第14話 Nice boat.、の巻

 バッコーン!!

 熱血東洋人男性『(自主規制)』がジャンの家の玄関を一撃で蹴り開けたとき、家の中は無人だった。

 点いたまま、寂しそうにテーブルの上に置かれているラジオ。

 内容はこの村の近くにあるラダー渓谷で開かれている飛行大会の様子を中継している、ラジオ局員の生中継だった。

 (自主規制)は家の中を記者たちを連れてずかずかと歩いていき、ジャンの開け放した格納庫へと通じる通路を歩いてふと立ち止まる。

 何か、懐かしい記憶がふと蘇りかけた。

 突然(自主規制)が歩くのをやめたので、後ろに続いていた新聞記者たちがぶつかりそうになって慌てる。

「どっどうかしましたか?」

「……いや」

「しかし(自主規制)さん、あなたこれ、ちょっとまずいのではないですか?」

 記者の言う質問というか、率直な疑問の声に対して、(自主規制)は不思議そうな顔をして振り返る。

「なんで?」

「だってその、いくら、取材って言っても、これ住居不法侵入ですよね?」

「うーん」

 記者がしゃべった言葉をラジオがしゃべり、そのラジオがしゃべった声をまた記者が持っているマイクが拾ってラジオがしゃべる。その永遠無限エコー(ハウリング)が耳障りなほど甲高いキンキン声になってきたので、(自主規制)は家のラジオの電源を切った。

 もともと(自主規制)は(自主規制)なんていう変なキャラじゃなくって、もうちょっとまともな老人だったのだ。

 今は何か顔がよく分からないモザイクみたいになっているが。

 それは中の人がルート999を歩いているときに、間違えてテレ東の電波を受信して閃いちゃったからなので、文句がある人はあとでテレ東に文句言ってください。

 (自主規制)は黒人通訳男性が訳している謎のナレーションに顔のモザイクをしかめると、ふと静かな家の中を見回して立ち止まった。


トゥルルルルルルルルルルルッ


 突然家の電話が鳴り出して、(自主規制)はびっくりして肩を震わせた。

 何に驚いたって、聞き覚えのある電話の呼び出し音だったのだ。

 (自主規制)は、この家に来た事がなかった。なのに、なにか色々知っていた。

 目の前に、広げっぱなしでおいてある古い空の本がある。

 試しに本を広げて読んでみると、面白かった。

 けど何か、何か胸ににひっかかる何かがあってちょっと声に詰まる。

「これ読んだことあるなァ」

 ボイスチェンジャーで編集したような甲高い、いやものすごく野太いような声でしゃべると、(自主規制)はそっと本をテーブルに戻した。

 今、(自主規制)は古い都営住宅に住んでいた。

 都営ってどこかって、都営は都営だよ。よくある、シルバーハローワークとかどっかで斡旋してるような貧乏団地。

 お隣さんはホームレスみたいな。(自主規制)も、ホームレスみたいな。

 彼は単身だった。そして彼は、自分がいったい何者なのかを知らなかった。

 気が付いたらじっと真夜中のテレビの砂嵐を一人で見ていたし、気が付いたらどこか町の汚い路地裏を一人でさ迷っていた。

 体中も謎の傷だらけで、どうして自分はここにいるのか、その怪我の理由は何なのかを職員が(自主規制)に聞いても、(自主規制)は何も答えられず黙っているばかりだった。

 だた気が付いたら、ジャンが飛んでいる姿を遠くから見ていたし、まったく自分には関係ないはずなのにいつの間にか、まるで自分が飛んでいるかのように一生懸命ジャンを(自主規制)は応援していたのだった。

 理由は、分からない。

 でもなんとなく。

 地下のドックへと続く急な階段を下りて、戸口の鍵を開けるために壁際のキーホルダーへと自然に手を伸ばした。

 そのあまりにも自然な動きに最初記者たちが疑念の目を向けて、黒人通訳男性も自分の頭の中でささやいている天使の言葉に微笑んで、熱血東洋人男性も、自分自身の奇行にすぐに気付いて手を止めた。

「俺この家知ってる」

 ボイスチェンジャーの、低くて高い耳に障る声が廊下に響く。

パシャリと、なんとなくカメラマンもフラッシュを焚いて廊下に白い光りが入る。

 熱血東洋人男性が鍵を開けてドアを開くと、中には飛行機のガラクタが大量に積み上げられていた。


「やっぱね!!!」

 村長がハンディラジオに耳をへばりつけ、(自主規制)がどこかで何かやってる様子を生中継を聞きながら今度はハイテンションモードに切り替わっていた。

「そんなこったろうと思ってたんだよ! もう飛行大会カンケーねぇじゃん!!」

 口汚い言葉で色々と罵っている村長を、選考委員たちが力づくでラジオから引きはがす。

 首ったまを掴むと、そのまま都議会まで連れて行って百条委員会を開くよう議会に要求した。

 しかし要求に対して、自民と公明両党は「時間がない」「やる気もない」と言ったきり首を振って難色を示す。

 しかしここで共産党が立ち上がると、おもむろにマイクを取って壇上に登壇し顔つきを険しくしながら、こう(映像が乱れておりますが 暫くお待ちください)


(Nice boat.)

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