第19話 ラストスパートの一歩手前!、の巻
水の中をキラキラと、太陽の光りに白い腹ビレと尾を煌めかせながら魚たちが泳いでいく。
ペンギンは突然現れた化け物に気を取られ、ついサーフボードから転んで波の中に落ちた。
しかし目の前には魚がいる。本能的に、ペンギンは魚を追いかけるために勢いよく泳ぎだした。
ペガサスも泳ぎだした。これは、生きたいという衝動からだった。ベレロポーンはせっかく手に入れたペガサスを離すまいと同じく泳ぎ出す。それを追いかけて竜も泳ぐ。
アブのことなど知らん。
インド人も、愛するインド人のために泳いでいた! きっとそんな人がどこかにいるのだろう! たぶん!
スーも燃える情熱を胸の中にひた隠しながら静かに飛んでいたし、ベスパもベスパで空を飛ぶ理由はちゃんとあった。
この大会に勝ったら、ベスパはこの小さな村を飛び出してもっと別の世界に行くと決めていた。
原始人は愛する原始人子のため! 俺、この大会で一等をとったら、あの巨大な原始肉買って原始人子にプレゼントするんだ……と、記者たちのインタビューに応えていたとか応えていなかったとか。
群衆にはリボンを付けた原始人が固唾をのんで彼らの大木のオスプレイを見守っていたし、似たような理由でカスティヨッサだって、その隣にいるメイド長も、召使いも、村長もいろいろ見守っていた。
村長は、ぺらりと台本をめくってヒヤヒヤしている。
前畑選手は泳いでいる!
ゴールラインを見つめるフラッグマンが、白と黒チェック柄の旗を大きく振りあげる。
洪水の中で鎌首を持ち上げる化け物が、何か獲物を見つけたように顔をゆがめて牙を覗かせた。
その化け物が何匹も、何匹も飛び出していってペンギンや原始人たちを追いかけ始める。
観客がこのお呼びでない化け物を指さして悲鳴を上げ、選手も引きつった顔をして後ろを振りむいた。
悪夢だ! こんな悪夢があっていいのか? なのにまだ、ジャンの姿はどこにも見えない!
「おかしいわね。そうは思わないメイド長?」
「……」
メイド長はご多分に漏れず、お嬢様カスティヨッサの疑念の言葉に質問形を返さず黙った。
いそいそと潜水服を着て気密チェックをしている召使いたちの前で、カスティヨッサはそのまま不満そうな顔でどさりと席に座ってもたれた。
「だっておかしいじゃない。私の計算はいつだって完璧のはずよ」
「その通りでございます、お嬢様」
「なのになんでジャン君がどこにもいないの?」
「お言葉ですがお嬢様」
お嬢様が今まで自分で何か計算して、それを自分でちゃんとやった事なんて何もないはずだぞ。
潜水服を着た召使いの一人が、隣の潜水服召使いをどんと叩いて黙って目配せした。
女装した執事風のメイド長は、おほんと大きく咳払いする。
「何事も、自分の思い通りにはならないというのがこの世の常です。特に自分の手の届かぬ世界での出来事は、傍観者は傍観者、力のある者は力を使って変化を促す、それが世界の仕組みです」
「私はシャハラン家の令嬢よ! この私に、できないことがどこかにあるとでも言うの!?」
「出来ないことはありませんが、それでこのレースにお嬢様が手を出されてはレースの参加者の心を傷つける事になります」
「そんなことどうでもいい!」
珍しく怒りっぽい、というかいつも最後はこんな感じで怒り出すカスティヨッサはそう言うと拳を握って空を指した。
メイド長も慣れた様子でお嬢様の暴走を見守る。
「と申しますと」
「勝つのよ! 何が何でも!」
「ではそのように手配を致します」
メイド長はそう言うと、今のメイド長とカスティヨッサの会話をそのまま機上の執事へと転送した。
「了解です、お嬢様」
執事はそう言うと、秘密のコードを発動して上空の早期警戒機スカイサンダーへと転送した。
『し、正気ですかチーフ!?』
渓谷をかすめ飛ぶF―23の爆音が空に響き、上空のスカイサンダーからは若い仕官の戸惑った声が返ってくる。
「これもお嬢様のため。オービタルストライク、衛星軌道上の攻撃衛星を解放しろ」
『無茶です! あれはまだ試作段階です! 谷どころか、この周辺一帯が吹っ飛んでしまいます!』
「やるんだ! お前がやらないなら、私が使うぞ?」
『うっ、い、り、了、解……』
執事の強引な言葉に上空のスカイサンダー、管制官の若い仕官は苦しそうに答えるとコードマルマルナナの秘密のパスワードと番号を、執事、チーフの乗るF―23に転送してきた。
青い濁流の中でアブは溺れつつも、懸命になって愛するアブ子さんのために泳いでいた。
そのすぐ隣を、白い魚たちが泳いでいく。
前畑選手が泳いでいる!
怪物たちもそれぞれ獲物を見つけて濁流を泳いでいき、パイロットたちは最後尾の方にいる者たちから順に悲鳴を上げていった。
棄権して崖にすがりついていたただの魔女のコスプレ娘、それからふんどし男が怪物に迫られて絶叫する。
その時、九死に一生のタイミングで上空からF―23の一斉掃射が始まった。
声にも出せない激しい攻勢に、怒りのオーラと言うべきか無言の地の文と言うべきか執事の妄執が現れている。何人たりとも、お嬢様に指一本振れさせんという強い意志。
衛星軌道上の攻撃型人工衛星は、未だ定地点には到達していなかった。代わりに遙か遠方に潜む原子力潜水艦にミサイル発射指示が出る。
「いいわね、その調子よバルバロッサ!」
メイド長が特殊複合材でくみ上げた肩部用対衝撃携帯シールドを重ねて二枚ほど担いで構え、お嬢様はその後ろで呑気に午後のティーをたしなむ。
召使いたちが諦めた様子で濁流の中にとびこまんとした、まさにその時。
「……!!!!」
さらに激しい水しぶきが遙か後方で巻き上がり、今まで出てきた化け物とは比較にならない大きさの化け物と、墜落寸前のジャンのシルフィードが崖の中から飛び出して来た。
「あ、お嬢様あれを!」
「ふふふ計算通りね!」
本当かよ。
潜水服を着ていた召使いたちはとりあえず安堵の表情を浮かべて互いに抱き合い、メイド長も安堵した様子でまた懐中時計を覗き込む。
しかしこのままではまだまだ時間が足りない。先にゴールするのは誰だ? ペンギンか?
ペンギンは相変わらず魚を追いかけてゴールに一直線に泳いでいるし、スー選手のグライダー・シャドーレイブン号は執事の攻撃に巻き込まれて岩の破片を避けるのに精一杯だ。
ベスパもエンジントラブルか、かなり順位が遅れだしている。竜は崖に登って再度飛ぶ準備をしているし、ベレロポーンはまだペガサスを掴まえられていない。
ジャンは今、最下位だ! このままでは台本通りに何も進まない!
……台本って何さ?
村長は激怒した。
前畑選手が平泳ぎで泳いでいる!
全行程残り二キロ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます