第31話 初仕事ー9

 天上にも至るかというほどにそびえ立つ炎の壁に囲まれた空間。


 目が覚めると、俺はそこで横になっていた。


「何処だ、ここは……?」


 不思議と、熱くはない。

 というより、温度を感じない。

 

「って、なんで俺はこんな所に。たしか……」


 そう、武器の力を引き出す為に親父と戦ったんだ。

 そんで……


「そうだ、燈火ともしびが見えたんだ。それから……思い出した!」


 慌てて立ち上がり身体に怪我がないか確認する。

 

「良かった……なんともなってない。だけど、何故……?」


 そもそも、俺は精神世界とやらにいた筈。

 何故こんな所に……?


「それは、手前が呼んだからよの」


 背後から聞こえた、懐かしい言葉。


「誰だ!?」


 振り返り、見る。

 褐色肌の、長い黒髪を後ろで一本にまとめた女性。

 そして驚くべきは、彼女の服装。

 

「俺と、同じ……?」


 若干俺の服よりも露出度が高いが、間違いない!


「もしかして、俺と同郷なのか?」

「その通り、手前は東方で作られた。そしてあの爺の手でバロン王国に運び込まれた……。嬉しかったぞ、同郷の者に拾ってもらえたのだからな」

「ちょ、待て。どういうコトだ?」

「人の話は最後まで聞かんかたわけ。質問ならあとで聞く」

「む、むぅ……」

 

 それはそうなのだが、一体どういうことなんだ? 訳が分からないぞ。

 作られた? 拾ってもらえた? 何の話だ……?


「続けるぞ。それを何処か運命的にも感じた手前は、すぐさま名を教え愛刀として使ってもらいたいと思った……。が、それに引き換えお主は手前を唯の安刀としか思ってくれなかった……。悲しかった。でも一応大切に使ってくれたし、使い続ける内に手前の大切さを分かってくれるかと思い壊れない程度には力を出した」


 ……え。


「ようやく、ようやく手前を相棒・・と認めてくれたのだなウィリアム!」 

 心底嬉しそうに、ぎゅっ! と抱き着いてきた彼女。


「え、え? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!? じゃ、じゃあなんだ? つまりお前って……も、もしかしなくても、燈火なのか?」

「なんだ、気付いていなかったのか? その通り! 手前が燈火なのだ!!」


 ……わ、訳が分からない。

 何故人になってるんだ!?


「……まさか」


 霊刀って、そういうことなのか!? 

 文字通り魂が宿ってるのか……!


「一体、どうやって……」


 製法が全く分からんぞ。

 どうやって武器に魂を……。


「まさか、人の身体で造られてるんじゃ……!?」


 うっ……マズい、吐き気がッ!


 俺が罪悪感に吐き気を催していると、そこに救いの声がかけられた。

 

「安心せいウィリアム。そんな風に造られては無い」

「そ、そうなのか……? 良かった、本当にッ……!」


 あー、マズいな。

 安心しすぎて力が抜けちまった……。

 

「むっ……。ふふふ、存外に甘えん坊だの」

「あっ……や、そんなんじゃない!」


 慌てて体勢を直す。


「俺はお前を心配してだな!」

「ふふふ、分かっておる。お主は優しいものな。ありがとう」

「お、おう……」


 なんか調子狂うなぁ……。

 どうも主導権を握れない。

 

「さて、と……話は変わるが、お主にはこれから手前の与える試練をクリアしてもらうぞ。個人的にはとうに認めておるが、しきたり故一応な」

「……分かった。それで、どうすればいいんだ?」


 俺が聞くと、


「……なに、ただそこに突っ立っておればよい。耐久という奴だ。あぁ、一つだけ助言をくれてやろう。強く自分を持て。さもなくば死ぬぞ。間違いなく、心が壊れる」


 神妙な口調で、そう答えた。

 思わず唾を飲む。


「強く、自分を持つ……か」


 恐怖を抑えつけるように、頬を両手で叩く。


「……よし、来い! どんな試練だろうと乗り越えてやる!」

「ふふ、男らしくて素敵だぞ。ウィリアム」

「な、燈火!? なにを言って!」


 唐突に褒められ狼狽えていると、


「……ふっ!!」


 ドス。

 視線を衝撃のあった胸にむける。


 


 ――ナニカが、生えていた。




「とも、しび……。なん、で?」


 次の瞬間。

 

 豪! 


 炎が、胸から噴き出した。


「なん、だこれ……。なんだよこれッ!?」





◇◇◇





 目を開けると、見えたのは2人のローブだった。


 片方は、顔の見えない黒ローブ。

 もう片方は、黒ローブによって轟々と燃え盛る炎の牢の中に投げられる同じく顔の見えない白ローブだ。

 そして俺は、そこから少し離れた所で椅子に縛り付けられていた。


 次々に異なるイメージが浮かんでは消えていく。

 視覚、嗅覚、触覚、味覚、聴覚。

 五感の全てが今、イメージに支配されている。


 ――肉が焼け、焦げていく。


 ――血なまぐさい、鼻につく鉄のような臭い。


 ――轟々と燃え盛る炎の音。


 ――苦しみ悶える呻き声。


 ――炎の牢の中で、のたうち回り足掻く音。


 ――次第にそれらは、小さくなっていく。

 

「あ、あぁ……!! やめろ、もうやめろーッ!!!」


 喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。

 必死になって身体をよじる。

 

 ――動かない。


 俺の声が聞こえていないのか、それとも無視しているだけなのか、次々と繰り返される拷問。


 積まれていく焼死体。


「待て、待てよ……! やめろ、やめろォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ーーーーッ!!!!!」


 ブチブチブチンッ!!!


「こっの、クッソ野郎がァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」


 目の前の惨事を引き起こす元凶黒ローブをぶちのめさんが為に、俺は飛び出した。

 刀も持たず、丸裸で。


 黒ローブに俺の全力の右拳があたる直前。

 黒ローブのフードがめくれ、顔が露わになる。


「ッ!?」 


 そんな……!? 慌てて拳を止める。


 何故か。 


 露わになった顔。


 それは、幼少期よく読んでいた物語の登場人物。

 俺の憧れの人。

 グレートでクールなヒーロー。

 初代剣神様、その人の顔だったからだ。


「何故です!? 何故!!」


 頭がどうにかなりそうだった。

 何故初代様がこんなことを。

 いや、そもそも何故初代様がここに。 

 

 しかし、初代様は俺の問いに答えようとしない。

 無言で作業のように拷問を続けようとする。


「おい、待てよ! なんでだよ……なんでッ!? なんでよりによってアンタがッ! 答えろよッ!!! なぁ!?」


 しかし答えない。

 動じもしない。

 焦れた俺は、強硬手段に出た。

 

「チッ……やめろ!! もうやらせねぇ!! おい、大丈夫か……?」


 白ローブのフードをめくる。

 そこには、


「……な、んで」


 縁肌で黒髪ショートの、可愛い女の子がいた。


「ゴブ美ちゃん……」


 山のように積まれた焼死体を、恐る恐るその場から見る。

 



『なんで、助けてくれなかったの……?』


 

 無数の瞳孔。

 何処か見覚えのある、姿。

 


『ねぇ、ウィリアム。熱いよ、苦しいよ……』



 ボタボタと垂れる、赤い雫。

 その全てが、笑っていた。

 満面の笑みを浮かべて、こちらを見つめていた。



「あ、あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!」


 ……心が、音を立てて壊れ始めた。



 が、その時!


『ウィリアムさん!』

『ウィル!』

『『ウィル様!』』


 ふと聞こえる、皆の声。


「そうだ……! 俺には皆がいる。俺の無事を祈ってくれる、皆がッ!!! だから、こんな所で終わる訳には行かないッ!!! 俺は、俺様はグレートでクールなヒーロー、ウィリアム様だッ!!! 覚えときやがれ、クソ野郎ッ!!!!」


 バンッ!!

 俺の全力右ストレートに、堪えきれず吹き飛んでいこうとするクソ野郎。

 だが、そんなことは許さない。


「まだだッ!!!」


 クソ野郎の右脚を左手で掴み、思いっきり地面に叩き付ける。

 ゴシャァ!!!

 不自然に捻じ曲がる首。

 だが治まらない。

 今度は両手で脚を掴みぐるぐると振り回し、上へ放り投げる。


「テメェの犯した罪、とくと味わいやがれぇぇ!!!! これで、最後だァ!!!!」


 ドゴンッ!!!!

 クソ野郎が下に落ちてくるタイミングに合わせ拳を思いきり振り上げる。

 

 爆発四散。


 俺の最後の攻撃をくらったクソ野郎は、砂と化し風に消えた……。


「呻き声さえあげず、砂になるなんて……」





◇◇◇




 

 パチンッ!


「合格だの。よく無事戻った! カッコよかったぞ、ウィリアム」

「……燈火? 合格? どういうことだ!? 俺、さっきまで……」


 まさか。

 

「さっきのが試練だったってのか……?」

「うむ、お主の何よりの弱点は精神だったものでの。ちと、やきを入れてやらねばと思っての。本当はもっと簡単な試練なのだが、すまぬ」

「あ、あぁ……」


 そっか、さっきのは……燈火が作り出した幻覚、か。


「そっか、良かった……。本当にっ……良かった!!」


 安心からか、一気に全身から力が抜け、尻もちをつく。


「あ゛ー、マジで、よかった……。ホントやめてくれよな!? マジで」

「すまぬ……。お主の弱点を潰してやりたいと思うばかりに試練難易度を必要以上にあげてしまった……」

「いや、もういいさ。俺を想ってのことだったんだろ? なら、もういい。俺の怒りは全部無駄だったみたいだけど。全部夢でしたって方が、よほどハッピーエンドだからさ」 

「そうか……? まぁ、お主がそれでよいならもう手前も謝るコトはよそう。さて、それではそろそろお主をお主自身の精神世界に戻すとしよう。もう、あまり時間もないからの」

「おう、頼む。あー、なんだ……。また、会えるか?」

「むっ……。うむ! 勿論だ。生憎と外界で人型になることは出来ぬが、刀の柄をでこにあててくれれば、手前がお主をこの世界に呼べるから、実質いつでも会えるぞ!」 

「そっか、了解。じゃ、またな。燈火」

「うむ! 手前とお主は相棒! パートナーであることを忘れるなよ! 名前を呼んでくれれば、いつでも力を貸すぞ!!」

「おう!」



 こうして、俺は真の意味で燈火と絆を結んだのだった。

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