第10話 ニューシネマパラダイス

平成に入って映画制作の準備がスタートした。雨宮が考えた映画は映画館主の置かれた苦境、そして映画好きな仲間たちがそれを応援するという、そのまんまのストーリーで、それをドキュメンタリータッチで描こうというものであった。


勝算はあった。ヒントになったのが、イタリア映画の『ニューシネマパラダイス』である。昭和63年に公開されたこの映画は、監督ジュゼッペ・トルナトーレの作品で、イタリア映画の久々の復活を印象付けた話題作であった。


ローマで映画監督になった中年男性(監督の分身)が、親しかった村の映写技師アルフレードの死を知らされて、映画に魅せられた少年時代、恋を知る青年時代、を回想する物語である。


村にあるたった一つの娯楽施設は、広場にある教会を兼用した小さな映画館だった。そこで映画好きの少年トトと映写技師アルフレードの友情が始まる。彼との交流を通じて少年は大人に成長していくのである。成長のためには、島を、村を出ることを勧めるアルフレードの言葉*が感動的である。


映画館で旧式の映写機が回り出すと、アメリカ映画に出てくる信じがたい豊かさや、保守的な村ではありえないロマンティックな男女関係など、村人たちが目を丸くして見るような外の世界が写しだされる。新作の輸入映画のかかる夜、村人たちはみな映画館に集まり、スクリーンに声援を送り、また教会の謹厳な司祭が削除させようとするラブシーンのある箇所では、揃ってブーイングを鳴らす。この小さな映画館で見せる村人たちが素晴らしい表情を見せる。監督トルナトーレは、実際の村人たちを観客役のエキストラとして使ったのである。


脚本もトルナトーレが手掛けた。シチリア島で育った彼が自らの体験を基に周囲の人々の記憶を紡ぎながら描いた脚本が、この映画を手作り感のある味わい深いものにしている。また、エンニオ・モリコーネの音楽が素晴らしく、作品に色を添えている。


村の小さな映画館は田辺シネマであり、村はみなが育った田辺の町であり、商店街である。実際、商店街の人々がエキストラとして協力してくれたのである。勿論、団玲子のオッパイ場面も入る。この役は、彼らの母校の生徒達が担ってくれた。主だった俳優は瑛子の劇団が担ってくれ、劇団の中には映画出演経験の俳優もあって、小道具、音声等の裏方の手配も彼らがしてくれた。


木本さんはシネマの映写技師役と、実際のカメラを担当して貰った。「私は映す方のカメラマンで、撮る方のカメラマンではありません」と最初は断っていた木本さんであったが、やはり映像に携わる者の心が動いたのであろう。「会社の為ですからやってみます」と承諾し、フィルムの編集には自信があると言ってくれたのである。


戦前、戦後のニュースからの映像や、実際の映画の映像もふんだんに使い、ナレーションは藤川鈴子にした。ナレーションの文案も任せたが、『温泉事件』の件は必ず入れるように、雨宮は言いおいた。彼女の文学的センスと声は素晴らしく、これは大成功であった。


東住吉区内は戦災にもあわず、昭和30年代のレトロな所が多く、撮影場所には困らなかった。また、平野線や当時の街を映した映像を木本さんがどこからか入手してくれ、上手に編集してくれたのである。それと、雨宮が遊び半分で、上映委員会のみなの様子を撮っていた8ミリもシーンの一コマとして挿入した。


瑛子はハシケンの妻、高橋由美子を演じた。瑛子は、最初はその役を渋った。知らぬ人ならまだしも、よく知っている人を演じるのは難しいことを理由に挙げが、「難しいけどやってみる」になった。ところが、瑛子が雨宮の脚本を読んで、ちょっと考えさせてになった。結果は雨宮の説得に瑛子は応じた。彼女の役者根性がイエスと言わせたのだろう。


当の高橋由美子は、この映画製作に反対した。


「皆さんが主人を応援して下さるのは大変有難いのですが、私は映画館の継続には反対しています。私が婦人服店をやっているから何とかやって行けてますが、先行きは心配しています。借金がかさんで土地も取り上げられるようにならん内にやめてと主人には言っています」と、作責任の雨宮にきっぱりと言ったのである。他にも、脚本の内容に問題があるのだろうと雨宮は思った。


由美子に頭が上がらないハシケンであったが、こと映画に関しては頑固であった。ハシケンは由美子の反対を押し切った。


こうして雨宮が考えた映画はスタートした。あとは資金面だけとなった。完成までには仕事の合間を調整してであったから1年を要した。撮影のあとは反省会と称して必ず飲み会になり、飲み会はさしずめシネマで見た映画の感想会となった

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