第16話 絆はより強固に(改稿済)


 平行世界。

 同じ世界を舞台とした、別の時間軸。


 硬直する身体とは正反対に、頭の中では何処か冷静にその言葉を咀嚼していた。


 そして……納得してしまった。


 知っている場所、知っている国が確かに存在する。

 なのに全く知らないこともあったし、爺さんが言っていた俺が100年前の過去から来たという話ではまかり通らない数々の事実があった。

 

 100年定期で現れるセラフ? 俺はそんなモノ知らない。

 

 魔物? 魔法? 世界中を旅したが、そんなモノ聞いたことも見たことも無い。


 500年前に建国された魔導王朝? ギルド? クラス? 身分証? 誕生と同時に人類へ神から贈られる身分証の原典? とにかく知らないコトばかりだった。


 それも、俺が平行世界の人間なら筋が通る。


 魔物という不思議な生物や、魔法という技術が存在し……宗教上の概念でしかない神が実在してクラスとか言う一種の加護、恩恵のようなモノを与える世界。

 だからこそ、それに伴い世界もあり方を変質していったのだ。

 わざわざ科学を追求しなくても、魔法という技術の存在によって既に生活が豊かだったから、ごく一部の者が趣味程度でついでに調べる程度に収まったのだ。


 植物や動物を実験台としたイカれた科学実験も、この世界には存在しない。

 

 ――誰かがやらなくてはいけなかった。


 生活水準を向上させる為には。

 進化する為には。

 より根源的に言うならば、未知への恐怖に対抗する為には、仕方なかった。


 だけれど人間にはモラルが存在し、一人一人の人権を主張したから人間を実験台にすることは無くなった。


 もしそれでも辞めなかったら? 

 いや、そもそもモラルなんてものが存在していなければ? 

 恐らく、科学技術は百年単位で進化し、人間は更なる飛躍を遂げただろう。


 もしかすれば若返り技術や死者蘇生、時間遡行タイムスリップ技術をも産み出したやも。

 いや……それどころか人間を人工的に造ることすら出来たかもしれない。


 正に神の領域と言えるだろう。

 未知など存在しないし、恐怖を覚える敵はもはやいない。

 

 あぁ……楽園のような世界だ。

 

 だが、それは果たして人間なのだろうか? 

 短き時間を懸命に生き、胸に抱いた夢に向かって愚直なまでに努力する……。

 そんな魂を、決意を持った者をこそ人間と呼ぶのではないか?


 永遠の時を生きる。

 あぁ、確かに誰しもが一度は夢見たことだろう。

 俺だって死にたくはない。

 死ぬことへの恐怖……。

 それは、生命であれば誰もが持つ当然の心理なのだ。


 だがしかし、そんなことが出来てしまったら俺達人間は決意を抱くのだろうか。

 一見バカのような夢を見るだろうか? 力を、知恵を、勇気を、己の全てを捧げてまでも努力したいと思うことがはたしてあるだろうか。


 否! そのような世界になっては人類は堕落する。

 元より怠惰な性質を持った生物なのだ。

 敵のいない世界などになっては、努力の価値を見出みいだせなくなるだろう。

 年を経るごとに魂は腐り、ただ生きるだけの木偶でく人形と化すだろう。

 

 人間の魂が光輝くのは、決意を抱くのは……敵が、未知が、夢があるからだ!

 

 それが失われてしまったら……そんなモノはもはや人間では無いッ!

 



 かつて、争いのない世界を夢見た。

 皆が笑顔に満ちていて……幸福に生きている。

 あぁ、素晴らしいことだ。

 今でも、そんな世界が来ればいいのになと、心底思う。


 だがそれを叶える訳にはいかない。

 堕落の一途を辿るのみとなってしまうから。


 人間が人間のカタチを保ったまま、世界に平和を……笑顔をもたらす。

 それがどれだけ馬鹿げたことか、どれだけ難しいことかは理解している。

 夢の最終地点。

 ゴールも分からないまま、俺は走り出してしまったのだ……。


 だが、もう止まれないし止まる気も無い。


 何故なら俺は、グレートでクールなヒーローだからだ。

 一度胸に抱いた夢を、決意を曲げるわけには行かないのだ。

  

 あぁ、そう考えるとセラフは確かに天使と言えるかもしれないな。

 最も科学の発展した、神秘の失われた国を滅ぼす。

 この世界において、鞭の役割を担っているのがセラフなのだろう。

 どれだけの人が死に、そしてその死に悲しんだか……。

 それを考えると辛い。

 だから、やり方はもっとあるだろう? と言いたい。

 建築物のみを消すとかさ……。


 ……ん? そういえば、俺が吸われた時建築物はそのまま残っていたよな? 

 そう考えると、やっぱりセラフは天使などではないか。



 まぁ、ともかく俺はゴブ美ちゃんの言葉を理解した上で納得し、


「平行世界か……道理でな。なんだかスッキリした、助かったよ。ありがとうゴブ美ちゃん……怖かっただろう? 済まなかった」


 謝罪と共に礼を告げた。


 俺と違い頭の良い彼女のコトだ、キレられるコトを前提に話したのだろうな。

 きょとん……と、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべている。

 俺はそれに、


「プッ!」


 つい噴き出してしまった。

 指摘する前の彼女の不安と葛藤を思うととても申し訳ないが、どうしても堪えられなかったのだ。


「……ふふふふ、あははははッ!」

「なっ!? 何を!」

「くっ、ふふふ……いや、わり。鳩が豆鉄砲食ったような顔すっからさ。言わなかったか? 俺自身も、ここが本当に100年後なのかと疑問に思っていたんだ。それに……ゴブ美ちゃん、泣きそうだったじゃん。怒れねぇよ」


 俺がそう言うと、


「聞いてないです……。ていうか! 私そんな顔してませんから!」


 ぷいっと頬を膨らませてそっぽを向き、私不満です! と言わんばかりの態度をするゴブ美ちゃん。

 

「……ホント、行動一つとっても可愛いんだもんなぁ」

「何か言いましたか?」


 ッ! しまった、声に出てたか……。


 何故だか分からないが、ゴブ美ちゃんはなにか特別に感じる。

 一体何だと言うんだ? こんなの、感じたことが無い。

 なんで、俺はこんなに……。


「あー、いや……なんかいつもと違ってゴブ美ちゃんが小さく感じてさ。もしかしたら俺が口でゴブ美ちゃんに勝てる絶好のチャンスなんじゃ!? って思ったから、ついからかっちゃったんだよ。大丈夫、泣きそうな顔なんてちっともしてなかったからさ。だからもう許してくれないか? ゴブ美ちゃん。そろそろ先へ進もう、注目も浴びてるしさ」


 俺がそう言うと、ゴブ美ちゃんは周囲を慌てて見回し、トマトのように赤くなりながらその場を走り去ってしまった。


「あー、やっちまったかな」

「全く、フォローは自分でしなヨ? でも、平行世界か……」

「怖いか?」

「いや? 全く。ウィルがウィルであるコトに変わりは無いからね」

「ルードゥ……ありがとな」

「あのっ! 良く分かりませんけど、私も恐くなんかありません。私達を救ってくれた事実に変わりはありませんから、ね? ハル」

「うん! お兄ちゃんが何だろうと恐くなんてないよっ!」


 まさか、彼女らまでもがそう言うとは。

 彼女らにとって、俺は命の恩人……。

 だが、所詮はそれまで。

 俺が彼女らにとって未知の存在であるコトに変わりはないのに、何故……。


「……何故だ? 有難いし嬉しいが、俺はお前らにとって未知の存在なんだぞ? ルードゥは、わりかし長い付き合いだからまぁ分かるが……お前達にとって俺は、所詮命の恩人でしかない筈だ。将来の主だとか、そう言うのを考慮しているのなら気にしなくていい。その程度俺は気にしないし、もし嫌だというなら契約は解除しよう。そもそも口約束でしかないしな」

「……そんなの関係ありません。私達にとってウィル様は命の恩人です。ウィル様は命の恩人でしかないと言いましたが、命の恩人というのはとても重いモノです。平行世界から来たとか未知の存在だとか、そんなの関係ないです。それとも、自分の命を救ってくれた人が素性の知れない人だからって、感謝もしないような人間だと思われてるんですか? 私達。だとしたらすっっごく不満です。あえてウィル様の言葉を借りますけどね、私達は未来のグレートでクールなヒーローのメイドなんですよ?」


 やれやれと言わんばかりに、ユーリはそう言った。

 

「……ふ、ふふふ。そっか。こんな出来たメイドを持てて、俺は幸せ者だな!」


 本当に、恵まれている。

 だからこそ……他人よりも恵まれた環境にいるからこそ、他人よりも何十倍も努力しなければならない。

 そして恵まれない人々を救わねばならない。

 それが恵まれた環境で育つ者の務め、一種の責任だ。



「では、俺はゴブ美ちゃんのフォローに行ってくる。テイマーズギルドに現地集合だ。ユーリ、ハル……早速の仕事だ。ルードゥの潔白を俺のいない間証明しろ」

「分かりました」

「うん! 私頑張るッ!」


 さて……何処に行ったかな。

 もしかしたら緑色のペンキを全身に被っちゃった可哀そうな娘だと見られるかもしれないが、安心はできない……いや、安心できないどころではないな。

 そう思われない可能性の方が圧倒的に高いのだから。

 出来るだけ早く見つけ、彼女の潔白を証明しなければ。

 ユーリ達を信用していない訳じゃないが、ルードゥのコトも心配だし。



 いや、別に皆で行っても良いんだけど……。

 なんとなく、一人で行った方が良い気がするんだよね。

 何故か知らないけど。





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