第2.5話 かつての夢

「ただいまー。」

 家に着くと、条件反射のように自然とその言葉が口に出る。当たり前の挨拶を当たり前にできるなんて、私が暖かい家庭に身を置けている証拠だ。

「おかえりなさーい。」

「彩春ーどうだった?今日はなんともない?」

 お母さんは、最近私が体調を崩しがちなことが気になっているみたい。

「絶好調!...ではないけど、大したことないよ、大丈夫。」

お母さんと会話をしつつ鞄を置いて椅子に座った。

「そう...。無理しないでね。」

「うん。ありがとう。」

 お母さんは、買い物から帰ってきたばかりで夕飯の準備に取り掛かるところのようだ。

「手伝うよ。」

「気持ちだけ受け取っておくわ。彩春は他にやることあるでしょ。」

「はーい。」

 お母さんを手伝おうと、立ち上がりかけて少し上がっていた腰を再び椅子に下ろした。言われた通り勉強しようと鞄から勉強道具を取り出してテーブルに並べた。


「ねえ彩春、昔彩春が言ってたことなんだけどね。」

 数十分程勉強をしたところで、お母さんが思い出したように話しかけてきた。

「うん、何?」

「流石に覚えてないわよね。10年くらい前に、彩春が夢の中で会った知らない男の子に能力者だって話したんだって。」

「もう、またその話ー?前も聞いたよ。」

 お母さんは夕飯を作りながら、私は勉強しながら会話を続ける。

「そうだったかしら?でも、能力のことは誰にも言わないって約束でしょ?だから、彩春が夢の中とはいえ誰かに話すなんて珍しいから!それに、あの時の彩春すごく真剣だったのよ。」

「それも前聞いたよ。珍しいのは確かにそうだけど、10年前の夢なんて覚えてるわけないよ。」

「そうよねー。あの時の彩春にとっては印象が強かったみたいだからもしかしたら覚えてるかなー?なんて。」

「覚えてない。ていうか、覚えてたところでそれがなんだっていうの?」

「確かにそうね。でも夢って現実の自分とリンクするっていうし、きっと意味のある夢だったと思うのよねー。」

「意味のある夢ねえ。んー。覚えてないし、わかんないなあ。」

「きっといつかわかるわ。」

 すでに何回か聞いた話だけど、どんな意味があるか以前に覚えてないから考えようが無い。

「さ、そろそろ夕飯できるから、テーブル片付けてね。」

「え、早いね。わかった。」

 10年も前の夢のことより、現状について考えるのがいいと思う。最近小さな不調が続いてること。きっと過去に力を使った代償が今私の体を少しづつ蝕んでいるんだ。私は、もうすぐ死ぬのかな。不調が続くせいで、どうしても思考がネガティブによってしまう。

「彩春、食べましょう。」

いけないいけない。夕食に集中しよう。お母さんの料理はすごく美味しいんだから。

「うん!食べる!いただきます。」

「はーい召し上がれ。」



 お風呂から上がって自室の勉強机の椅子に座った。うちでは能力のことは誰にも言わないという約束をしている。私は生まれつき能力を持っていて、小さい頃はコントロールが利かず勝手に能力が発動することがよくあった。そのおかげで能力者だと判明したんだけど、世間の能力者への対応は決して良いとは言えない。

 過去に何人か自分から能力者だと公表した人や、周りにだけ明かしていたはずなのにいつの間にか世間にバレていた人がいた。その人たちは皆揃ってマスコミに追われたり、一般人に特定されて悪質ないたずらをされたり、何かの研究施設に勧誘されたりと、能力者だとバレた人はいずれも良いとは言えない対応をされていた。だから私は家族以外誰にもこのことは話していない。場合によっては私だけでなく私の周りにまで被害が及ぶ。話さないほうが良いに決まってる。


 お母さんに何度も聞かされたせいで少し気になってきた。10年前の夢の話。誰にも言わない約束をしてる私が夢の中で知らない男の子に能力のことを話した、か。

 話したこと自体は一旦置いといて、その男の子は誰だったんだろう...?夢の中とは言え約束を破ってまで話したんだからよっぽど信頼できる人だったんだろうけど、お母さんが言うには私の知らない人なんだよね?ほんとに誰なの?覚えてない、全然わからない。ていうか、たとえ覚えてても過去の私が知らない男の子って言ってるならほんとに知らない人じゃん!覚えててもわからないじゃん!

 もう、誰なのー!?その謎の男の子は一体!!!

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