第32話 初仕事ー10

 無限に広がる水平線。

 何処までも黒い空。

 見渡す限りの、不毛の荒野。


「戻って、きたのか……って、ん?」


 親父の技でギッチギチに縛られてた筈だが……。


「おう、帰ったか。どうだったよ」

「ん? あぁ、親父か。あぁ、無事認めてもらえたぜ」

「そうか、そりゃあ良かった。で、能力はどんなのなんだ? それによっちゃ、俺を倒さずともこの精神世界から出れるぜ。元々、この世界がこんなんになっちまったのはお前が黒い感情に支配されちまったからだしな」

「いや、まだ分からん。てか親父に勝てればってのはどうなったんだよ」

「ありゃあ……なんだ、俺がお前の実力を確かめたかったってのもそうだし、戦ってる内に技とか使うだろ? それも必殺剣みたいなの」

「あ? おう……」

「お前の技が発動したら上手い感じに俺の技もぶつけて、そん時発生したエネルギーでちょっと精神世界がぐらついたりしねぇかな~ってよ。精神世界がぐらつくっことは魂が揺れるってことだ。もしかしたら制御権奪い返せるかもだろ?」

「あー、ってことはアンタもしかして……」


 途轍もなく嫌な予感がする。

 こいつまさか……。


「おう、適当だぜ。ハッハッハッハッハ!!!」

「やっぱりかよてめぇぇぇぇぇ!? おいどうすんだよマジで!! もしこのまま奪い返せなかったらどうすんだよ!!」

「おいおい、冷静に考えろよ? どうやったら抜け出せるのか分かんねぇんだからあてずっぽうだろうがとりあえずやってみんのは当然だろ?」 

「いや、まぁそれはそうだが……」


 複雑だ、極めて複雑だ……。

 

「さて……急で悪いが本題に戻るぞ。剣の能力、早速使ってみるぞ。実際もう、ほとんど時間は残ってねぇからな」


 真面目な声。

 顔を会わせてからまだ短いが、なんとなく分かる。

 今の声は、わりとマジでヤバい時の声だ。

 多分黒いもやのこともそうなのだろうが、何よりも外が危険な状況になりつつあるのだろう。


「……分かった。どうなるか俺も分かんねぇから、離れててくれよ」


 目をつむり、精神を集中させる。

 必ずここから脱出してやるという強い決意を抱きながら、脳裏に浮かぶ言葉を復唱する。 

 

「行くぞ……」


 抜刀。

 そして大上段に構え、


燈火ともしび!!!」


 真っ直ぐに全力で振り下ろす。


 豪!!!


 空間に描かれた火の軌跡。

 刀身を覆う、炎。


 瞬間! 身体の中からこみ上げてくる過剰なエネルギー。


「ぐっ!? 離れろ……親父ッ! 巻き込まれ、ちまうぞッ!!!」


 クソッ!! もう……!


「あぁ!? チッ、クッソ間に合え!!」


 解き放つ。


灰燼かいじんに帰せ!! 緋焔獄刃カグヅチ!!!」

 

 大地を裂きながら、荒野を飛ぶ炎の斬撃。

 衰えることなく進み続け、水平線の先へと消えるのだろう……そう思った時。




 ――斬撃の進行方向に飛び込む、黒い影。




「な、親父っ!? 逃げろ、逃げろよッ!!」

「へっ、馬鹿言いやがれ!! 絶好のチャンスじゃねぇかよ!! しくじんじゃねぇぞイルウィ!!! 楽しかったぜ!! ……起きろ荊蛇いばらへび、最後の大仕事だ!! 叩き潰せ!!! 黒影蛇鞭こくえいじゃべん!!!!」


 衝突する赤と黒。

 激しく揺らぐ大地。

 二つのエネルギーの衝撃は世界に轟きやがて――


 


     

 なんとなく感じていたのだ。

 当てずっぽうだとか、根拠なんかないとか言っていたけど。

 これは成功するんだって。

 だからこそ、


「ありがとな!! 親父!!! 今度は外で会おうぜッ!!!」


 先程までの俺ならとても言えないような大声で、感謝を告げたのだろう。

 




 ――漆黒の空に、大穴をあけた。


 空にあいた大穴に向かって浮かび上がる身体。


「へっ、バカ息子が。達者でな……」








◇◇◇








「ぐあぁぁぁぁッ!!! あ、が……ガハッ!! なん、だ……これ、はッ!!」


 このまま永遠に繰り返されるのではないかと思わされた作業に終止符を打ったのは、なんと彼女らに絶望をもたらした本人だった。


「はぁ、はぁ……。一体、何が……?」

「はぁ、っぐ……! 分からない、でも……! 今がチャンスだよゴブ美さん!!」

「はい!」


 唐突に苦しみだしたウィリアムにゴブ美とルードゥは戸惑ったが、それも束の間。すぐさま切り替え、本物のウィリアムを取り返す為ゴブ美は大きく息を吸い、


「♪~」


 歌い始めた。

 

 ――光に目を凝らし、闇を飲み干し、生に思いを馳せよ。


「ぐあぁぁぁぁッ!!? やめろっ……! その耳障りな歌をッ!!」


 ――邪悪を祓い、恵みをもたらしたまえ。


「がぁぁぁぁぁッ!?」


 ――希望の光よ蘇れ、無垢な祈りに救いの両手を差し伸べたまえ。


「やめろ……やめろぉッ!!! あっ、ぐっう……!」


 ウィリアムの身体から飛び散る血潮。


 聖歌に対する拒否反応である。


 目は充血し、身体中の血管という血管が破裂する。


「くっ……う、もはやこれまでか……! だが娘、この肉体はオレのものではない。オレは死なぬ!! 再び奴の心が闇に堕ちし時、オレは復活するのだッ!! ふふふふふふ……残念だったな」


 バタリ。

 捨て台詞と共に、ウィリアムは意識を失った。


 こうして、ウィリアムを助けることに成功したゴブ美とルードゥ。

 しかし安心はできない、ウィリアムが再び闇に堕ちれば魔王は何度も蘇ってしまうのだから。


 その事実にルードゥが恐怖する一方、ゴブ美はそんなことは関係ないとウィリアムの治癒を始めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る