第6話 裁定の祠(改稿済)


 呪いの短剣を何処ぞの誰かが悪用しないように回収した俺は、ルードゥの案内の下、裁定の祠へと来ていた。


「はい、ここが裁定の祠だヨ」


 覚えている。

 獅子の顔を彫ったこの石扉にも、近衛七騎士セブンナイツを象徴するこの7つの石像にも、確かに見覚えがある。

 既に夜の帳がおり、周囲は黒く染まっていた。

 それでも、この円形闘技場だけは……それこそ、人生をかけて叶えるつもりでいた夢を掴むための舞台は覚えている。 


「本当に、100年の時を越えてしまったのか……」


 いや、別にそれ以外は忘れてるなんてコトは無いけどね!? 15年も住んでた孤児院を忘れるわけないし。

 訓練してると時折リンゴを差し入れしてくれる叔母さんの果物屋の位置だってちゃんと覚えてるし、その他にも色々と覚えている。

 でもやっぱり、人ではなく建物自体に強い思い入れがあるのはここだ。


 しかし、ここに来るまではまだ裁定の祠が円形闘技場だとは限らなかったから断定はしなかったが……やはりここは西方大陸ではなく中央大陸なんだな。


 では、何故西方語が使われているんだ?


 俺は修行の旅で世界を回ったから話せるけど、中央大陸ではバロン語が使われていた筈だ……。

 100年の間に地殻変動でも起きて大陸が繋がったのか? それともバロン王国が滅んだからって西方大陸のアスラエル帝国が侵略してきやがったのか?

 そんで支配された末に文化交流が起きたって流れ?

 まさか、今でも支配されたままとか言わないだろうな……? 100年程度だったらアスラエル王生きてる可能性があるんだが。

 俺あの人苦手なんだよな……。

 良く分からないコトばっか言うし。

 いや、別に嫌いって訳じゃないよ? でも……あの人、女のクセに露出が多いから恥ずかしいんだよ。

 いや、別にあの人だけが可笑しい訳じゃなくてアスラエル帝国の部族自体露出が多いんだけどさ……。

 あそこ、砂漠だから一年中熱いし分かるんだけど……恥ずかしい。

 

「どういうこと? 100年の時を越えたっテ……」


 そんなコトを考えていると、俺の咄嗟とっさの呟きが聞こえていたのか、訝し気な声色でルードゥがそんなことを聞いてきた。

 まぁ、当然の結果か。

 友達がいきなり「俺……実は過去人なんだ」なんて言ってきたら、こいつ頭大丈夫か? って思うだろうし。


「あぁ、さっき言っただろ? 俺がセラフの迷子らしいって」

「うん」

「俺さ、とある大会に参加してる時にいきなり空に現れた黒い穴に吸い込まれたんだよ。んで、どっかの洞窟の中で目が覚めたんだ。すっげー暗くてさ、何も見えなかった……。ここがあの世って奴なのか? って、ちょっと思ったよ。で、そのとある大会ってのが、バロン王国で開催される各分野の世界一を決める裁定祭。お前が裁定の祠って言ってたから、もしかして裁定祭の開催地の事かもって思ったんだ」

「……そうなんダ。でも、バロン王国は100年前に滅んでる筈だヨ?」

「あぁ、だからセラフの迷子だって言われた。でも俺は確かに覚えている……あの国で過ごした3年間を。近衛七騎士セブンナイツになることを夢見て努力し続けた15年を。だから俺は真実を求めて、魔導王朝シュメールに向かう。そこへ行けば……セラフに会えるかもしれない、ヒーローにもなりたいしなッ!」

「そっか……うん、応援するヨ! ねぇ、僕も行っていいかナ? ウィルと一緒に、僕も冒険したイ。どの道、独り立ちしなきゃいけない年になったから、奥さん見つけないと家には帰れないシ……」

「そうなのか?」

「うん、僕達マンティス族……いや、昆虫インセクトには成体になるとツガイを見つけるまで家に帰っちゃいけませんっていう掟があるんだヨ」

「へぇ~、まぁ旅についてきてくれるのは大歓迎だ! 旅は道連れ、仲間は沢山いた方が安心だし楽しい!」

「やったー! えへへ、これからも宜しくネ? ウィル!」

「おう! ぬあーはっはっはっは!」


 これが、友達って奴か。

 なんだか、胸の辺りが温かいな。

 孤児院のメンバー達と打ち解けられた時と、なんだか似てる。

 もしかして、あいつら俺のこと……。 

 だとしたら俺は……いや、止そう。

 今俺が辛そうな顔をすれば、ルードゥに気を使わせてしまう。

 今は幸せそうに、嬉しそうにしているべき時なんだ。

 

 そうだ、実際ルードゥと友達になれて心底嬉しいんだ。

 だから今は……忘れよう。

 そして一人になったら、静かに詫びるんだ。

 

 今は、喜ぶべき時だから。


 とにかく、あいつらみたいな友達になれた筈の奴を逃がさない為にも、今度はもっと沢山の人と友達になろう。

 そうすれば、もっと心が温かくなる筈だから。

 そう思い、俺は一層の覚悟を決めた。

 守る為に……仲間の為に強くなる。

 そして皆に大人気で尊敬される、グレートでクールなヒーローになるんだッ!

 強く、決意を抱いた。

 そんなの無理だとのたまう、弱い自分を決意の力でねじ伏せて。





 ルードゥとより一層仲良くなってから、数分が経った現在。


 俺達は裁定の祠の中を探索していた。


 見覚えのある廊下に、見覚えのある格子戸。

 100年が経った今でも、若干の綻びは生じていてもこうして残っているなんて。

 一体何処の誰に建設を依頼したのかは分からないが、バロン王は流石だなぁ。


 一時の派手さ華麗さを求めて装飾を盛るあまり、突発的な事故でそういう高級装飾物が壊れて一時期財政難に陥った国がいくつもあるのに、バロン王は客人を迎えるのに失礼のない程度に抑えて建物の耐久性に費やしたのだから。


 いくら荘厳華美でも、少しの間しか形を保てないような建物では意味がないと俺は思っている。そりゃあ芸術品だったらそれでいいのかもしれないけど、これから何年も暮らしていく住居だぜ? 安全性と耐久性が一番だと思うのだ。


 まぁいい、宝物庫は何処だ? 

 優勝者に神器ゴッズアイテムを渡す際、審判の人が此処に入っていくのを見たんだが……。

 何処かに隠し扉でもあるのか?


「うーん……」

「どうしたノ?」

「ん? あぁ、この部屋の何処かに神器ゴッズアイテムっていう超強い武器が閉まってある宝物庫がある筈なんだよ。裁定祭で優勝した人にはそれが与えられるんだ」

「ふーん、あ……もしかしテ」

「え、なんか思い当たりあるの!?」

「え、うーん……思い当たりって程じゃないんだけどサ? ここの壁、なんか可笑しくなイ? まぁ、単純にボロくなってるだけかもしれないケド」

「壁?」


 ルードゥが言っている壁の傍に行くと、確かに何か変な感じがした。

 これは……隙間風か。

 

 ……ん? 可笑しいぞ。

 100年経っても少し綻びが生まれる程度に損傷を抑えて見せた凄腕大工が、こんな一部分だけ手を抜く筈がない……。

 もしかして……隠し扉かッ!? そう思い、岩壁に軽く手を当ててみる。

 すると、突如壁が激しく光った。

 

「うわぁ!?」

「何ッ!?」


 光が止み目を開けてみると、壁には複雑な模様が刻まれていた。

 それが一体何なのかは皆目見当がつかなかったが、とにかくここが怪しそうだということだけは分かった。


 しかし、それ以来何をしようとも一切の反応を示さず……


「わりぃ、ここまで付き合ってもらったのに……。多分あそこにある筈なんだけど……。なんか特別な道具かなんかが必要なんだと思う」

「いや、大丈夫だヨ。情報集めてまた来ヨ?」 


 結局諦めることになってしまった。

 まぁ仕方ない、思いつく限りのことはやりつくしたのだから。

 


「あ、ルードゥ」

「なに?」

「これからゴブリンの村に向かうけど、村の外で待っててくれるか? 俺、ゴブリンの依頼で暴走したキラーマンティスを止める為に来たんだよ」

「……いや、それなら余計に僕もついていくヨ。謝らないといけない、それで許される訳ないケド……とにかく謝らなくちゃ。全部君に頼って任せっきりにするようなズルイ奴にはなりたくないんダ! せめて、自分の罪は自分で償いたイ」


 盲点だった。

 なんてことだ、そんなことにも気付けないなんて。

 こんなんじゃ……グレートでクールなヒーローとはとても言えない! しかし、ここでめげるのはもっと違う!

 

「分かった、じゃあ俺も一緒に謝る。それでいいか?」

「……うん!」


 さぁ、覚悟を決めろ。

 一度言ったことは取り消せないし、そもそもそんなのカッコ悪い! 恐らく、罵詈雑言の嵐に会うコトになるだろうが。

 それでも決めたのだ。ルードゥの頼れる友になる! と。 

 ならばこの程度乗り越えなくてどうする! 

 俺が目指すのは、皆に尊敬されるグレートでクールなヒーローだ。

 友達一人の罪も一緒に背負えずして、何がヒーローかッ! ん? いや、そこは何が友かの方がカッコイイか。

 まぁともかく、俺はルードゥの頼れる友であり、いずれは偉大なるヒーローとなるウィリアム様なのだから、この程度当然だ。


 む、というコトは覚悟を決める必要もないか。 

 当然のことをするのに一々覚悟なんかいらないもんな? ……なんだか頭が痛くなってきた。

 もうこの件について考えるのはやめよう。

 このままでは、先生に計算の文章問題をやらされた時みたく思考が無限ループにハマって抜け出せなくなってしまう。


 なんだよ、


問題 セリスちゃんは秒速500メートルで走れます。

   さて、100キロ先にある目的地に着くまでどれぐらいかかるでしょう。


 て!


 人間は一秒の間に500メートルも走れないっての! それに、仮に走れたとしても走れるだけで途中で止まるかもしれないじゃん! いや普通歩くでしょ。

 急がなきゃいけない理由とかも特に記載されてなかったし。

 てか、絶対途中で宿とか泊るでしょ。

 一日で行ける距離じゃねぇって絶対。

 ホント、数学だけは昔からどうも苦手だ。

 計算自体は出来る。

 しかし問題の文章に一々ツッコミが入ってしまって、一向に筆が進まないのだ。

 


 あー、なんだかイライラしてきてしまった。

 憂さ晴らしにちょっと剣振っていいかな? いいよね。


「ごめん、ルードゥ……なんか素振りしたくなったからちょっと待ってて」

「えぇ……なんでいきなり? まぁいいケド」

「ホントごめん……ちょっと昔のこと思い出しちゃって」

「ふーん、まぁそれについては聞かないでおくネ? 藪蛇やぶへびだし」

「うん、そうしてくれると助かる」


 ルードゥに許可をとると、脳裏に浮かぶツッコミ要素満載な文章問題を払い除けるように、ぶんぶんと刀を振り始めた。 

 何気に途中で技を閃いてしまったのは、俺だけの秘密である。

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