第4話 会話はまず映画の話から始まる。

4人の会話はまず映画の話から始まる。最近話題になった映画、観た映画の話である。そして町に映画館が5館あった時代の話になって盛り上がる。まず五郎が話始める。


「店の休みは商店街の休みと同じ、月2日だけやった。でも、途中で雨が降って来て商店街の客足が途絶える。すると親爺がこう云うんや、『早じまいして、久しぶりに映画にでも行くか』と―雨が降りだして、母も俺もその一声を待っていたんや。ハシケンとこにいい映画がかかってないときは、親父は東映のチャンバラ、母は文芸ものの松竹や大映の映画を好んだ。母親がある日こんなことを言った。『あの人と映画一緒に行くのん嫌や、恋愛して結婚、ハッピーエンドやろ。『あっからが大変や』と、ロマンもヘッタクレもないねん。私への当てつけとしか思われへん』。そういえば、戦争映画を親父と一緒に観たとき、勝って敵の陣地の上に旗が立つやろ。『あっからが大変なんや、陣地を守るということがどれだけ難しいか、五郎よく覚えておけ』と言っていた。今になったらその2つの言葉の意味ようわかるわ」


家族で映画、雨宮にはそんな思い出がない。一度、世話をする男と母と自分の3人で難波に映画を観に行ったことがあった。なんの映画かは忘れたが、帰りに鰻屋に入ったのを覚えている。余りにも美味しかったので、真っ先に塗箱を空けてしまった。男が笑って、もうー、一人前注文してくれた。雨宮が男を見たのはその一度きりである。


店の休みの時は、母は必ず外出し、帰りは遅く、酒の匂いがした。


「伊助はどんな思い出がある?」と雨宮が訊いた。


「俺とこは家族で映画観に行った思い出なんてあらへん。知っての通り、ウチは伊勢から通っていたやろ。親は、朝は早く出て行って、帰りはいつも夜の9時、10時やった。俺と妹の世話は、もっぱら、ばーちゃんがしてくれた。母は義母に悪いと思ったのやろう、学校休みの時は俺らも大阪に一緒や。こっち来ても友達もあらへん、貰った小銭でお菓子買うて、近くの公園で妹と遊んで時間を潰すのがせいぜいやった。そんなときに声をかけてくれたんが、ハシケンやった」


近鉄には鮮魚列車というのがあった。魚介類を一般列車に持ち込むと魚臭など他の客の迷惑になるため、専用列車を走らせたのである。早朝に宇治山田駅を出発して、およそ2時間半をかけて大阪上本町駅に着く。そこから市内のそれぞれの場所に散って行くのである。伊助とこは伊勢駅からそれに同乗する。他の私鉄やJRで運行されていた専用列車も時代とともに廃止されたが、近鉄は今も運行されている。


「ウチの映画館は入り口が国道に面していて、商店街側は塀だけやろ。商店街の入り口やし、何もないのはよくないし、商店街が警察と話しをつけてくれて、露店を出してもええということになった。日曜日になると露店のそばで伊助が淋しそうにしてたから声をかけたんや」と、ハシケン。


「それで、ハシケンとこで映画観たんや。田舎でも公民館みたいなとこで、たまに映画会があったけど、こんな劇場みたいなとこで観たんは初めてやった。商店街で小さな店借りられるようになって、こっちに越してこれたやろう。町に住める。どんなに嬉しかったか」。伊助は少し涙目になった。


「両親は店を軌道に乗せるのが精いっぱい。これで映画でも観ておいでと釣銭籠からなんぼか呉れる。タダで入れてもうて、そのカネでハシケンと買い食いや。ほとんど、五郎とこのコロッケ、串カツや。あれで五郎、お前とこは大きくなったみたなもんや」と伊助が云う。


あの時代、親たちは生活を軌道に乗せるのに精いっぱいだった。映画館主の息子、ハシケンが優雅に見えて羨ましかった。なにせ、タダで映画を毎日見れる。親爺さんだって「社長」の名前で呼ばれている。


雨宮はハシケンとは特に映画の好みがあった。当然、映画の原作が小説である場合、物語や小説の話になる。


「お前も、映画の原作になるようなのを書け。それには今の悪い連中と手を切れ。才能を腐らせるな」と、雨宮の堕落を指弾し、ハッパ激励する。それがその後、結果的に雨宮の東京行に繋がったように思えるのである。雨宮に激励とエールを送ったハシケンではあるが、すぐその言葉の後で、映画の行き詰まりを嘆いた。それは映画業界全体であり、個人の映画経営の行き詰まりでもあった。経営の行き詰まりは家庭にもさざ波を起こした。

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