第4話 チェコスロバキア・ビロード革命

(4)チェコスロバキア・ビロード革命

正常化体制のもと君臨してきたフサークは経済不振による国民の不満をそらすため、1987年に共産党書記長職をミロシュ・ヤケシュに譲ったが、大統領にはとどまり、国家の最高権力者としてペレストロイカへの批判を隠さなかった。ヤケシュは限定的な経済改革を手がけたものの、言論の自由化や反体制派への監視を緩める事はしなかった。


汎ヨーロッパ・ピクニックが成功すると、オーストリアに隣接するチェコスロバキアにも西ドイツへの越境を求める東ドイツ市民が大量に流れ込み、プラハ市民は西ドイツ大使館内にあふれる数千人の東ドイツ市民を目撃するようになった。10月18日には東ドイツで強権的な体制を敷いていたホーネッカー党書記長が失脚し、チェコスロバキア当局は東ドイツとの関係悪化におびえながらも、11月3日には西ドイツの求めに応じ、東ドイツ市民の西側への輸送を開始した。ハンガリーに続いてチェコスロバキアが「鉄のカーテン」の撤去に踏み切ったことで、11月9日には冷戦の象徴だったベルリンの壁が崩壊した。これら一連の動きは国内外のテレビ放送を通じてすべてリアルタイムで流された。反体制派の市民らは民主化デモの準備を進め、体制政権側は緊張した。


このうちプラハ市の大学生は、1939年にドイツ軍に抵抗して殺害されたチェコ人学生を追悼する「国際学生日」(11月17日)の50周年記念日に狙いを定めた。当日、チェコスロバキア社会主義青年同盟(チェコスロバキア共産党の下部組織)が主催する当局許可のデモ行進がプラハのカレル大学医学部前で始まった。デモ隊には準備を進めていた反体制派の学生たちが合流し、午後4時までに約1万5000人規模に拡大。プラハ旧市街に行進した。これを治安部隊が警棒で攻撃し、強制的に解散させた。これによって500名ほどが負傷し、1名が死亡との噂が流れた。

「学生死亡」の噂が市民に広まり、民主化デモの拡大に拍車をかけることになった。また、デモに参加した学生の一部はプラハ国立劇場に逃げ込み、警官隊の介入で学生が死亡したと聞いた同劇場の演劇俳優らは、学生を支援するストライキに突入することを決めた。


この運動の先頭に立ったのが「憲章77」*の中心メンバーのヴァーツラフ・ハベルであった。「憲章77」は「プラハの春」が軍事介入によって潰えてから、10年になろうとした1977年1月、フサーク指導部が批准したヘルシンキ宣言の人権条項の順守を求める50人に満たない小さな運動集団であった。

フサークは演劇人で、演劇の世界では少しは知名があったが、政治的には全くの無名であった。それでも、憲章77の運動で幾度かの逮捕、投獄は経験していた。憲章77のメンバーが中心になって反体制派の合議組織「市民フォーラム」を結成。ハベルが反政府運動の先頭に立つことになる。17日の衝突事件に関わる当局側責任者の処分要求、「プラハの春」の粛清に責任を持つフサークやヤケシュ即時退陣、全政治犯の即時釈放を要求し、27日のゼネストを国民に呼びかけた。


ハベルが「ビロード革命」のスターだとすると、もう一人いにしえのスターが現れた。プラハの春以来、初めてドプチェクが大衆の前に姿を見せたのである。追放後の彼はブラチスラヴァの営林署に機械工として勤務して退職を向えていた。市民は仕事が終わってから夜に集まるという行儀の良いデモではあったが、デモの人数は10万、20万、30万と日ごとに増えて行った。

体制側共産党は重大な分裂状態にあった。ヤケシュらは警察力を使った強硬路線の継続を主張した。「権力の座に留まろうとしてもソ連軍による支援やいかなる政治的支えも期待されても困る」とクレムリンからは釘をさされた。主張はしたが実行はされなかった。穏健派は反体制派と取引しょうと躍起になっていた。首相のアダメッツとハベルは会った。会談は重ねられたが、プラハを埋め尽くす大群衆の前に勝負は決せられた。フサークは大統領を辞任し、共産党はその命を終えた。

新政権ではハベルが大統領になり、ドプチェクは連邦議会議長の名誉を得た。大きな流血に至る事態は起こらなかったことから、軽く柔らかなビロードの生地にたとえて、人はこの革命を「ビロード革命」と名付けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る