第21話 ヒトラーの『我が闘争』・大衆論

(2)『我が闘争』


ヒトラーの著作として有名だったが、読みたいとは思わなかった。今回を書くについて初めて本を手にした。図書館で借りたその本の古かったこと、何しろ戦前の翻訳本なのである。第1巻は1925年、第2巻は1926年に出版、ヒトラーの自伝的要素と政治的世界観から構成され、ミュンヘン一揆以後から国会に議席を取るまでの間に書かれたものである。

当時、どれくらい読まれたのだろうか?


1925年には9,432部、1926年には6,913部が売れた。1926年12月には第二部が出版され、1927年の売り上げは一部・二部をあわせて5,607部にとどまっている。しかしナチ党は同書が大量に売れていると宣伝していた。

ドイツ国内におけるナチ党の支持層拡大とともに、本の売り上げは増大し、1930年には5万部ほどが売れている。また、この年には一部と二部を合本した廉価版が8マルクで売り出された。1931年にも同じほど売れ、ヒトラーに多額の印税収入をもたらした。


ナチスは1936年以来、結婚式の際、すべての新婚夫婦に役場から『わが闘争』を贈ることにした。これらを入れて、全部で一千万部近く売れたと言われているが、あまり読まれなかったようで、敗戦と共に占領軍は『わが闘争』を初めとするナチス関係の書物の提出を命じましたが、集まったのはごくわずかで、多くのドイツ人は、戦線が近づいてくると取り締まりを恐れて『わが闘争』を燃やすか、埋めてしまった。


『・・』は本文よりの抜粋文、(・・)は文中における私の注や感想である。


a)生い立ち

1章、2章で自分の生い立ちが語られる。

ドイツ国境に近いオーストリアの町で税関吏の父アロイスと3番目の妻クララの子として生まれた。母クララとの関係は良好だったが、家父長主義的で役人の道を勧めるアロイスとは上手くいかなかった。画家になることを目指して、ウイーンに出て美術学校を受験するが失敗に終わる。次に建築家を目指す。母クララが亡くなったのはショックだったようで、両親の少しの遺産と恩給とでしばらくは定職につかず放浪生活をする。ウイーン時代については自身の貧しさ体験を書き、ウイーンについてはあまり良く書いていない。ドイツ南部のミュンヘンに移住しドイツ国籍を得る。

1914年勃発した第一次大戦に志願し、西部戦線に配属され伝令兵として働く。大戦末期の1918年10月、ヒトラーは敵軍のマスタードガスによる化学兵器攻撃に巻き込まれて視力を一時的に失い、野戦病院に搬送され、伍長で敗戦を迎えた。


b)ヒトラーの大衆論

「赤い新聞」が読まれ、「赤い集会」のみがなぜ人を呼ぶのか、当時の社会主義党の事情を理解したとして、

『すなわち私は大衆の魂は、弱い手段や半端な手段を受け入れないことを学んだ。推理よりは力に対する憧れに影響される女が、弱い男を支配するよりも、むしろ強い男に服従することを好むように、大衆は嘆願者よりも指揮者を愛するものである。大衆は解放的な自由を与えられるよりも、むしろ敵を許さない教義を学ぶものである。なぜなら彼らは自由をいかに使うかをほとんど知らないので、自由を与えられると、すぐに見捨てられた不安を感じるからである』

大衆についての洞察はなかなか優れてたものである。


さらに大衆のについて語った箇所を挙げてみる。

『大衆の無知を認識し、純粋に心理的理由から、大衆には二種の敵を与えず、ただ一種の敵のみが押し付けられなければならないことを理解したらどうだろう!ただ一種の敵のみが押し付けなければならぬ。そして、万人の憎悪が、この一つだけの敵に集中されなければならない。多方面に繋がった敵すらも、ただ一種のカテゴリーだけに属するように見せかけることは、真の指導者の才能の一部である。・・目標をはっきり掴んで打ち下ろした一撃は、あちらこちらを叩いて回るよりも、常に有効である』

 

その大衆に対して宣伝の重要を語る。ナチスのプロパガンダには定評があった。

『宣伝は誰に対してなすべきか、それは大衆(無教育な)に対してである。知識階級には宣伝でなく科学的な指令で、我々はそれを持っている。宣伝の任務は個人を科学的に訓練することではなくて、大衆の注意を、ある一定の事実、事柄、必要等に集中させることである。即ちこれらの事物を重要らしく見せることである。その方法の真髄とは、ある一点を機敏に攻撃して、一般大衆にそれが真実であることを信じさせ、正しい信仰を作り上げることである』そして

『大衆の吸収能力は、非常に制限されている。大衆は忘れることは極めて多いが、理解することは極めて少ない』(ここは自分のことを言われているようで耳が痛い)。


『従って、宣伝に於いては、特に重要な項目二三を厳密に限定して、どんなに無知なものでもその意味を知らずにいられなくなるまで、それを繰り返し説くことが肝要である。この原則を無視するや否や、宣伝はたちまちにしてその効力を失う』とする(宣伝会社を起こせば良かったのに、と思ってしまう)。


宣伝の重要性はマルクス主義、共産党から学んだと、唯一褒めている。

その他民衆について『民衆は理性より感情に動かされる』とも・・。

民心の掌握については、『民心を獲得するには、単にそれ自身の目的のために戦うだけでは充分でない。・・同時に、相反する目的の支持者を滅ぼさねばならない。大衆は、その指導者が反対派を倒すことを躊躇すると、それによって、彼ら自身の目的が正しくない印だとは思わないまでも、彼ら自身の目的がはっきりしていない印に違いないと感じる』と書いている。

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