第9話 ハシケン、みなで映画を作ろう
結婚の経緯としてハシケンはこんな話を雨宮にした。
同じ会社で、テキパキと商品企画をこなす由美子をハシケンはいいなぁーと思った。由美子はハシケンより一つ上である。短大卒で入社しているからハシケンより3年の先輩になる。
映画に誘った。由美子は同僚として、断るのもと思って渋々それに付き合った。都心のロードショーかと思いきや、ローカル電車に乗って下町の映画館である。由美子は「あかんわ」断ろうと思った。
「ここ僕の家がやってます」と言うと、「何坪あるの?」「この辺の地価は?」と訊いた。そして掛け算をして「付き合う」ことにしたらしいと。ハシケン一流のジョークであろうが、しっかりものの由美子を見ていると、あながちジョークでもないと雨宮には思えた。
その証拠に、由美子は結婚しても映画館を一切手伝うことなく、商店街に向かった一角を婦人服の店にした。なにせ、商店街で一番広い敷地を持つのはシネマである。敷地にはことかかない。
ハシケンの母、加代さんは色白の丸顔で、雨宮は自分の母親と違う育ちの良さを感じていた。みながタダ見と知っていても愛想よく、なけなしの小遣いで買う彼らに、飴玉をおまけしてくれたのである。その加代さんも62歳で亡くなり、後を追うように、1年後に社長健吾さんも68歳で亡くなった。ハシケンは立て続けに両親を亡くした。
ハシケンは母親の葬儀には身も世もないような泣き方をしたが、父親の時は涙を流さず、喪主をつとめた。諍いがあったにしろ、悲しい筈はなかろう。後をやっていかねばならない責任感がそうさせていると雨宮は思った。ハシケンだけでなく雨宮も、そしてみなも寂しさを禁じ得なかった。
懐かしい少年時代の思い出がつまったシネマ、雨宮にとっては成人になってからもお世話になったシネマ、何とか一肌脱ぎたいと思ったのである。
「ハシケン、みなで映画を作ろう。題は『シネマ物語』や、この映画館を自分らが作った映画でいっぱいにするんや」。
ハシケンは「お前、気でも違ったんか」という顔をして、「どないして作るんや」と尋ねた。
「俺にいい考えがある。任しておいて、とりあえずみな集めよう」と云って、集まったのが例の上映選考委員会のメンバーである。ともかく、ハシケンには元気になって貰いたかった。
みなからは色々と反対や疑問が呈されると思ったが、雨宮の説明に「おもろい、いっちょやろ」と簡単に決まった。みなも雨宮と思いは一緒だったのだ。それと何より、自分たちの思い出を作りたかったのである。
この歳になるまでの長い間の友情の記念を作ってもいいと思ったのである。ただ一人、当の本人、ハシケンだけが「ホンマに出来るんかいなぁ?」とキョトンとした顔をしていた。みなが48歳の時である。天皇の病状が伝えられ昭和は終わろうとしていた。
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