第13話 自転車泥棒

雨宮は「黒沢が2人か、やっぱりすごい監督なんやなぁ」と思った。そして自分の一押しとして、イタリア映画の『自転車泥棒』を挙げた。


「アメリカの映画見ててようわからんことがあったんや。黒人の親子が中古やけど自動車で帰ってくる、でっかい電気冷蔵庫を開けて、大きな牛乳の入ったボトルを出してきて飲む。家かて古いけど部屋数もあって広い。そして「うちは貧乏や」と言う。どこがや?俺の家には車もなければ、冷蔵庫は木に銅板貼ったやつや。部屋も3畳と6畳の二間。この辺が違うとさっぱり映画はわからんことになる。やっと仕事が見つかったら通う自転車を盗まれる。父親の仕事が見つかって喜んでいた子供が父親と一緒に探す。敗戦後のイタリアの貧しさが風景の中に映し出されて、当時の日本と重なる。こっちの方がなんぼかしっとりと来る。今時の自転車を放置する輩を見ると、頬っぺた叩いたろかと思う。昔はイタリア映画やフランス映画に味のあるのがあったけど、金をかけたハリウッド映画が幅をきかすようになって、面白ろうない。カネをかけたらええとは限らんわ」と自説を主張した。


瑛子が挙げたのは『エデンの東』


「ごめんな、そのアメリカ映画を挙げて。厳格な父親との葛藤。その父親に認めて貰いたいジェームス・ジェーンの気持ちがよく出た映画よ。それより何より、ジェームス・ジェーンがええわ。好き。ここの社長さんにポスターもうて、毎日キッスしてたら、そこだけ禿げてもうた」と、みなを笑わせた。


鈴子は、「私もアメリカ映画で『風とともに去りぬ』。マーガレット・ミッチェルの小説で読んで感動していたせいもあるけど、ヒロインのスカーレット・オハラがいい。やっぱり映画は俳優やね。ヒロインの生き方が好き。特に着ていく服がないとき、ベルベットのカーテンを引きちぎって身に纏うとこが痺れるの。過去にメソメソしないで立ち向かって行くとこがね」


「まるで、鈴ちゃんそのものやね」と、瑛子が相槌を打つ。


 鈴子は離婚を経験している。女の子が一人いる。結婚相手は名前を出せば関西なら誰もが知っている食品会社の2代目であった。青年実業家と女性弁護士の結婚と少し話題にもなった。その食品会社が食品事故を起こした。初期の対応がずさんで、死亡者こそ出さなかったが、重傷の中毒患者を多数出した。その被害者団体の弁護を鈴子が所属する弁護士事務所が担った。鈴子はその先頭に立ち、会社のずさんな管理体制を暴き、厳しく責任を追及した。離婚した相手とはいえ、子供の父親である。鈴子の心中はいかばかりであったろうか。会社は多額の補償責任を負い敗訴。結局、会社は競合大手の傘下に吸収され、旧経営陣は全て責任を取らされた。


トリは豊である。


「僕は『俺たちに明日はない』やな。大恐慌時代の実在の銀行強盗であるボニーとクライドの、出会いと死に至るまでを描いた犯罪映画で、アメリカン・ニューシネマの先駆的存在として有名なんやけど。ともかく題名がええ。原題は『ボニーとクライド』実話やから向こうでは知ってる名前やろうけど、日本では何や?になる。こんな題で誰が見に行く。日本で考えるとこれが『俺たちに明日はない』になる。見に行きたくなるやろぅー。観に行きたい映画は題で決まる。今度の映画ええ題考えんとな、雨ちゃん頼むぜ」


学校からみんなで見に行った映画の話が出た。木下恵介監督の『二十四の瞳』に皆泣いたこと。デズニーの『白雪姫』を見て、戦前にカラーでこんなアニメが作られていたと知って驚いた話。


他に、作品としては昭和41年の『男と女』、43年の『卒業』の名前も出た。みなの青春時代の映画である。役者としては、ヘップパーン、『第3の男』のオーソン・ウェルズ。女性陣からはアランドロンの名前が出た。


ちなみに、カメラを担当した木本さんは、「みなさんは、名監督や俳優の映画をあげてらっしゃるが、松本清張原作『砂の器』をあげたいね、撮影の川又昻*が素晴らしかった。映画は総合芸術じゃけ、裏方さんも忘れんで欲しい」と、制作する映画での私の役割も忘れないでとアピールした。

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