミュニケーションを苦手としている僕には到底無理だ。天地がひっくり返るのなら万に一つくらいは可能な時もあるかもだが天地はひっくり返らないので無理だ。

 どうやら無事答えは書けたようで、水瀬さんは速やかに席に戻ってきた。入学当初は僕の左斜め後に位置していた彼女の席だが、席替えをしてから僕の右隣の席に移動していた。僕の席はというと、一切の変化はない。

「じゃあ最初から答え合わせな。①の⑴から___...」

 今朝の夢のこともあり水瀬さんの様子はすごく気になったが、単に体調が悪いだけだとも考えられるので、現時点で僕にできることはないかな。

 他に変わったこともなく、授業は終わりごく普通に帰宅した。


 その日以来水瀬さんは、ふらついていたりよく物を落とすようになったりと、小さなことだが節々で不調が垣間見えるようになった。それでも彼女は友達や先生には大丈夫だと微笑むことしかせず、小さな不調とは言えない様子で早退する日もあった。

 日に日に体調が悪化しているように見えるので心底心配だが、僕に何かできるわけでもないし、他にも気になることがあった。

 夢のことだ。初めて水瀬さんが泣いている夢を見た日から、僕の夢に水瀬さんが登場することが多くなった。例えばお互い無言で通学路をただ歩いているだけだとか、放課後の教室でさよならの挨拶を交わしている夢だとか。夢の中には何故か場違いにもらとがいることが多々あったが、いずれにせよあまり明るい印象を受けない夢がほとんどだった。水瀬さんが出てくる夢を見た日の朝は、決まって胸のあたりがざわついていた。目覚ましにするにはこの不快感は少々いただけない。

 ここまで夢の中に水瀬さんに登場されてしまうと、非科学を信じない僕でもこの夢に意味があるのかという疑問が徐々に確信に変わっていく。これらの夢には意味があり、そして何かを僕に伝えようとしていると。ではそれは一体...?

 らとと戯れているというのに珍しく落ち着いている僕を見て母さんはオロオロし始めていたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。そう言えば、何故水瀬さんと一緒にらとも夢に出てくるのだろう。あれ、水瀬さんとらとがいる光景...他にもどこかで...。

 そうだ、あの時の夢にもらとがいた...!思い出した...あの子が泣いている夢!最近見たのが初めてじゃなかったんだ!高校二日目からずっと感じてた水瀬さんに対する違和感の理由はあの夢で会っていたから!らとがまだ子猫の時だから、確か十年程前だ。水瀬さんが泣きながら自分が超能力者であるのだと、そしてその力には代償が必要なのだと語った、あの時のあの夢...!それにしてもどうして今になってまた似たような夢を見たのだろうか。

 これはやはり、水瀬さんと話してみる必要がありそうだ。入学してまだ1回も話したことがない女子に話しかけるなんて、僕基準ではとても勇気がいることだがそんなこと言ってられない。そうまでして頑張って話しかけて、もし夢に意味なんかなく何でもなかったら大恥もいいとこだな。変な奴認定は避けられそうにないが、もうそれでもいいさ。きっと変な奴認定はされないだろうから。何故かって、これは確信だ。水瀬さんは本当に超能力者でそのことで何か悩んでいると確信できるのだ。

 わからないのはこの胸のあたりのざわつきだ。これは、なんだ?水瀬さん、そしてらとが出てくる夢を見た日の朝はいつも、同じような胸のざわつきを感じていたが、これも関係がありそうだ。何か良からぬことにならなければいいのだけど...。

「にゃー」

 らとは可愛くて賢くて良い子でとにかく非の打ち所のない可愛さを誇るが、今のらとはいつもと少し違って見えた。らと...?どうしてらとまで僕の夢に...?


 それから水瀬さんと話してみようと奮闘したが、どうにもタイミングが悪く、なかなか話せないまま梅雨が終わろうとしていた。

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