第7話 田辺シネマで過ごしたみたいなものだった。
雨宮は30代のほとんどを、田辺シネマで過ごしたみたいなものである。天王寺にあるアパートを朝遅く起きる。卓袱台の上に朝ごはんを用意して、洋子はスーパーのパートに出ている。机に向かって原稿用紙を取り出すが、30分もしたらペンを置く。
着替えて天王寺駅に向かい、平野線に乗る。浜寺方面、南に向かって電車は路面を走る。阪堺線である。堺筋と交差する今池から分枝するのが平野線である。1両の路面電車スタイルでのんびりと下町を走る。20分もすれば駒川中野である。何より運賃は区間に関係なく100円。廃線されるまでこの値段であった。
パチンコ屋に入る。雨宮のパチンコの腕はいい方である。何がしかは稼ぐ。昼を商店街の食堂で済ます。たいていは親子丼かカツ丼である。本屋をぶらりーと覗いて気に入った本があれば買う。新聞を取っていないので、喫茶店に入って今日の新聞を念入りに読む。本を買ったときは、1時間ほどはそれに目を通す。
それから、田辺シネマに出向く。2階で成人映画を1本見る。花子さんに「好きねぇ」と言われれば、「何しろ目下はポルノ作家なので」と答える。下に降りてかかっている映画を見る。つまらない映画の時は眠る。誰にも邪魔されず映画館は時間を潰すのにピッタリの場所であるのだ。
見終えると、支配人の山崎さんや、撮影技師の木本さんらと少し話す。青年の吉田君や若い花子さんらをからかうこともある。売店の加代さんにコーヒーを驕って貰う。仕事をしないスタッフみたいな者である。
映画館主は暇な職業と思っていたら大間違いだった。掃除係は花子さんになっているが何しろ広い。椅子の数だって大変だ。それを一つ一つ丁寧に拭く。これをハシケンが手伝う。看板書きもハシケンの担当である。館内にいないと思うと、ポスター貼りに出かけている。催事があるときは宣伝カーで街を走る。館内にいるときは切符のもぎり、社長室で親父さんと打ち合わせや事務をとる。雨宮の相手をしている暇などない。ただ、夜は遅出の親父さんと交代という形で早く引ける。
それから、雨宮と飲みに出かける。行きつけの店に遅れて五郎や伊助が来る。二人は1時間ほどで帰る。飲み足りないときは、二人天王寺に出てまた飲む。終電に遅れたときは、ハシケンは雨宮のとこに泊まることになる。雨宮がハシケンの家に泊まることはない。雨宮のギリギリの礼儀である。
2か月に1回は名画座にかける映画を決めるために皆が集まる。当然その後は飲み会となる。それの繰り返しで10年を過ごしたのである。その間、雨宮がまともな作品として出した本は3冊しかなかった。
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