第18話 なぜなら彼女はお嬢様だから……、の巻
高台上にある飛行場では、すでにゴール目指してラストスパートを掛ける選手の姿が見えていた。
カスティヨッサは望遠鏡を覗き込んで、その先頭集団にも後続にもジャンの姿が見えない事に気づく。
どこにもいない。棄権したか?
大会本部の方では未確認情報として、ゼッケン十八番のジャンが墜落したという話が入っていた。
コースを監視する監視用気球の監視要員から非常の旗が振るわれて、幾人かのレンジャー捜索隊が慌てて招集されている。
カスティヨッサはにわかには信じられなかった。まさか自分の計算が完全に外される事など、最初から考えてすらいなかったからである。
彼女の計算が外れる事など、ありえない。あってはならない。
なぜなら、お嬢様だから。
「……ん。いいえ、まだベスパちゃんがいるわ!」
「お嬢様、どうやらスー選手の方が有利のようでございます」
「えええっ!」
「ちっくしょうなんで抜けないんだよ! なんで!? だって、こっちは最新型のIHI製ターボファンエンジンのホワイトホールⅡ様搭載だぜ!?」
ベスパはがむしゃらに操縦桿を振り回していた。
目の前ではスーのグライダーが可憐に宙を飛び、ベスパの機体は細く狭い渓谷を大振りに旋回しながらなんとか規定コースを外れないよう空を飛んでいる。
丁寧すぎるスーの機体の操縦に、崖と崖の間の細いコースに機体を振り回されて、ベスパは大出力エンジンの性能を生かし切れていない。
「クソッ、あんなオンボロのただの空飛ぶタコに、なんで俺様のジェットエンジンが!」
忌々しい撃ち落としてやる! と思ってベスパは操縦桿のトリガーを探したが、残念ベスパの機体はただの民間機だった。銃は持っていない。
代わりに体当たりはできる。
「エーイこのーっ!」
ベスパは乱暴に機体の翼を幅寄せすると、スーのグライダーを渓谷の谷間にたたき落とすべくニアミス寸前の暴力に打って出た。
その時である。後方から、遅れに遅れていた原始人の丸太棍棒オスプレイが岩を飛ばしながら強引に割って入ってくる。
「うおおっ!!??」
「……………………!!!!」
ベスパの幅寄せに、自分から割って入って来た原始人の操縦士が棍棒を振りあげて「気を付けろ!」のジェスチャーをしてきた。
ベスパは忌々しそうに原始人を睨み、ふたたびフワリと翼を離す。
「ちっ、この未開の木偶の坊原人め! テメエらなんか、棍棒持ってどっかのマンモスでも追いかけてればいいんだ!」
ドガーン!
予想外の横槍。
渓谷脇を流れる小さな川にこんこんと湧き出る地下水を流す水源から、何者かが内側から吹き出て外に溢れて空の上に何かを大量に漏れ出させてきた。
「な、なんだなんだーっ!?」
まずは、大量の地下水。
太陽の光を受けてキラキラ輝く地下水を受けて、ベスパもスーも懸命になってその水しぶきを避け続けた。
特にベスパは真剣だ。エンジンに水が入ったら、墜落は必須だ。
原始人グループは中のエンジン九人組がオーバーヒート気味だったので、潔くこの地下水の噴水を受けてクールダウンに成功した。
原始人リーダーが棍棒を振りあげ、くぐもった雄叫びを上げる。
エンジンの人たちも声を上げる!
出力アップ!
ついでに後方から勢いよく追い上げてきたベレロポーン&ペガサスが水を被り、日焼けした肌と薄い絹の生地に水滴を垂らしてかき上げた。
「ほほう、これはいい水だ! そうは思わんか竜よ!」
――ええいこの期に及んで!――
竜は忌々しそうに火炎をベレロポーンに吐きかけて、地下水が火炎をはじき返した。
ついでにごくごくと、ペガサスが地下水を飲んで喉を潤している。
――なに!?――
「火が弱いのは水だ! かかったなキメラ!」
――おのれベレロポーン!――
未だに互いの衝突を止めないキメラと竜に、そろそろ目標をはき違え続けていることに頭に来ていたペガサスが名案を閃いてきょろりと目を動かした。
……目の前にアブがっ!
とりあえず悪いのは全部このアブのせいにして、今すぐこのバカ主を蹴り飛ばしてしまえ!
そう、このペガサスは思ったのだ。史実が本当はどうだったのかは知らない。
「ひひーん!」
「グワー!」
ペガサスの勢いのいい蹴りをまともに食らい、ベレロポーンはピンボールのようにして竜と崖のあちこちにぶつかって地下水の濁流の中へと落ちていく。
勢いにつられて、竜も濁流の中へと落ちていく。
アブも濁流に落ちる。
ペガサスも濁流に落ちる!
インド人は濁流に飲まれているがもう気にしていない様子!
ペンギンは岩のサーフボードで波乗りをしている!
前畑秀子選手(1936年ベルリンオリンピック)が平泳ぎをしている! 中継は、河西三省アナウンサー前畑ガンバレ! 前畑ガンバレ! あと十メーターで百 五十っ、僅かにここでリード! 前畑ガンバレ!
権利関係は大丈夫なのか?
ここで魔女とふんどし男たちがリタイア!
しーかーしー空を飛ぶ少年ジャンの姿はまだどこにも見えてこない!
ジャパンワールドカップみたいになってきた空飛ぶ混戦劇場、司会がラジオ中継のために手に汗を握って前畑選手を応援している。
前畑ガンバレ! 前畑ガンバレ! 前畑ガンバレ!
しかし、それは、ベルリンオリンピックだー!
ということで村長らと役員がこの予期せぬ大洪水の顛末を見て呆気にとられていると、地下から溢れる水の量はどんどん増えてきて渓谷中の谷という谷が埋め尽くしていった。
ペンギンにとっては天佑だろう。ペンギンは余裕の表情でヒレを上げると、サーフボードを乗り回して波の上を滑っていた。
残り数キロ! 前畑ガンバレ!
村長以下役員たちが慌てて観客らの安全を確認しようとしていたとき、ついにどこかで岩が崩れる音が聞こえてくる。
水が溢れる先で、地下の堤防が一気に決壊した音だ。
これから今まで以上の勢いで水が溢れてくる! 前畑ガンバレ!
村長は大会主催者の権限で、大会中止を決定しようと決めた。
カスティヨッサのいる高台の後ろで、召使いたちがいそいそいと自分たちの潜水服を着だす。
前畑ガンバレ! 前畑ガンバレ! ガンバレガンバレ! ……そのとき。
「諦めんなよ」
また不穏な風と共に、謎の東洋人男性と通訳が顔を出してラジオ中継中の局員のマイクをぶんどった。
「前畑ガンバレ! 前畑ガンバレ! 前ハタガンバア゛ア゛ア゛ッ!?」
「諦めんなよ! どうして諦めるんだそこで!!!」
モザイク仮面の熱血東洋人男性はそう叫ぶと、水の溢れる渓谷の先、選手たちが飛んでいるコースの遙か後方を指さした。
最後尾の執事の戦闘機と、小豆色の布を被った原住民たちミニドラゴンの集団が現れる。
と同時にまた何か異変が起こり、ごぼり、ごぼりと派手な音がして地下水の流出する量が若干弱まった。
「応援してくれてるみんなのこと考えてみろよ! 俺だってここで、マイナスさん……」
言いかけてモザイク仮面の熱血東洋人男性は、ボイスチェンジャー声でふと周りを見渡す。
別にシジミなんてとってないし、マイナス三十度の所に防水ツナギ着て入っているわけでもない。
「こう……いろいろトゥルルってガンバッてんだよ!!!」
モザイク仮面の熱血東洋人男性はゲホゲホ言いながらごまかした。ボイスチェンジャーの声はいつだって不明瞭だ。
黒人通訳男性は行方不明になっていた。現実世界でも。
ボゴンボゴンと水から溢れる気泡の数に、今度は遠目にも分かる勢いで原住民たちの集団が騒ぎ出す。
それからぬっと顔を覗かせ目を光らせたのは、巨大な、地下から出てきた謎の白い生き物だった。
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