第12話 天国と地獄
五郎が挙げたのが、黒澤監督の『天国と地獄』であった。
誘拐身代金事件ものである。犯人の山崎努は貧しい環境に暮らすインターンで、自室の窓から、丘の上の豪邸が見える。裕福な暮らしをしている会社重役の権藤(三船敏郎)に対し、一方的に憎しみを募らせる。丘の上の豪邸がさしずめ天国で、下から見上げる安アパートが地獄というところか。
普通の誘拐ものと違ったのは、拐った子供が一緒に遊んでいた権藤の会社の運転手の子という設定になっていることだ。間違いだったと分れば、返されるやろうと思っていたら、犯人は3千万円要求して来る。権藤には払う義務はない。でも殺されでもしたら道義的な責任は残る。権藤には払えない事情があった。自社株を買い占めて経営権を握ろうとしていて、明日までに5千万円送金しないといけない事情があった。その間で揺れ動く。権藤側についていた秘書が払うのではないかと見て、寝返って反対派の重役に注進する。権藤は妻や、運転手の懇願する気持ちを汲んで、全てを失ってもいいから払うことを決断する。
誘拐ものといえば、現金の受け渡し方法である。五郎がその辺を熱を込めて語った。
「スリリングなのは現金の受け渡し場面や。当日、捜査官(仲代達矢)と一緒に犯人が指定した『特急こだま』に乗り込むが、車内に電話がかかり、犯人から『酒匂川の鉄橋が過ぎたところで、身代金が入ったカバンを窓から投げ落とせ』という想定外の受渡し方法を指示される。犯人は『7センチ以下の厚みのカバン』と指定してきていたが、それは『こだま』の車中で唯一、洗面所の窓が7センチ開くからという凝った設定になってるんや。この映画を観た乗務員が試したところ、実際に7センチであったと話題になった。権藤は指示に従い、その後子供は無事に解放されたものの、警察は完全に裏をかかれ、身代金を奪われて犯人にも逃げられてしまう。ただ、そのカバンには焼却処分したときに黄色い煙が立つように仕掛けてあった。犯人はアパートの焼却場でカバンを燃やす。権藤の家に詰めていた捜査陣の前に、下からその黄色い煙が舞い上がる。白黒映画やったけど、この煙の場面だけがカラーやった。この辺も面白い。逮捕された犯人は、権藤に会いたいと言う。何もかもなくしただろう権藤が、ある人の支援を得て小さな会社を起こすことになったと語る。最初こそ不敵な笑みを浮かべながら語る犯人だったが、そのうちに体の震えが止まらなくなり、ついにはガラス越しに、自分が地獄、そして権藤が天国に住む人間だという呪詛を絶叫するとこで終わるんや。魅せます最後までというやつや。犯人役の山崎努が良かった映画や」
次に長山が黒沢ばっかりで悪いがと断って、『生きる』を挙げた。「知っての通り余命いくばくとなった市役所の役人の主人公が、最後の仕事と関わった児童公園のブランコで『命短し恋せよ乙女…』とゴンドラの歌を歌いながら死んでいく。僕の親父も市役所の役人やったからよけいなんや。志村喬が渋い演技を見せている」
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