第5話 ブレジネフの時代・停滞の時代

フルシチョフ後は独裁を排除するという名目で、ブレジネフは党第一書記、コスイギンは首相、ミコヤンは最高会議幹部会議長(1965年にミコヤンも事実上失脚し、後任にニコライ・ポドゴルヌイが就任する)のトロイカ体制が引かれた。実質の権力はブレジネフが握り最高会議幹部会議長も兼任するようになる。


コスイギン首相はハリコフ大学経済学部のリーベルマン教授の提唱した「ソビエト経済においても企業や個人の利潤追求を重視し、経済運営の分権化や市場原理の限定的導入による生産性の向上」の理論を取り入れ、企業がノルマ以上の成果を出した場合の報奨金制度などの経済改革(コスイギン改革)を進めた。しかしこの改革はあくまでも限定的なもので、なおかつ東ヨーロッパ諸国にプラハの春に象徴されるような過度の自由主義化をもたらしたという批判により、この限定的改革ですら後退した。


ブレジネフ政権はブレジネフが亡くなるまで18年続いたが、「偉大なる停滞の時代」「社会主義延命策の時代」と呼ばれた。農業の問題は既に述べたところである。重化学工業はソ連の豊かなエネルギー資源、石油、天然ガスに支えられたものであった。1970年代は中東戦争による2度の石油危機で有数の産油国として莫大な外貨を獲得できたが、有効に使われず、西側の技術革新に大きく差をつけられ、特に敗戦国であった西ドイツ、日本の驚異的な経済成長に比べて、1965年頃からはソ連の経済の停滞は誰の目にも明らかになってきた。その技術力は軍事及び宇宙開発部門を中心とした重工業のみが突出しており、一般国民に必要な物資の供給は後回しにされた。1980年代に入ると食料などの日常生活製品は極度に不足し、どのスーパーマーケットにも長蛇の列が生まれた。


この時期は消費財や食料の輸入が膨らみ、対外債務が急速に増大する一方、東ヨーロッパ諸国への安価な天然資源供給や発展途上国への経済支援は政治的・外交的理由で続ける必要があり、政府にとっては大きな負担になった。1979年にはアフガニスタン侵攻を開始し、軍事費の膨張と西側諸国との関係悪化はソビエト経済を一層苦しめることになった。

フルシチョフが22回党大会で「1970年には人口一人当たりGDPで米国に追いつき1980年までには完全に追い抜く」とその時期を延期したものの、新綱領として採択したのは何だったのだろうということになった。


カール・マルクスは、恐慌局面にある資本主義の様々な諸現象、信用制度の崩壊、企業・銀行倒産、失業者の増大等の根本的な現象を過剰生産としてとらえ、大いなる無駄とした。そして恐慌現象の本質を、資本主義に内在する基本的矛盾から発生する諸矛盾の爆発であり、この爆発を通じた強制的な内的統一性の回復の局面であるとする。この爆発は時に戦争に繋がり、破壊と殺戮の物質、人的資源の大いなる無駄となるのは1929年の世界恐慌から第2次大戦となったのである。


社会主義経済が生産財の私有を否定し、計画経済を採用したのはこのような理由による。しかし、この計画経済にも恒常的な無駄が発生したのである。生産高によるノルマ達成は、いざという時のために企業体は必要以上の原料、資材を抱えようとした。追い込みのために労働力もしかりであった。数量目標による管理はともすれば品質に対する無関心になり、不良品、不用品の無駄を作るのであった。また、ノルマ管理は仮に生産余力があってもノルマ達成以上の生産はしなくなり、この面からも生産力の消極的無駄を生むのであった。

 鉄鋼のような基幹生産物には計画生産は有効なのかもしれないが、消費財まで含め何から何まで計画的に生産し、隅々までロスなく流通させるのは神業と言わねばならない。

例えば靴を取り上げてみよう。用途、サイズ、好みに合わせ男女別に無駄なく計画的に生産し流通させる!考えても熱が出る。


力不足は否めないのに、何かにつけてアメリカに対抗せねばならない。最優先で唯一対抗出来たのは最優先の資源、人材を投入しての宇宙開発を含めた軍需産業であった。それは消費財産業等の他の部門を犠牲にしてであった。国力が優先され、国民の豊かさは後に置かれたのである。スターリン以来の体質はブレジネフの時代には基本的に継続されたのである。

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