菜の花と月下香

沢木圭

菜の花と月下香

 レイプされました。


 優しくて、綺麗で、みんなに好かれてる。そんな人です。

 でも、そんなに驚いてません。

 そういう人なんだなぁってなんとなく知ってたからだと思います。特に何も感じはしませんでした。そうなのです、感じませんでした。

 あの人にしてもらって嬉しいとか、苦しいとか、そんな感情は沸いてきません。

 私自身初めてだったけど、自然と何の抵抗もなく、事実だけを受けとめることができました。

 

「早く、明日にならないかな」


 明日が待ち遠しいです。

 あの人に会えるのが待ち遠しいです。どんな顔を見れるんでしょうか。どんな態度をとるんでしょうか。

 待ち遠しいです。





「やぁ」


「おはようございます」


 教室に入って第一声。今日の私の学校生活が始まります。

 挨拶をしてきたクラスメイトは別に交流がある訳ではないですが、そういう人なのです。クラスで言うところのお調子者とでも言うのでしょうか。元気の良い男子生徒の方でした。

 しかしその方とはそれ以上の会話はしません。そして窓側の一番前の自分の席に座ります。

 自分の席に座る時はいつも思います。誰かが自分の席に座っていたりしないで欲しいなぁと。基本、知らない人に話しかけるのは苦手なので、私の席に座られていると困ってしまいます。まぁ、1度もそんなことはないんですけどね。

 クラス内は凄く物静かな感じです。騒いだりするような生徒はいません。流石は自称進学校なだけあります。生徒の意識もそこそこ高いのです。

 そんなことはさておき、あの人を探さなきゃいけないです。昨日はそれが楽しみで寝れませんでした。

 あの人は一つ上の女の先輩です。部活の時にしか会いません。因みに私は先輩と同じ部活には入ってないんですけどね。今は入部期間中なので好きなだけ先輩のいる部活を体験できるのです。まぁ、私が行きたくて行ってるわけではなく、無理やり着いていかされてるの方が正しい感じはします。

 でもでもまだ朝です。放課後が楽しみです。いつもはそうでもないのに、今日はあの人に凄く会いたいです。




「早く行こっ!」

 放課後です。割とぼーっとしてたら時間なんかあっという間に過ぎました。よく楽しい時間は短く感じて、つまらない時間は長く感じると言いますが、今回の私に限ってはそうではないようです。別に楽しみな訳ではないのですかね。いえ、そんなことはないはずです。

 私に声をかけてきたのは幼なじみの女の子で、いつも私を部活の体験に連れていく女の子です。でも、今日の私は違います。無理矢理連れていかれるわけではありません。

「行きましょう♪」

 楽しみでついつい声も弾みます。

 そんな私に何か感じたのか、目の前の女の子は何故かニヤニヤしています。

 私は流石にされたのをバレる訳にはいかないので、ポーカーフェイスです。異変に気付かれた時点でアウトだとかそんな風には思いたくないです。

「なんか、ウキウキしてるね」

「うっ。」

 流石幼なじみ。かなり図星な発言に驚いてしまいました。ポーカーフェイスのポの字も通用してないみたいです。

「う?」

 女の子は少しだけ、はてなマークを浮かべていましたが、そんなに気になることはなかったようで、何も言ってきませんでした。

 一安心です。

 私達は互いに歩幅を揃えるように歩きながら、部活棟へと向かいます。

 私と違い、隣を歩く幼なじみはとても社交的な性格です。なので、自然と友達も多く、こうして歩いていると、すれ違う生徒から話しかけられたりします。

 彼女にとって、知り合いや友達の仲でも、私にとっては全く接点のない相手です。なので、気まずいです。

 彼女は私のこういうところを幼い頃から知っているはずなのに平気な顔でスルーします。そして後々に「ごめん」なんて心のない言葉をかけてくるのです。

 おっと。すみません、ちょっとした愚痴でした。

「うん、このあと部活見学だから。バイバ~イ」

 どうやら話がついたようです。

 私は黙って止まっていた足を動かし始めます。遅れるようにして楽しそうに手を振る彼女も私の背中を追いかけるように歩いてきます。

「ん? あ、また怒ってる?」

「いえ、別に怒ってはいませんよ」

 そんなことで怒るのはもうやめました。

「いや、ごめんね」

 …………聞きましたか? 私の思ってるとおり、そんなものですよね。

「早く行きましょう」

 こんな、些細なことでこれ以上気分を害されたくないです。せっかく楽しいことが待ってるんですから、気分を良くしていかないと楽しめないです。


 校舎の二階の美術教室、ここがあの先輩のいる美術部です。

 確か、うちの学校は芸術の選択科目が、美術、音楽、書道の3つで、この中でも特に美術部の人気が少なく、その関係で美術教室の中には美術部のものが多いらしいです。因みに、私の選択科目は音楽です。

 ドアに手をかけて、少し強めにドアを開きます。

「こんにちは!」

 と、元気に私の隣で、幼なじみの女の子が言いました。

 美術部の方々も一斉にこちらを向きます。

 私も小さい声で「こんにちは」と言いました。

 私達をみた先輩方も挨拶を返してくれます。

 そんな中、一人だけ分かりやすく、目を見開いている人がいます。


「こんにち…………は」


 言わずもがな、この人が私をレイプした人です。

 ついつい、頬が緩みます。

 こういう反応を期待していたのです。

 楽しいです。こういうのも一種の快楽的なものなのでしょうか。自分のことながら、なぜこんなにも楽しいのかわからないです。


「あれ? 今日は随分と雰囲気違うね」

 ある一人の男性の先輩が私に向かって言ってきます。流石に私達が毎日のように体験に来ているので、覚えられたのでしょう。

「そうですか?」

 とぼけたように声を出してみます。内心はあのことがバレてはいけないとひやひやしてます。

 あの人がその男性の先輩の言葉にピクッとしたのは、私だけが見えていたようです。なので、内緒にしようと思います。


「先輩! そうなんですよー!」

 隣でうるさいくらいの声量で何故か同意を示す幼なじみさん。うるさいです。

「今日、この子スッゴい美術部に行くの楽しみにしてたみたいなんです!」

 容赦なくバラしますねこの幼なじみさん。あの人が「何故?」って顔でこちらを凝視してきます。いや、見ないでください。バレちゃいます!

「おおー! じゃあ、遂に入部かな?」

「しませんよ?」

 とりあえず、変なノリで入部をするのは嫌なので、すぐに断りました。

 先輩方は分かりやすく落ち込みますし。隣では幼なじみさんが「えー」と嘘っぽく言いますし。何だかこういうのって苦手です。

「ごほん。ま、まぁ、今日もゆっくり体験してってくれ」

 わざとらしい咳払いですね。言われなくてもそのつもりでここに来ています。

 私は、今、体験の間に絵を描いているのです。あの人に教えてもらいながら、ある絵を。

 私はキャンパスの置いてある棚から、私の絵を取り出しました。古い絵の具の匂いが、甘いスイーツのように感じるのは何故でしょうか。

 何も言わずに窓際のイーゼルにキャンパスを立て掛けます。

 私は絵の具と筆を手に、キャンパスに続きを書き込み始めます。あの人はいつものように隣で教えてはくれないようです。何を遠慮しているのでしょうか。

「……」

 美術室内は、作品に集中している人と雑談している人で、分かれているようです。あの人は後者。私と同じ一年生で体験に来た子達に質問攻めになっています。その中には私の幼なじみもいます。

 あの人のことを褒めようとすると凄いことになります。軽く言ってみると、美人で頭も良くて、他人に好かれやすいです。普通に過ごしていれば、当たり前に周りに人が集まります。とにかく、凄いんです。万人がみて万人が魅力的って言うくらい。

 私はそんな人にされたんです。

 心なしか、私の持っている筆が重く感じます。

「ねぇ」

「はい?」

 私の隣で絵を描いていた、女の先輩がいきなり私に話しかけてきました。なんだか、恐い先輩です。

 その先輩の描いていた絵を少しだけ覗き見ると、どうもイマイチ何を描こうとしているのか分かりません。人物画…でしょうか。

「君は何を描いてるの?」

「花です」

「何の花?」

「アブラナです」

 あの、黄色い魅惑の花です。

「菜の花ね、良い花よね」

 私はあまり菜の花が好きではないのです。特に理由はないのですが。そして、この恐い先輩も同じように好きではないです。

 だから、これ以上の会話は続けたくはないです。

「ねぇ、私の描いてる絵なんだと思う?」

 一度くらい部屋の温度が上がったような気がしました。

 今度は覗き見るのではなく、じっくりと見てみます。

「人物画ですか?」

「そう」

 どうやら、あってたみたいです。

「この絵の題名、決めてよ」

「いやです」

 はっきり断りました。

「うーん即答か、まぁいいよ。もう決めてるから」

 やっぱりこの先輩は好きじゃないです。

 

「チューベローズって、知ってる?」

 先輩は性懲りもなくまた話しかけてきます。今、私がを話したいのはこの先輩じゃないのです。

「知りません」

 もし知ってたとしたら、それがなんだというんでしょうか。

「また即答だね。ん。じゃあ教えてあげるよ」

 そんなの教えて貰わなくても結構です。なんて、声に出すことはしません。

「チューベローズ、またの名を月下香。花言葉は危険な快楽」

「……」

 無視することにします。この人に何を言っても無駄そうです。

「今の君にピッタリの花じゃない?」

「……」

 ただ、黄色い絵の具を出してはキャンパスに塗るを繰り返します。早くこの絵が完成しないでしょうか。そうすれば、この先輩とはもう会うことはなくなるでしょうに。でも、あの人とも関わらなくなるかもしれないですね。それは寂しい気もします。

 とにかく、今は我慢です。

「あれ? 思い付かないかな?」

「……」


「危険な快楽。例えば、女同士でのセックスとか」


「っ!!」

 カランと床に筆が落ちました。床には黄色い絵の具がベッタリとついてしまっています。でも、美術室の床というのもあってか目立つことはないです。

「……どういう意味で言ってます?」

「どういうも何も、したんでしょ? アイツと」

 まず一つ目の疑問は何故知っているかです。

「いや、そんな睨まんでよ」

 どうやら、カマをかけたという訳ではないようです。確実に私とあの人がやったことを知っているようです。

「……あの人から聞いたんですか?」

 先輩は笑います。おかしいことを聞いたでしょうか。

「ま、端的にいえばそうだね、アイツから聞いた」

「あの人と、どういう関係ですか」

 私はすかさず聞きます。あの人はきっとあのことを簡単に話すような人じゃないはずです。

「うーん。まぁ、言ってしまえばアイツと君との関係だよ」

 それは、つまり。


「私、アイツをレイプしたんだよね」


 先輩は笑い続けます。

 やっぱりこの先輩は怖いです。怖いです。

「昨日暇だったからさ、アイツのことレイプしたんだよね、そしたらアイツの身体がさ、いつもと違ったんだよ」

「いつも?」

「そ。いつも。月に2,3回はやってるかな? アイツはいっつも抵抗するけど」

 あぁ、この人は。

「アイツの身体についた他の女の匂いがさ、君だったわけだ。随分と面白い話だろ?」

 私はこういう人種を知っています。狂人。名前の通り狂ってる狂ってる人です。

「怖い」

「は?」

 あぁ。

 不思議と顔が強ばる感じがします。

「気持ち良いから、するんですか?」

「君、怖いって……いや、いいや。そうだね、気持ち良いから、そして楽しいからかな」

 ふと、あの人が気になりました。あの人はこの怖い先輩をどう思ってるんでしょうか。何回もレイプされてどう思ってるんでしょうか。

「先輩」

「なに?」

 私は先輩に身体を向けます。なんだか眠くなってきました。

 少し身体が火照っているのでしょうか。随分と暑く感じます。


「部活の後、私を犯しませんか?」


 私は制服の一番上のボタンを開けました。

「うん、それは魅力的な誘いだね」

 やっぱりです。先輩はこの誘いに乗ると思っていました。私もあの人の気持ちを味わえるのです。

 あの人と同じ人にレイプされるのですから。

 

「でもまぁ、やめておくかな」


「はい?」

 今なんて言ったんでしょうか。私の耳が確かなら先輩はやめるとおっしゃりました。

 何故ですか? 先輩に断る理由なんてないはずです。

「だって、君はアイツの獲物じゃん」

 先輩はあの人の方を指差します。私もその指差した方向を見ると、見たことのない表情で、私達を睨んでいるあの人がいました。

 強ばっていた顔が一気に緩んだような気がしました。

 先輩は私と目が合うとゆっくりと歩いて寄ってきました。

「ねぇ」

 あの人は怒気をはらんだ声で怖い先輩に声をかけます。

「やだなぁ。手は出してないよ、アンタの女なんだから。でもさぁ、やるならちゃんとやらんと。この子今、私のこと誘って来たよ?」

 先輩は私達の元までくると、一瞬私に視線を向けてから、怖い先輩をまた睨み付けました。

 これは、私のために先輩が怒ってくれているんでしょうか。

「この子は私のだから、手出しはしないで」

 一瞬ドキッとしました。私はこの憧れの人のもの。何故喜んでいるか自分でも分かりませんが、私がたった一度の関係ではないと先輩の言葉が語ってくれました。

「はいはい、わかってるよ。そんなに大切なら変な手の出し方すんなし」

 怖い先輩は舌打ちをしながら、キャンパスを片付け始めました。

 この人は本当に怖い先輩だったんでしょうか。なんだか、そんな風には思えて来なくなりました。


「先輩、その絵。菜の花の英名なんてどうですか?」


 私の口が勝手に動きます。

 先輩は一瞬だけ動きを止めて、ニヤりとしました。

「ありがと、その案もらい!」

 やっぱり、この先輩は怖い先輩です。





「ねぇ、君はアイツから私のこと聞いた?」

 

 あるホテルの一室。

 一糸纏わぬ姿で横たわる私の憧れの人が、囁くように言いました。

「えぇ、聞きました」

 耳元でため息が聞こえます。

「そっか、ごめんね。こんな私なんかで」

 何故謝るんでしょうか。

 私は貴女にされてとっても嬉しいのに。この前のレイプは何も思わなかったけど、今はこんなに嬉しいのに。

 例え貴女がどんな人と何回やってようと私には関係ありません。

「先輩、この前私をレイプした時、私に膜ありました?」

 ちょっとだけ意地悪な質問です。

「……なかった」

 先輩の声が心なしか暗いです。

「私、本当に初めてだったんですよ、女の子とヤるの」

「……女の子以外は」

 楽しくて笑みが抑えきれません。

 私は初めての女の子の相手が先輩でした。けど、その前に。


「男とは10人くらいですかね」


 ヤリマンなんですかね。楽しいことは楽しいんです。仕方ないじゃないですか。

 多分、美術部の先輩が怖いと感じたのは私と同じだからです。私と同じ人間が怖い。おかしな話ですよね。


「先輩、私が他の男や女になびかないようにちゃんと手綱握ってくれます?」

 

 先輩の笑い声が聞こえました。随分楽しそうです。狂ったように笑います。

「そっちこそ、私が他のヤツにとられないように抱き締めてよ」

 私の憧れの先輩はそんなことを言う人だったんですね。可愛いです。めちゃくちゃにしてやりたいほどに。


 私は先輩の唇を塞いで、股の間に手を入れます。


「あぁ、今度は私が攻めです。嫌がらないでくださいね」


「わかったよ」

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菜の花と月下香 沢木圭 @sawaki15

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