第1話 友達作りという難関試練
入学式を終え、教室へとやってきた僕は、その新しい環境の空気にそわそわと緊張していた。この空間のほとんどの人がきっと初対面同士なので、そこまでうるさくはないみたいでひとまず安堵する。
「はい皆さんおはようございます!」
数分経つと担任教師が教室に入ってきて、挨拶や書類の回収が進められた。
やはり初日は時間が経つのが早く感じらる。あっという間に下校時刻になった。
初日だというのに、気の抜けた別れの挨拶が簡素に済ませられると、数時間前よりも教室の喧騒が増す。騒々しいのはあまり好きではないので、第一の友達作りのチャンスを逃すことを惜しまずに帰路に着いた。
友達作りに励むのは明日からにしよう。流石に1日遅れたくらいでそんなに大きな差が生まれることはないだろう。きっと大丈夫。
程良い気温にふわりと優しい春風が心地良い帰り道だった。
翌日、清々しい朝日で目が覚めた。昨晩のうちに準備しておいた持ち物を確認して、制服に着替えた。部屋を出て、
「母さん、おはよう。」
母に声をかけた。
「おはよう、想。朝ごはんできてるからちゃんと食べなさいよ。」
昨日は寝坊したため初日から朝ごはんを食べずに家を出たことを心配したのだろう。
「んー。」
母と短く言葉を交わし、食卓につく。
父はまだ寝ているのか、リビングに姿はない。我が家の飼い猫、否猫様のらとは、外を眺めて動かない。らとは茶トラのマンクスですごく可愛い。そしてすごく可愛い。触りたい気持ちを抑え、言われた通りにいわゆる母の味をしっかりと噛みしめることにした。
「いただきます。」
この味は経験と愛情でできたものなのかな、と考えながら朝食に相応しい栄養を摂取していく。
「ごちそうさま。」
静かに食事を終えると、食器を片付け歯を磨きすぐに鞄を持つ。
「行ってきます。」
玄関先まで来てくれる母にそう告げると、
「行ってらっしゃい。」
という言葉を聞いてから家を出た。これが僕の朝のいつもの流れだ。今朝はらとを愛でていない事を残念に思いながら、帰ってからの楽しみにとっておこうと心に誓い、昨日より落ち着いて登校できる余裕を持って、学校に向かった。
教室についてみると、このクラスの人はコミュ力が高いのか、二日目だというのに一層騒がしくなっていた。きっと大丈夫、なんて昨日は考えていたけれど、間違いだったようだ。この騒々しさが、友達作りに出遅れたことを証明してくれる。一日で...たった一日の数十分でここまで仲良くなれるなんて...!コミュ力おばけの集まりか!?
まあ、いいか。友達のいない高校生活となると、物足りない場面が多数あるだろうけれど、とりあえず今は問題ない。と強がってみたけれど、昨日の自分の行いに対しての後悔が僕の気分を沈める。
「あぁ...。ミスった...。」
弱音が声になり漏れてしまうほどに、この後悔は強いものだったようだ。消極的で、どちらかというといや完全に陰キャ側に振り切っている僕には、楽しそうに話すクラスメイト達の間に入って声をかけられるほどの勇気はない。
談笑するクラスメイトの中に、ふと、惹かれる人物がいた。なんだろう、わからないけど、うっすらと記憶にあるような無いような、そんな生徒。彼女は名を
そうして僕は、水瀬さんに謎の違和感を覚えつつ、毎日挨拶を交わすような仲のいい友達がいないまま、高校生活を送っていくことに。
ぼっち高校生活の中でも気になることがある。高校二日目から違和感を感じていた水瀬さんだ。僕からみて、水瀬さんは誰からも好かれるような明るく思いやりのある人のようだ。僕とは違って友達作りにも成功したようで、一人でいるところをあまり見ない。そんな水瀬さんの視線が、何故かこちらを向いていることがあるようだ。これが端から端の席ほどの距離だったらきっと僕は気づかなかっただろうけど、彼女は僕の左斜め後ろの席なので、みられていることに気付きやすい。視線に気づいて振り返ってみても、水瀬さんは目をそらすことなどしない。そのまま僕を見つめている。水瀬さんはそこそこ可愛い方なので、いつも僕の方から目をそらしてしまう。ただそれを数回繰り返すうちに、水瀬さんも僕と同じなのではないかと思えてくる。水瀬さんの視線に振り返り彼女の顔を見ると、僕と似た、不思議そうな、違和感を抱えているような、困惑しているような、そんな表情をしているのだ。可愛い子に見つめられることに少なからず照れ臭さはあったが、恋心などではないようだ。そろそろ会話を試みるべきなのだろうか。そう考えていた頃のことだ。新しい環境にも大分慣れてきて、もうすぐ梅雨の季節が目前の、その頃の事だった。
あの子が、水瀬さんが泣いている夢を見たのは。
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