第5話 通夜の席
通夜の席はいつしか皆で作った『田辺シネマ物語』の話になっていった。
「今から思ったらよう、映画みたいなもの作れたと思うわ」と、西田辺駅前で歯科医院を開いている豊が言った。
「雨ちゃん、お前が悪いんや。映画を作ろうなんて突飛でもないこと言い出して…」と、伊助が雨宮のグラスに酒を注ぎ足しながら言った。
「『映画を作るから、出てくれへんか』と言われた時は、ホンマにびっくりしたわ」と言ったのは、主演女優をつとめた瑛子であった。小ぶりな顔に似合わない大きな眼がアンバランスな魅力で、華奢な身体を包む黒いワンピースがどこか浅丘ルリ子を思わせないでもない。もうーすぐ、60にならんとするのに、40になったばかりと思わせるのは、人に見られることを仕事にしてきたからであろう。
「瑛子ちゃんならわかるけど、私にまでお声がかかったのには大事件どころではなかったわ」と言葉を継いだのが、黒いスーツ姿が理知的な鈴子であった。
「鈴ちゃんのお陰で映画が作れたみたいなもんやった」と五郎が言うと、
「なんちゅうても、資金をどうするやろう。銀行との交渉、寄付、カンパ、興行収入からの分配方法。さすが弁護士先生やったなぁー」とは、鈴子と級長コンビを組んだ大学教授の長山であった。
「先生言うたら、大学の学生たちに鑑賞券を先売りしてくれた金額も大きかったなぁー」と雨宮が言った。
「1000円の券300人でなんぼになるんや」と、伊助が五郎の顔を見た。
「一十百千万…、300万円や。大きかったなー。どうして集めた?」と五郎。
「『僕の友人の小説家が監督するいい映画です。僕はいい映画を見る学生は大好きです』とゆうただけや、講義受けてる学生は、何か見返りを思ったんと違うかな。僕はその年のテスト、全員無条件でパスさせた」と長山が言う。長山の授業科目は芸術論であった。「どんな問題を出したの?」と鈴子が訊いた。「最近観た感動作品について記せ」やと長山が答えた。五郎が「悪いやっちゃなぁー」と言ったので、全員笑った。
通夜の席で笑い声が上がったので、他の客がみなこちらを見返った。
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