第17話 トラブル(改稿済)


 行方知れずとなった彼女を追い始めてはや十数分。

 結構時間がかかってしまっている……。

 おまけにまだ見つけられていないのだから困りものだ。

 何か、何か手掛かりがあれば……。

 無論聞き込みもしているが、びっくりする程に何も情報が出てこないのだ。


 ステルス……透明化能力でも持っているのだろうか?

 思えば俺は……彼女のことをほとんど知らないな。

 何か特別なモノを感じてはいるが、回復魔法が得意な可愛く優しい半人半鬼ゴブリン娘ぐらいにしか認識していない。

 この機会を利用して、彼女と色々語り合ってみよう。



 その時、なんとなく覚えのある感覚がした。

 これは……ゴブ美ちゃんか? 

 あれ、何故俺はコレがゴブ美ちゃんだと思ったんだ? 一体どういう理屈で。

 運命の赤い糸的なアレか? いや、ないな。

 俺は嫌いどころかむしろ好ましく思っているが、彼女がそう思っているとは考え難い。

 それに、俺が彼女へ向ける好意は、男女のソレではなく親愛の類だ。……多分。

 恋愛とか、したことないから断言は出来ないけど。

 ではこの感覚は一体なんだというんだ……? しばし考え、気付いた。


 これは……いや、これが魔力というモノなのでは? と。


 そう、この平行世界特有のエネルギー。

 俺にとっては感じ慣れない、違和感のあるモノ。

 魔力の無い世界にいたからこそ、一人一人の魔力の見分けがつくのでは? 仮にコレが魔力だとするなら、ルードゥの位置も大体分かるな……。

 

 この……心が安らぐような、それでいて激しさも兼ね備えた感じ。

 イメージとして言うなら水だろうか。


 この雨のようなエネルギーの近くに寄り添う、微弱なエネルギーと更に微弱なエネルギー。恐らく大きい方がユーリで小さい方がハルだろう。

 まぁ、魔力量が年齢で決まるのか分からないから、推測でしかないが。

 もしかしたらハルが、生まれつき魔力量が多いって場合もあるかもしれないし。


 ゴブ美ちゃんのソレは、優しく包み込むような感じ。


 イメージは空、あるいは天だろうか。

 女性の心というのは、何かキッカケがあれば容易く曇り荒れ狂う。

 そういう意味でも、この彼女のエネルギーは空と言っていいだろう。

 まぁ……女性の心云々うんぬんってのは、先生に教わったことだから意味はちょっと良く分かってないんだけど、とにかく言われたのは女の子には優しくしときなさいってことだ。

 まぁ、グレートでクールなヒーロー(予定)の俺にとっては当然のコトだがな!

 というか、むしろ雑に扱って何の得があるのだろうか……?

 嫌われるだけじゃん。ヤダよ。

 

 まぁともかく、これらを考えてみると一つ推測できることがある。

 

 魔力は、本人の性質を表すのかもしれない……というコトだ。

 まぁいい。

 アレコレと予測を立ててみたが、この空のようなエネルギーを辿った先に彼女がいなければ、全てはそれまで。

 俺の予測はてんで見当違いだったというコトになる。








 空を感じるエネルギーを辿るコト数分、とうとうスラムに来てしまった。

 何故こんなところに……? 羞恥心から逃れる為に前も見ずに走ったから? そうとも思えるが、俺はどうも嫌な予感がしてならなかった。


「や、やめてっ……嫌!」

「ッ! あっばれんなクソがッ!」


 ッ!!! この声は……まさか。

 

「ゴブ美ちゃんッ!」


 走った。

 唯ひたすらに走った。

 声の聞こえた方へ。

 彼女を感じる方へ。


 そして辿り着いた。

 そこは路地裏だった。

 人目のない、建物の影で全体が薄暗く包まれた場所。

 

「……本当に嫌になる。笑顔を守りたくてヒーローになろうとしているのに。いつだって出来るのは事件の後処理で、未然に防ぐことは出来ない」


 あぁ、本当に嫌になる。

 己の実力不足が。

 思慮の浅さが。

 だが、今は叫ぼう。


「来たぜ、ゴブ美ちゃん! 遅れて済まねぇ……。だが、もう安心してくれッ!」

「ウィリアムさん……」


 見た感じ殴られた痕などはない、か……。

 服にも特に損傷は無いな……。

 攫われて間もない所で追いつけたのか? だったら良いが……。


「あァ……? 誰だテメェ。ってかヒーロー気取りかよ。オイ、だったら相手がちげぇぞ~。こいつモンスター、俺人間。そら、助ける相手が違うぜぇ~」


 恐怖と苦痛に染まった表情。 

 瞳から零れる雫……あぁ、本当に。

 

「ついてない……。よもや俺様の連れに手を出し泣かせてしまうとはなッ!! 助ける相手が違う? モンスター? 馬鹿を言うなよ外道が。泣いて助けを乞う存在に、人間もモンスターもあるか? いや、ない!」

「な――」

「あぁ、だが貴様が泣いたところで許さんぞ。今俺様は酷くイラついている。何時もはしている相手への配慮が出来そうにない程になッ!!!!」


 発言を邪魔されてイラついたのか男はチッ、と小さく舌打ちをした。

 しかしその仕返しのつもりなのか、 


「ほ~、モンスターを助けて人間を殺すと。頭おかしいんじゃねぇの? ハハッ! 何をキレてんだかねぇ……訳が分からねぇな」


 今度はやれやれ、と首を振って余裕綽々しゃくしゃくな態度で挑発してきた。

 こいつ、狙ってやってんなら相当挑発が上手い……。

 没落貴族かなんかか……? 何にせよ唯の一般人にしちゃ口が上手い気がするが。


「何故か……だと? 決まってんだろうが。その娘が俺の大切な仲間だからだ! ましてや女だぞ……? キレねぇ奴がいるかッ!!!」


 男の発言にイラつきながらも、なるべく冷静に分析する。

 奴のことを知らずに突っ込めば、もしかしたらゴブ美ちゃんを傷付けてしまうかもしれないからだ。


 無精髭の眼が死んだ赤髪の青年。

 なかなかの高身長だ、ゴブ美ちゃんも女の子にしては高身長だが首に届いていない。

 まぁ、俺よりは小さいがな。

 何日も洗わずに着ているのだろう、麻で出来たボロボロの半袖半ズボンは異臭を放っている。

 ゴブ美ちゃんを背後から左手で抱き締め、空いた右手で首筋にナイフを突き立てている。

 アレじゃ、ゴブ美ちゃん相当臭いだろうな。

 10メートルは離れてんのに大分臭う。

 

「さっさと助けてやらねぇと……」


 奴に抵抗の隙を与えたら終わりだ。

 ならば……やはりあの技だな。


「女だぁ? ハッ、ゴブリンとの間に出来たモンスターだろ? 別に何したってイイじゃねぇか……。むしろ褒め称えられるぜ、モンスターを殺すんだからなぁッ!」


 イカれたような笑みを浮かべ、そんなコトをのたまった奴はゴブ美ちゃんの首にナイフを突き刺そうとする。

 

「ッ! ……この腐れ外道がッ! 《疾風はやて》ぇ!!!」


 ドンッ! 強い衝撃音が響く。

 煉瓦で舗装された道がひび割れ陥没する程の強さで地面を蹴り、光の如き速度で奴の頭に向けて真っ直ぐに突っ込む。

 わざわざ斬る必要は無い。

 むしろ斬ってしまっては俺達が罪に問われて損だ。

 平常時とはかけ離れた、利己的な考えの下俺はそのような判断を下し、刀を鞘に入れたまま奴の顔面にフルスイングで叩き付ける。

 もしかしたら頭蓋が砕けているかもしれんが、俺様の仲間に――ゴブ美ちゃんに手を出しあまつさえ泣かしたんだ。そのぐらいは当然だな。


 それにしても気に入らない。

 ゴブ美ちゃんをモンスターと認識するこいつも、それを許す社会もッ!


「気に入らねぇな、ホントによ。……変えられたら? そうじゃねぇだろ、変えるんだ。実力が足らない? なんとかしろ。なんとか出来なかったら? どうにかしろ。どうにもならなかったら? とりあえず、諦めるな。諦めた時に全てが終わるんだ。魂が輝く限り、決意を抱き続ける限り終わり・・・はない。変えてやる、俺が。この世界の在り方を。こんなの、絶対に間違ってる……!」  


 小さく、誰にも聞こえないような声で吐き捨てた。

 

 生物であるが故の絶対不可能。

 死を変えることは出来ないし、してはいけないが。

 無論、事故や事件による死は出来るなら変えてやりたい。

 だが、寿命による死は変えてはいけないのだ。

 永遠の命は……叶えてはならない。


 そんな例外を除く、大抵の事柄は決意の力で変えられる。

 挑み続ければ、努力し続ければいつかは叶うのだ。

 それでも叶わないなら、それは甘えていたということ……。

 決意が弱かったからだ。

 俺は才能が無くても、皆に嫌われていても努力し続け大人気の詩家になった人物を知っている。

 実例がいるのだ、叶わない道理はない。


 努力する才能? 決意は限られた者のみが持っている? 

 否、本当に好きなこと……。

 夢の為ならば、努力しない訳が無いッ! 

 例え心が折れても、ふと気づいたらやっている。

 それが本当の夢だ。

 そうでないなら、そんなものは夢ではない。


「大丈夫か? ゴブ美ちゃん」

「は、はい……でも、凄く恐かったです」

「あぁ、もう大丈夫だ……俺がいる。皆のもとへ戻ろう」

「はい……ありがとうございます。ウィリアムさん」


 震えるゴブ美ちゃんを抱き締める。


「……ごめんな。怖かったよな、ごめん。正直、いい言葉が見つかんねぇ。ホント、情けねぇよな。もっと早く俺が追いついてたら、こんなことには……」

「……はい。正直言うと、もっと早く来て欲しかったです」

「だよな……。ごめん」

「……暫く、このままで居させてください。胸を、貸してください。そうすれば、許してあげます。今は、今だけは……お願いします。必ず、立ち直って見せますから……」


 弱々しくそう言うゴブ美ちゃんに、


「……分かった」


 俺は、そうとしか答えられなかった。

 ここはスラムだけれど、俺が警戒しておけばいいだけのことだ。

 今は俺がいる。

 もう二度と、ゴブ美ちゃんが傷付く事態なんて、起こさせやしない。








 やがて地を橙色の光が這い始めた頃……。

 俺達を照らす強烈な光は少し和らぎ、街の空気もそれに従ってゆったりとしたものになった。


「ウィリアムさん……」

「……なんだ?」

「私って、迷惑ですよね。やっぱり、ついていかない方が……」

「馬鹿を言うなッ!! ゴブ美ちゃんがいないなんて、嫌だ。そもそも迷惑なんかじゃない。だって俺は、俺様はグレートでクールなヒーローなんだぜ? こんなの、朝飯前さ。……ゴブ美ちゃん。俺、誓うよ。もう二度と、ゴブ美ちゃんを怖い目には合わせない。必ず守って見せる。絶対に」

「……私がいないと嫌、ですか。そうですか」


 俯いてそう繰り返し呟くゴブ美ちゃん。


「……お、おう。ゴブ美ちゃんがいなくなるのは、嫌だぞ?」


 なんだか改めて言われると少し気恥ずかしくて、返事はすらすらと出てこなかった。


「あの、それはそうとあの人、治してあげた方が良いですかね? あのままじゃ死んじゃいそうですけど……」

「ん?」


 ゴブ美ちゃんがそう言って指刺した方を見てみると、そこには俺がぶっ飛ばした赤髪がでこから血をダラダラと流して壁に若干めりこんで気を失っていた。


「……ゴブ美ちゃん。なんであいつに狙われたか、分かるか?」

「……私を、奴隷として売ろうとしてたみたいです。ナイフは、私が反抗しないようにだと思います」 

「あぁ、なんだ……つまりアレか? 傷を付けたら売値が下がる、と。だからまだ被害を受けずに済んでた、と……クソッたれがぁッ!!!! 治すな。ゴブ美ちゃんを泣かせた時点で許せねぇのに、金の為だぁ? ざっけんじゃねぇぞ!」


 あぁ、本当にイライラする。ふざけんなよマジで。


「でも、殺してしまうのは流石に……。あの、私はもう大丈夫ですから! だから、少し冷静になって考えてみてください。ここで怒りに身を任せてこの人を殺してしまったら、もう夢は叶わなくなってしまうかもしれないんですよ?」

「……だったら、辛うじて死なないぐらいにしてくれ。こいつがケロッとそこら辺歩いてるの見たら思わず斬っちまうかもしれん」


 俺がそう言うと、


「はい、分かりました」


 ゴブ美ちゃんは嬉しそうにそう言って赤髪を治しに行った。


 はぁ……もうちょっと、感情を制御できるようにならんとな。

 このままじゃ、勢い余って誰か殺しちまいそうだ……。

 てか、なんでゴブ美ちゃんはあいつを許せたんだ? いや、許してはないのかもしれんが、何故治してやろうと思えるんだ? 


「俺よりよっぽどヒーローじゃねぇか」


 小さくそう呟くと、


「何か言いました?」


 ゴブ美ちゃんがそう言ってきた。

 良かった……。

 どうやら内容は聞かれずに済んだようだ。


「いや、何でもない」

「そうですか。それにしても、なんだか意外でした」

「ん? 何がだ?」

「私、何気に初めてウィリアムさんが戦ってる所見たんですけど。なんかもっと静かに一撃で気絶させる、みたいな感じだと思ってました」


 ……これ、ひょっとしてやったか? 幻滅された? だとしたら俺、立ち直れそうになんだけど。違うよね? 違うと言ってくれゴブ美ちゃん!!


「……幻滅したか?」


 恐る恐る聞く。

 するとゴブ美ちゃんは静かに左右に首を振り、言った。


「そんなことはありません。むしろ、カッコいいと思いました。なんか、あの赤髪の人は恐かったですけど、照れちゃいました。私が特別って訳ではないんでしょうけど……家族以外に私のことでここまで怒ってくれた人、初めてだったので」


 恥ずかしそうに頬をかき目を逸らし苦笑するゴブ美ちゃん。


「可愛い……」

「へ……? な、なにを言ってるです!? ひょっとして馬鹿ですか!? いえ馬鹿ですね!!? わ、私が可愛いなんて。そんな……」


 顔を真っ赤にして手をぶんぶんと振って俺の咄嗟の呟きを全力で否定してくるゴブ美ちゃん。


「可愛い」


 照れるゴブ美ちゃんをもっと見たくなった俺は、つい、また口に出してしまった。


「あ、あー!!! もう!!! ウィリアムさんなんて知りません!!」


 やっべ! やっちまった! 


「あ、ちょ待て! 走んな! また何かあったらどうすんだよ!? からかったのは悪かったから!!」


 俺をおいて走っていくゴブ美ちゃん。

 俺がそれに静止の要求をすると、ゴブ美ちゃんは立ち止まる。


 良かった……素直に止まってくれた。


 俺がそんなことを思っていると、予想を裏切るようにゴブ美ちゃんは勢いよくくるりと俺の方に振り返り、ニパッと花が咲いたように、されど恥ずかしそうに頬を赤く染めて笑って、言った。



「だって、必ず守るって言いましたもん! だから良いんです!」


 ……ふ。


「ったく、しょうがねぇな。あぁ、好きにしろ! ぜってー守ってやっからよ!!」


 俺達は、皆の待つテイマーズギルドへと向かって走り出した。

  

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