第3話 ハシケンと雨宮

雨宮は小学校3年のとき、山口の下関から大阪に越して来た。母親はそこで料理屋の仲居をしていて、そこで知り合った客に店を持たせるという話で大阪に来たのである。手短に云えば母はその男のお妾になったのである。雨宮の父親は戦後引き揚げて来て、すぐにコレラになって死んだ。雨宮は父親の兵隊姿の写真しか知らない。


小学校3年の時のクラスにハシケンがいた。みんなの中では一番先に知り合ったのである。5年で、長山、渡辺、伊助と一緒になった。和田と女生徒二人は小学校が違い、中学になってからである。


新人賞を取って2、3年は順調であった。ひょっとしたら直木賞候補になるのではと周りも、雨宮自身も思うようになったぐらいである。ピッタと書けなくなった。書きたいものをみな出してしまったら、何もなくなったのである。


無理に何かしら書いてみてもどうしょうもなく、新人賞を取った名前だけで雑誌に取り上げて貰ったが、そのうち原稿を持って行っても、編集者に嫌な顔をされるようになった。


いつしか、ポルノ雑誌に名前を変えて書いたり、その世界の作家の下請けをするようになった。これが結構カネになった。あとは持て余した時間をパチンコとハシケンとこの映画館で過ごした。こうして、渡辺、伊助、ハシケンの飲み仲間に雨宮も加わった。


「お前、あの同棲している女と結婚せんのか。ええ女やないか」と、同棲している洋子に同情してくれたのもハシケンであった。賞を取るまでホステスをして支えてくれたのは洋子であったし、今でもスーパーのパートで助けてくれている。小説家という不安定な仕事ということもあるが、結婚して落ち着いてしまうと書けなくなるのではと、雨宮はそれを口実にした。


「今でも、書けてないやんか」と、ハシケンは耳の痛いことを遠慮なく言った。4人で飲んでも、ハシケンは飲み出すと止まらない口で、書けなくて悶々としている雨宮とが最後の二人になって、天王寺まで出て来て飲み直し、雨宮のアパートにハシケンは泊まって帰ることもあった。


雨宮以外、結婚して、家庭をもち、子供もある。渡辺、伊助はそれなりのけじめをつけていたが、自由気ままに振舞っていられるのはハシケンと雨宮だけであった

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