第17話 その後の俺ら

映画製作後のその後であるが、ハシケンは家を出た。家を出たといっても、映画館の事務所を住めるように改造して住み着いた。シネマは、一時は持ち直したが、大きな流れを変えることは出来ず、1階をパチンコ屋に貸したが、2階を名画座として、映画に対する情熱は薄れなかった。


ただ、酒が過ぎ、肝臓を壊し、命を縮めた。由美子とは娘の結婚を機に五郎の取りなしで籍だけは戻した。娘は駒川商店街の仏壇屋に嫁いだので、父親の洗濯や食事の面倒は娘が見るようになった。これは由美子の言いつけであった。由美子は娘と、息子を結婚させ、沿線にもう1軒店を出した。


五郎のとりなしのことであるが、五郎はハシケンに大きな借りがあった。五郎の浮気がばれて、奥さんと別れ話になったのを、必死になって止めたのがハシケンであった。五郎が雨宮に話した話である。


五郎の浮気相手が悪かった。店の若い従業員であった。五郎曰くは、手をつけたのではない、娘の方からサインが出たというのだ。ハシケンは大して変わらんと怒ったという。


「店のため、必死になって働いてきて、そのお返しがこれですか」と、奥さんは完全に頭に来てしまって、五郎がいくら謝っても「別れる」の一点張りで、困り果てて、ハシケンに相談したのである。ハシケンは一緒に謝ったると云い、奥さんにこう言って、両手をついたのである。


「僕は一生浮気は絶対にしません。誓います」


「健一さんに誓ってもうても…問題はウチの主人ですよ」


「そうです。僕がせんのやから、五郎がすることは出来んのです。僕に、相談持ちかけておいて、約束破るようやったら、友達の縁を切ります。いや、そんな男は生きてる値打がないから、僕が殺します」


そんなや変なやりとりがあって、ハシケンの必死が通じたのであろう。なんとか奥さんのお許しが出たと云うのである。


「あんた、女を裏切った上に、さらに友達を裏切るようなことはしはれんやろうね。もしそんなことがあったら、わたしが死にます」と念を押されて、五郎は「俺はハシケンに殺され、嫁さんには死なれるんや」と、もー、こりごりやと、雨宮に語ったのである。懲りた五郎は、商売一筋に励み、精肉店の家業を活かして焼肉チェーンを5店持つオーナーになったのである。


雨宮はその映画製作がきっしょうになって、腐れ縁を断ち切っての再出発を決意した。丁度、その映画を評価した東京の大手書店の映画部から話があった。映画を2、3本撮ったが、やはり柄ではないと小説に戻り、年に2、3冊コンスタントに本を出している。同棲洋子とは結婚して、子供も一人出来た。


漬物屋の伊助は渡辺を助け商店街の会計を続け、郊外に息子のために支店を出した。


歯科医のチョイ役で出演した和田豊は、そのマスク姿が素敵と女性客が増えた。「俺はマスクしてんと、ええ男やないんか」とむくれたという。


長山智史は翌年から又、厳格な教授に戻り、学生たちから煙たがられた。


藤川鈴子は映画後、刑事から民事に切り替え、テレビに辛口コメンテーターとして出るようになり、独立して都心一等場所に事務所を構えた。


原田瑛子は、その演技力が認められ、映画やテレビにも顔を出すようになり、娘の婿をいびるドラマで人気を博した。


通夜の席では映画制作の苦労話や、思い出が語られ、尽きることがないようであった。席を変えて飲み直そうとなった。その時、由美子が現れ、「雨宮さん、ちょっといいですか」と隣室に招いた。


「雨宮さんには本当に親しくしていただいて、お礼の言いようもありませんわ。その雨宮さんにあの映画のことで大変失礼なことを言いましたね。主人がこうして亡くなってみて、あの映画があってどんなに良かったか改めて思いました。残すならいいものをという主人の気持ちも今ならよくわかります。なんと心の狭いことだったのでしょう。その時の失礼を許してください。そして皆様にお礼を申し上げて下さい」と、座敷に手をついたのであった。頭を上げたその顔には一筋の光るものがあった。雨宮は明日の葬儀の時間を確認して辞した。

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