第2話

暇な事務所かと思っていたが、結構来客もあり、はやっていた。テレビで見る資料を風呂敷包みで、法廷に出向く姿を想像していたが、法廷に出向くのはほとんどなく、もっぱら法律相談で稼いでいるようであった。それも真っ当な話として相談出来ない事柄を相談出来るのが圭吾の事務所の売りであった。

 そんな関係で出入りする人は、お兄さん的な人から、水商売関係の経営者、ママ、ホステス、その他何を職業としているのかわからない人種まで雑多であった。だから、パチンコ屋でも相談出来たのである。


 相談で済む程度の案件がもっぱらであったから、費用も安く、数を稼がねばならないのだと圭吾は言った。安定収入源として組の顧問弁護士的なこともやっていた。

法律すれすれのこのような業界こそ、法律的知識が必要らしい。考えてみればそうだ。一般健全庶民はめったに法律知識を具体的に必要とすることがらは少ない。

「利薄く、楽多し」が事務所の経営方針であるらしい。恵子にもその方が良かったが、もう少し法律事務所らしくあって欲しい気がしないでもなかった。


「せめて、私ぐらい…」と、着なれぬスーツ姿で出勤した。それを見たアパートの住人が「あら、どこにお勤めになったの?」と興味ありげに訊いてきた、無理もない。工場勤めの時はジャージー姿での出勤だったのだから。

「ほう・・・」とまで言いかけて、やばい、お口は災いのもと。「ホームセンターの事務員なんですよ。ホホホ」とごまかせた。

 スーツ姿を見てあんこは「おかぁーちゃん綺麗!」と言ってくれた。無理もない初めて見るのである。圭吾は「驚いた。馬子にも衣装やなぁー」と、新聞を読みながらの一言が感想であった。自慢のウエストのくびれから、タイトスカートのピッターとしたヒップの線にも目もくれなかった。


 そんな圭吾の事務所が新聞に載った事件に関わることになった。恵子は自分が弁護するかの様に興奮した。「先生、大丈夫やろぅか?」

 その事件というのは天王寺区で起きた夫殺しの事件であった。新聞の報道によると、被疑者の連れ子に夫が度々暴力を振るうのを見かねて、口論しているうちに刺殺したという事件で、世間も同情的で大々的にテレビのニュースなんかでも取り上げられていた。恵子の離婚も子供にではなかったが、夫の暴力が原因だったので他人事と思えず、同情した。その被疑者の弁護を依頼されたのである。

 被疑者が勤めていたバーの雇い主が圭吾に頼んできたのである。その雇い主は事務所の上顧客で圭吾は断れなかった。


「僕は民事専門なんやでぇ、刑事事件なんかしたことがあらへん。他を当たってくれと断ったのやけど。どうしても僕にということや。えらい見込まれたものや。費用の問題もあるんやろうがね」

「先生!やりましょう。やって有名になりましょう。夫の暴力に苦しんでいる女性は多いのです。新聞で読んだところでは、あの夫は女の敵ですわ。子供を暴力でいじめられたら、ウチかて同じことするかもわかれへん。先生、味方になってあげてぇー」

「恵子さん、えらい肩入れやね。そこまで言われたら、一つ頑張ってみるか」

「先生、大丈夫やね?」

「なんや、信用がないねんなぁ」

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