第3話

事務所に行くと、いつになく圭吾が机に向かって資料を読み込んでいる。あんこは2階に行っていつも見ているアニメを見る。高架下ではあるが2階もあって、1階はその分振動も、騒音も少ないのである。あんこはテレビに飽きると、向かいにある公園に行って遊ぶ。事務所の窓から手に取るように見えて、恵子は安心していれるのである。

「ええ、保育所代わりやわ。先生に感謝せんとなぁ」。とりあえず恵子に出来ることは、おいしいコーヒーを入れることぐらいであった。

「でも、有名な事務所になったら、おれるやろか・・」。恵子は急に心配になってきた。


被疑者芦田ミチ、年齢は40才、バー『新世界』でホステスをやっている。子供は小学校6年生の娘が一人であった。殺された夫(46才)は町工場のプレス工であったが、機械に挟まれ右手首切断、同工場の設備面の不備もあって、配置転換で雑用要員として雇用は継続されたが、それからは勤務態度も悪くなり、度々子供に暴力を振るうようになった。


その事故を境にミチは病院の介護職をやめて、ホステスに出ることになった。これらは新聞で恵子が知った事柄であった。


圭吾が思わぬことを恵子にもらした。それはこんな話である。


《恵子さん、あの芦田ミチな、以前面識があるねん。向こうは気付かなかったが、僕は資料を読んでいて思い出したんや。僕は地方都市の田舎大学に入った。県下での唯一の国立大学やった。寮に入って、たちまち6、7人の気の合った仲間が出来、いつも一緒に飲み歩いた。女気もなく、バンカラを気取っていたが、男同士でも、どうしてあんなに楽しかったのやろう・・今でも不思議や。若いときはちょっとしたことでも面白かったのやろうね。ある日、ストリップを見に行こうということになった。駅裏に『旭座』という小屋が一軒あって、いつも看板だけ見て、一人では入る勇気がなかったのだ。一人が「見るのなら、大阪ストリップやで。そら、脱ぎっぷりもええし、派手らしいわ。せっかくやから大阪がかかった時にしょうやないか」ということで、大阪の一団が来るのを待った。その一団が来て、皆で行くことになった。一人、家庭教師のアルバイトがあったAだけが学生服で来た。学生服の学生をからかうのが受けるのだろう、かぶりつきで座っていたAが相手にされた。股の間に挟まれたりして一人いい目をしたのだった。もう一度見に行こうということになって、旭座の前で待ち合わせることになった。全員、学生服には皆笑ってしまった。僕たちは格好の場の盛り上げ役に貢献して、役得を喜んだってわけだ。僕の座っていた席からは舞台の袖が見える。赤ん坊にお乳を含ませているのだって見えちゃうのだ。その彼女が出てきて踊っているのをよく見ると、含ませていた方の乳首が大きいのには笑ってしまった。そんな生活感一杯の劇場だったよ。こんなハプニングがあった。踊り子が突然何かに驚いたように踊るのを止めてしまった。すかさず声がかかった。「心配するな、自衛隊だ!」女の子は制服姿に手入れの警察と思ったわけだ。小屋が撥ねた後、駅前の屋台で、皆で飲んでいたら、そこに3人、先ほどのストリップ劇場のお姉さん方がやってきて、「あら、先ほどのお兄さん達」ということで一緒に飲んだってわけ。僕が大阪出身だと云うと、さっき子供にお乳をやっていた女性が「あら、私も大阪よ。何処?」て、訊いてきて、聞けば家が近いということで意気投合しちゃって、楽しい酒だった。その女性はその一団の看板女優で七条ローザと云った。不思議と名前だけは記憶した。勘定は彼女らが払ってくれた。これが一回目だ。


次に遭ったのもその屋台だった。卒業の年で、明日はみなちりじりに去っていくという日、仲間達と行きつけのバーで飲んで、店の女の子たちも別れを惜しんでくれた。最後に開いている所ということで駅前の屋台で、皆で飲んでいたんだ。「あちら様から・・」といって、皆にお酒が出されたのだよ。「先ほどからお話しを伺っていたら、ご卒業だとか。おめでとうございます」って笑いながら挨拶したのが、ローザなんだ。「憶えています?ここで一緒に飲んだのを・・」。僕たちは忘れていたが、彼女は憶えていたんだ。脚の間に挟まれて観音さんを拝んだと云うのに、僕たちは冷たいってわけだ。それが二回目》


そこまで言って、圭吾はお茶を口にした。

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