第22話 気がつけば最終章!!!、の巻
衛星軌道上の人工衛星が、ついに定地点へと到達する。
長い棒状の劣化ウランの塊、槍のようなものを宙にぶら下げながらまっくらな宇宙で、徐々に太陽光パネルを広げて姿勢制御に移る。
照準を合わせ、噴射剤が徐々に燃料タンクに注入されてカウントダウンを開始した。
このままでは、周囲二百キロが廃墟と化すろう。むろん村も全滅。お嬢様だって、誰も生き残らない。
ここにきて全員が追い込まれた。
「分かった、私に名案があるぞ皆の衆!」
ここに来て村長が、頭の中でぶちぶちと色々なものをブチ切れさせながら言い放った。
「奴を放り出そう! 奴ならこの宇宙だって、何でも飛び越えられるはず!」
「ん!?」
そう言って村長は、がしっとこの謎のモザイク仮面を背後から羽交い締めにする。
村長の提言とは、この謎の熱血用要人男性、何やらいつもいろいろと、都合の良い働きばかりするこの異世界人を宇宙に放り出す事だった。
これで世界が救われるなら!
「い、いやいや確かに!? ぼくも『盗んだ操縦桿で宇宙も飛び出す』とか言ったこともあったけどまさか!?」
「まさかもクソもない!」
「これはまさに世界の危機!」
「問答無用!」
「タコはどうする!?」
「刺身にして喰っちまえ!!!」
おぞましい雰囲気と共に、今度は逆上して金の髪を草原のようにして逆立てる中年の女性、カッセラ・マルクが姿を現し肉切り包丁をぶん回した。
「その者、蒼き衣をまといて金色の野に降り立つべし。失われし大地との絆を結び、ついに人々を清浄の地に導かん」
大ババさまならぬ鬼のような顔をした中年女性、カッセラ・マルクさんはのたまった。
「ひっ」
「カッ捌く! 今までどこうろついていた小僧!?」
「いや違います! 人違いです!? ってなにそれ!?」
「その仮面今すぐ引っぺがしてやろうかー!」
読者も完全に置き去りにして、カッセラ女史さんは肉切り包丁をこの熱血東洋人男性(自主規制)、顔がモザイク柄になってよく見えない男ののど元に突きつけた。
半ば存在を置き去りにされていたタコが寂しそうに吼えて、これがきっかけで、カッセラがぎろりと意識をタコに移す。
「刺身か!」
「ヒッ」
しかしその時。
「待ーて待てまてまてまてぇーーー!!!!」
またしてもお邪魔虫が現れる。先ほどミサイルと一緒になって放り投げられたはずの、あのベスパだ。
「勝負はまだ終わってない!!」
ニトロを注ぎ込んだエンジンと、機体翼生身すべて一体となって火だるまになって突っ込んでくる!
――俺も忘れられては困る!――
「はははァ! 我の存在もだ!」
ザバァと濁流の中から竜とベレロポーンとペガサスが勢いよく顔を覗かせ、それから原始人、ペンギン、インド人、原住民とミニドラゴン、今まで何してたんだか分からないレオナルドダビンチが現れた。
特にレオナルドダビンチは、この場違いな所での自身の処遇に戸惑ってオロオロしている。
前畑選手は泳いでいた!
「はあはあ! くそっ、いきなりとんでもない目に遭っちまったぜ!」
アブ夫さんはその時、皆が立っている川辺やや下流から這い上がり、命からがらと言った様子で水を体から滴らせていた。
「アブ夫さん!?」
「あ、アブ子さん!」
六本足の昆虫アブ夫さんの危機に、見ていてついに耐えられなくなったアブ子さんが駆け寄る。
「よかった! わたし、もうてっきり! アブ夫さんはもうダメなんじゃないかって!」
「大丈夫だよアブ子さん! 俺は不死身だ! 絶対に! 俺は絶対に、死んだりするもんか!」
「アブ夫さん!」
「アブ子さん!」
ぷちっ!
ペンギンが、誤って二人をふんずける。
距離感というのはどうも、その個体の持つ大きさが基準であるだけの、曖昧模糊としたただの主観でああったようだだ。
アブの体は小さかった。彼にとって「やや下流」とは、いったい何十センチの差だったのだろう。
哲学!
深夜の暴走はまだまだこれからだっ!
「お前がそうやってすぐ暴走するから、責任を負わされて、最後はこうやってしっかり空に飛ばされる。すなわち因果応報。分かるね?」
「うっす」
カッセラにしばかれ泡を吹いているタコを前にして、ピヨール・マルクは打ち上げ花火に縛り付けられたアリのごとく真っ白な顔で不安そうに空を見あげていた。
「本当にこれでいいんだろうか」
「知るか」
「お前が悪い」
「カイシャクしてやる、ハイクを詠め」
「富士見川、波打つ暮れのトンキンに、流れ流され、なぜかしら飛ぶ」
「アブダケダブラ!」
「イヤー!」
颯爽と謎のニンジャスレイヤーが奥ゆかしく現れ、軽やかにバックフリップしながらしめやかに打ち上げ花火に松明で着火!
オチとか全然考えてなかったけど、これで世界が救われるのなら!
……どの世界が救われるのか知らんが、(自主規制)はみんなの希望を背に負って打ち上げ花火と共に、大気圏外へとしめやかに飛んでいった。
これで邪魔者はいなくなった。あとは人工衛星がどうにかなって、めでたくハッピーエンドを迎えるだけだ。
本当にそれでいいのか甚だ不安だが。
村長は未だにもじもじしている。
「なんだか嫌な予感がする……」
「こう、あれだ」
スーさんが微妙な顔をして突っ立っている。
飛行大会と言うやつはいつの間にか水泳大会になっていて、しかも最後はまだ誰もゴールしていないとうこの特殊な状況。
しかも、周りは水だらけでまだ最後のオチも何も回収していないし、しかもこのぐだぐだな展開、誰もこの先なんて考えていなかった。
審査委員もこの微妙すぎる展開に最後どう決着をつければいいのかそれぞれ考えあぐねていて、しかも背景では着陸に失敗したベスパとそのジェット機が、黒いクレーターになってプスプス燃えかけていた。
「まだ決着がついていないんだろう?」
誰かが言う。振り返ると、まずベレロポーンが難しい顔をしていた。
「うむ。終わっていない勝負というものは、いつか終わらせなければならんものだ」
――そうだな――
ジャンはぎょっとした。
「お、終わってない、勝負?」
「大会は終わった。色々な意味で」
色々含み顔でベレロポーンはうなずくと、隣に立つペガサスの首をそっと撫でる。
「だがまだ決着は付いていない。そういうものは、もっと早めに終わらせておくものだ」
レオナルドダビンチももったいぶって頷き、インド人も何かいいこと言いたそうに口を開く。
がっと後ろから誰かが腕を出してインド人を押し倒し、出てきたのはライト兄弟だった。
「おめでとう! 自分で言うのも何だけど、こういうの好きじゃない!」
「さっさと終わらせろ!」
イカロスも飛び出てきた。むしろ死んでなかったか?
「告白をするんだろう? 愛の告白とかいうの!」
空を飛べなかったモンゴルフィエ兄弟も現れて、この露骨に恥ずかしいいや、なんとも言いにくいこの状況をさっさと終わらせるべく首を突っ込んできた。
スーさんも腕を組んで次の展開に進ませたいらしい。むしろ、スーは自分の墜落した機体を回収する事を考えている様子だった。
「そう、次があるからさ。このレースの上位者は次の試合に出られる。村長、今回の大会の順位発表は?」
スーに催促されて、今まさに得点配分で四苦八苦していた村長が審査員と共にはっと顔を振り向かせる。
「え、ええーっと」
「何か、不都合でも?」
「その、皆さん、あの、あまり空を、ええと、飛んでいなかったようでして」
村長が、非常に申し訳なさそうな顔で顔を俯かせる。
ふふんと、皆さんの顔がちょっと怒りモードになった。
「ゴールはしたよね? 大会の規定だって、空を飛ばなきゃいけないっていうルールはなかった」
「いやーでも、あまりその、常軌に反するようなことは大会の気品としても、その」
「そんなものは最初から、無い」
「いやーハハハ、こ、困りましたなあ」
さっさと終わらせる!
「と言うわけで、今大会に参加した皆様方は、みんなそっろって失格!」
ぺたぺたと、ペンギンが近くの地面を走って行く。
その場にいた全員が絶句する。
前畑選手は泳いでいる!
その時。最後まで滑走路から離陸をしなかったあのゼッケン四番リンドバーグが、颯爽と飛んでいく姿が空に見えた。
『ちょっとニューヨーク行ってくる』
復路か! どっからどこにどうやって向かうって!?
クエー! と、ペンギンが鳴いた。
※※※※※
例えこの世界で完結したとしても、それは始まりが始まる前のほんの束の間の出来事なんだと、次がいつもこの先にあるからこそ今があるんだと、あとでリンドバーグは記者団に向かって言ったとか言わなかったとか。
そういう小難しい話は地の文が一人語りで言うもんじゃないって、邦画を酷評する毒舌ボットが言ってた。
その通りだと思う。
と、誰からも見えていない草木の茂る闇の中で、黒人通訳男性は懸命にデタラメな手話で世界に訴えていた。
「えっと、その」
「何か用? ジャンくん」
レースの一番最後のシメは愛の告白なんだって、誰かが言ってた。
古事記にもそう書いてある! だが!
ジャンはそういう、古くさいそういうしきたりにまったく慣れていなかった。
カスティヨッサも最初から何かキスしてやるとかそういうつもりはなかったし、でもこの二人の間に妙な、まあ、何かしらの感情があるのかもしれないが、ないのかもしれないが、そのーなんというか微妙な距離感が生まれてその隣ではメイド長がおっさんの顔で微笑んでいるし、執事も何か不愉快そうな顔をして腕を組んで顔をしかめている。
「何か、用?」
「あ、えっと、遅くなりました」
「遅いわね」
やっと夕暮れだ。長い一日だった。
大会主催者たちは撤収準備に入ろうとしているし、スーたちはもう自分の用は終わったと機体回収に向かっていた。
空に、徐々に影が広がり始める。
ジャンはモジモジしていた。だってさーそういうのって苦手なんだよー。
って、誰かさんが言ってた。マジで。ハッピーエンドとかこの世から消えてしまえばいいんだ。
「エート、そのー」
「遅い!」
作者と同様、この世のハッピーエンドを毛嫌いしているらしいゲルショッカー軍団(と、自称している全然知らない人)が、ジャンとカスティヨッサを見て飛びかかる瞬間を今か今かと物語の外で待ち構えている。
この緊張する瞬間! なぜそんなに、なんというかいろんな人に見られなければならないのか。
自業自得ですね。はい。
ついにカスティヨッサが動いた。
ぐいっと、ジャンの胸元を掴んでひきよせるとにんまりと笑い、それからそっと顔を近づける。
ゲルショッカーが反応する。
スーたちも、振り返ってジャンたちを見る。
ペンギンが鳴く!
前畑選手は泳いでいる!
「な、なに、カ、その……」
「ふふふ」
カスティヨッサは笑うと、そっと吐息を小さくジャンに吐いた。
オトメノアマイトイキガハナニカカル!
「ハッピーエンドが、本当にこの世にあるとでも思っていたか」
「!?」
「飛べッ」
突如カスティヨッサはジャンの体を突き放したかと思うと、おもむろに足下を蹴り上げて宙に飛ばす。
姿勢が不安定になったジャン! そこを問答無用で、カスティヨッサは必殺の真空蹴りでジャンを遙か彼方に蹴り飛ばした
「なんでー!?」
「この程度の物語で終わりなんて来ないのよ! しかも、こーんなロクでもないただのちっちゃな世界の自己満足なんて!」
「オチは!?」
「ナイッ!!」
「オタッシャデー!」
大会参加者も、ただの観客だった人も、宇宙人も未来人も異世界人も超能力者も、あとぜんぜん会ったことも無い人もある人も、振り返って星になったジャンを振り返る。
ごま粒みたいに小さな影。
モンゴルフィエ兄弟の気球から羊とアヒルとニワトリが顔を覗かせる。
んー飛んだ!
みんな飛んだ! ぶっとんだ!!
終わりだ終わりだ終わりだーっ!!!
ふんどし男は祭りのうちわを抱えて盛大に踊っていた。
魔女は濡れた服をたき火で乾かしている。
前畑選手は泳いでいた!
永遠のゴールに向かって!
その頃宇宙では。
人工衛星に打ち上げ花火ごとぶつかって機能停止に追い込んでいた自称熱血炎の東洋人男性の、偽物が、世界を救った? 崩壊に導いた? ということで衛星軌道上をふわふわ漂っていましたとさ。
アワレ(自主規制)よ、宇宙を漂い永遠に飛び続けてアレ。
……あれ、終わった?
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