第21話 前畑選手は泳いでいた! その2、の巻
※
『弾チャーァック! イマ!!』
「……む?」
『……?』
爆発の衝撃が、空にまったく届いてこなかった。
というよりミサイルが谷に突入していってそのまま、特に何も起こることなく静かでいる。
執事は機首を反転、大地が見えるよう方向転換してもう一度自分たちが撃った弾道ミサイルがどうなったかを確認した。
「な、なんだあれは!?」
『なななんですかあれはチーフ!?』
「……タコ! いや地下からデビルフィッシュが!?」
八つの脚をもつ、邪悪で巨大なタコがミサイルをすべて吸盤と脚で絡めて振っている。
他にも地下から溢れてきた化け物たちの進撃は止まらず、大会は完全に恐怖のどん底に落ちていた。
スーやジャンのグライダーは執事のジェット噴射やごたごたに巻き込まれて、ついに大地に墜落していた。
しかし!
「まだ勝負は終わってない!!」
前畑選手は泳いでいる!
高台前に不時着したスーが駆けだして、大会の最終ゴール地点を目指して走る。
ジャンもシルフィードから飛び出して走る。
「させるかぁ!」
執事はふたたび機首を反転、バルカン砲を対地モードで地面に向かって撃ちだした。
「うあ!? うわあああっ!?」
「う!? あ、あんにゃろメ!」
高台ふもとに来てまさかの足止め。執事のF―23は二人の脚を崖下の窪みに押しとどめて離さなかった。
しかし。
『やめなさいチーフ!』
『!? 貴様、メイド長の私の妹!』
『これ以上その物騒なものを撃つのはやめてください兄さん』
『ええい止めてくれるな妹よ! これは、私の責務だ! 二人を、ころ(以下自主規制)と気がすまんのだ!』
無線上の会話が大会中に聞こえだし、スーとジャンはそろそろと頭を覗かせる。
見ると高台の上に、ごっつい体つきに髭の生えた、いかにも男といった感じの女装した淑女が盾を構えて立っていた。
「この二人に手を出してはいけません」
『ええい止めてくれるな妹よ! まさか裏切ったのか!?』
「いいえ、そうではありません。ですが、あまり過剰に彼らに手を出されるのも、少し野暮かと」
そんな話なのか?
「それにこれ以上激しい攻撃を空から撃たれますと、お嬢様にも流れ弾が」
『……!? し、しまった!』
その無線越しの会話を聞いて、ジャンとスーも同時に駆け出す。
背後で大会発着場にF―23が慌てて垂直着陸を敢行しだす。しかしもう遅い。
「もう飛行機関係ねーじゃんっ!」
誰とも知れず、何者かがどこかでそっと呟いた。村長も同意して、一緒に激怒する。
最後の難関か、メイド長が駆けだす二人の前に腕を組んで立ちはだかった。
ジャンははっとして腕を構えた。スーも咄嗟に身を引く。
「どうぞ」
「!?」
だがメイド長はそう言うと、特に何の妨害もしようとせずそっと身を引いて、二人の前に道を空けた。
「お嬢様はあちらです。誰か一番最初なのか、首を長くして待っておられますよ」
「ち、ちっくしょうみんな勝手して遊びやがって! くっそう! 俺が、一番なんだ!」
「いいや俺だね。はははっ!」
「負けるかーっ!」
もう完全に飛行大会は関係なくなってしまった最後の決戦で、スーとジャンの徒歩一騎打ちが始まる。
その頃。
「なんで俺様の飛行機こんなに遅いん?」
意気消沈したベスパはふらふらとした様子で、谷間の川を飛んでいる。
だが高台の上でまだ二人がゴールしていない様子を見ると、いや、飛行機をそれぞれ降りて徒歩で最終決戦を決めようとしているところを目撃して、まだ自分には勝機があるということを見つけた。
「なるほどまだ勝負は終わってない! いょっしゃあ!」
ベスパはそう言うと、異物を吸い込んでエンジントラブルを起こしたエンジンを一旦停止。
燃料を、オートトランスを解除して予備の第八タンク直結に切り替える。
燃料が違うのだ。オクタン価が違うとか、混合比率を変えるとかそういう物ではない。
「ニトロ!」
ニトログリセリン!
ベスパは最後の破れかぶれで、エンジンが溶けるのも機体が破壊されるのも覚悟して最後の起爆剤をエンジンに流し込んだ。
突然、コクピットコンソールにあらゆる警告表示が出される。
「うははははっ! これで、俺が一位だ! 一等はモラッタ!! ああ!?」
目の前に謎の緑色の目、それから瞳孔の無い自然界の目が二つ並んでベスパの翼をひっ捕らえる。
「タコ!?」
深海から姿を現したタコはそのままベスパのジェット機をむんずと掴むと、未だエンジン部から煙を吐き出すミサイルとともにどこか遠くへと放り投げた。
ミサイル先端に衝撃が走り、信管が作動して大爆発を起こす。
ベスパのジェット機も真っ赤に燃え上がる。
「うい!? な、ななななななーーーッ!?!?」
空で大きく一回転! ベスパのジェット機はそのまま制御不能に陥ると、そのまま空の彼方に吹き飛んでいった。
最後の仕上げに入ったのはジャンとスーと執事と、最後の乱入者、タコだ。
「ちっ、ややこしくなった!」
なんとか高台上までたどり着いたジャンとスーだが、このまま勝負が終わるなんて事は有り得ない。
真っ白な深海タコが怨みがましくジャンたちを見下ろし、触手をふるって威嚇する。
この、タコが大問題なのだ。あと衛星軌道上の人工衛星?
どうしろと?
「コイツ俺たちを食べるつもりだな!?」
スーは身構え、メイド長も最後の盾を構えてタコの進撃に備える!
ジャンは、手元に何も持っていなかった。
「くそっ、ベスパの言うとおり何か持ってくるんだった!」
だがしかし! ここまで追い詰められてもカスティヨッサは余裕の構えだ。
彼女はそっと興味なさそうに横を向き、呟いた。
「勝つ。それ以外は、絶対に認めないからね」
「そんなの無理だってっ!」
特に人工衛星とか! このタコとか!
いったいどこから出てきたんだっての!
前畑選手は泳いでいた!
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