第13話 禁断の登場人物、ラケットを振るう熱血東洋人男性登場!、の巻

 大会本部の方では、やきもきしながら村長が望遠鏡でパイロット達の様子を見ていた。

「まだ死人は出ていないようですな」

「しかし相当もうかなり被害が出ているようですな」

「試合はもうそろそろ後半です。しかし、このままだと誰もゴールできないのではありませんか?」

 疑り深い、神経質そうな顔の審査員がテーブルの上に表を置いて見守っている。

「もうすでに多数の選手とその乗り物に被害が出ている。このままでは大会そのものに被害も出ましょう」

「それはあそこの特別席にいる人に言ってください」

 村長はうーんと悩みながら、本部からもよく見える特別席の上の方、一人の少女とそのお付きの者が立っている丘を振り返った。

 審査員も振り返る。

「あの人は?」

「この大会に、寄付をしてくださっているこの村の人ですよ」

「ああシャハラン家の?」

「それでは仕方ないですな」

 別の審査員もうんと唸って、それからまた人差し指を立てて村長を振り返った。

 開会前のあのハイテンションはどこへやら。村長はすでにネガティブモードに突入していた。

「しかし、事故の責任は責任者のものですぞ。もし大会に何かあったときは……」

「諦めんなよ」

 突然、不穏な風とともに一人の謎の男が、大会本部のテントに勢いよく割って入って来る。

 村長以下、審査員たちが男を振り返った。

 男は、どこか元テニスプレイヤーの誰かにそっくりとも言えなくもないような、とても熱血的な謎の東洋人男性だった。

 隣には手話通訳の黒人男性も立っている。

「諦めんなよ!」

 手話通訳が目だけを動かして、素早く手話通訳を開始した。

『稲妻』

「……あなた誰ですか?」

「どうして諦めるんだそこで!!」

 戸惑う審査員たちの言葉を振り切って、熱血東洋人男性は腕を振るい汗をほとばしらせた。

 黒人通訳男性も指を振るい汗をほとばしらせる。

『ロバ。エビ。バナナ』

「応援してくれているみんなのこと考えてみろよ!」

『れっつぱーりぃ! 小さな箱』

「ダメダメダメ諦めたら!!!」

『確かに演説は退屈だ。俺だってそうよ。どうして誰も分かってくんねーんだって、なるんだよね』

「でも大丈夫!」

『俺に着いてこい!』

 黒人通訳男性は手話を終わらせると、熱く燃える謎の東洋人男性の方をきょろりと目だけで見た。

『でも病気をネタにするのはよくないです』

 村長以下、審査員達は呆気にとられてこの二人の男達を見た。

「あなた一体誰なんです?」

「彼の苦労を一番よく知ってる人だよ!」

 東洋人男性はテニスのラケットを素振りするふりをして、その場でステップを踏む。

「なんでもラケットみたいにして振り回しちゃう!」

 黒人通訳男性も手話を介して、東洋人男性の言葉の翻訳を続けた。

『手話のチャンピオンです』

「えー部外者の方ですね?」

「(自主規制)です!」

 熱血炎の東洋人男性は、瞳をきらきら輝かせてそう答えた。

 村長がガタガタと体を震わせ小声で「どうしていつも私の所には変な人しか集まらないんだ」とつぶやく。

 気をきかせた審査員と他の数名が警備員を呼ぼうと外に声を掛けたとき。

「ちょっと待った!!」

 東洋人男性はそう言うと、テントの外に集めていたらしい新聞記者たちを大会テント内に招き入れて突然、村長の持っていたマイクを取り上げた。

「あっ何を!?」

「もうここまでむちゃくちゃやったら何やっても許される気がする! いやぜんっぜんダメだけど! でも大丈夫!」

 (自主規制)はそういうと、マイクのスイッチをおもむろにオン。

「どんとうぉーりー、びー、ハッピー!(気にしなければ、しあわせになれる!)」

 黒人通訳男性も、呆れて壇上の(自主規制)を振り返った。

「なぜジャンという一人の少年が、ただ空を飛ぶだけのことにこんなにも熱くなれるのか、その理由をみんなはまだ分かっていない!」

 パシャリと記者の一人、カメラマンが壇上の(自主規制)を写真に撮った。

「それは、ジャン選手のお父様と何か関係がある話ですか?」

「俺だってそうよ! 全っ然意味が分からない! でも誰にも分からないことなんだよそんなことは!」

 熱血東洋人男性は記者の質問を全無視して続けた。

「でもね、彼のお父さんはずっと空を飛び続けてきたんだ! 理由なんてなかった! けど彼は、ずっと飛んでいたんだ! 遠くの空を!」

「あの空中分解事故ですか!」

「なんで人はみな空から堕ちちゃうのか、あなた知ってる!?」

 記者の質問をまたぶった切って逆に質問し返した(自主規制)の言葉に、記者たちは何も答えられず、ただ黙ってマイクの先を決められずに迷っている。

「そんなことここで話せる話じゃないんだけどね」

「ではどうしろと?」

「もう時間(ページの余白)が無い。だから、直接みなさんにお見せしましょう! なぜ自分たちは、誰も空を飛ぶことができないのかを!」

 (自主規制)はそういうと、マイクのスイッチを切ってテントの中から出ていった。

 慌てて記者とカメラマンが(自主規制)のあとに着いていき、ぽつんとその場に取り残された黒人通訳男性も慌てて自分本来の仕事に戻ろうと手話を始める。

 村長や審査員たちも、呆気にとられて今しがたテントを出て行った男の後ろ姿を見続けていた。

「今のはいったい誰?」

『地の文の人の心の叫びです』

 黒人通訳男性が、振り返って手話で村長たちの質問に答えた。

 あとから走って戻ってきた(自主規制)が男の首っ玉をひっつかみ、支離滅裂な手話を繰り返す黒人通訳男性の言葉をいそいで修正する。

 (自主規制)の言う正しい言葉と、黒人通訳男性の話す手話の内容は完全に食い違っていた。つまりすべてデタラメである。

 けしからん存在である。

「ぼくは『盗んだ操縦桿で宇宙も飛び出す男』、(自主規制)です!!」


 みらいのことも、思っちゃダメ。不安になってくるから。

 あはぁん?

 地図に殴り書きされたふざけたみたいな言葉が書いてあって、ジャンはそれが亡き父の言葉だと分かるのに結構な時間を割いてしまった。

 父はどんな人だったのだろう。空を飛ぶジャンには、その父の記憶はない。

「あのマイクの声うるさい!」

 迷い込んだどこかの谷と谷の間を飛びながら、風に乗って聞こえてくる大音響の声にジャンは嫌そうに眉をひそめた。

「おっと!」

 この渓谷はさっきと違ってかなり縦の奥行きが浅い。すぐに指定高度を超えて機体が上がってしまいそうになるのを堪えながら、ジャンは慎重に操縦桿を操作した。

 すぐ上には照りつける太陽。それから冷たい風。風向きを調べる赤と黄色の紐が機体の先端で斜めに流れ、自分が風に押し流されているのに気づく。

 急いで地図を広げると、そこは要立ち入り禁止空域のすぐ近くだった。

「しまった! あそこ、風のるつぼになってるんだな!?」

 風のるつぼとは、地形の影響で周囲の空気全体を吸い込んでしまっている所だ。

 その流れに飲み込まれると谷間からは二度と風に乗っては出られなくなる。

 だがるつぼに飲み込まれなくっても、飲み込まれる前にるつぼ手前の風の渦に流されて、運が平凡以下なら地面に叩きつけられるし、運が良ければそのままキリモミに陥って羽がもぎ取られて、やっぱり地面に叩きつけられるだろう。

「そうはいかない! ああっ!?」

 操縦桿を傾けても翼はちゃんと動かず、機体はどんどんるつぼの方へと流されていた。

「クソッ、こんな時にトラブルか! ええどこだ壊れたのは!?」

 操縦桿を縦横斜めに傾けてみて翼の動きを調べてみる。

 どうも、左側のケーブルのどこかに不具合が出ているらしかった。切れたわけではないらしいので、たぶんケーブルを接合する部分のナットが外れかかっているのだろう。

 尾翼の方は動きは顕在だ。となると、疑われるのはあそこだろうか。

「まだいけるか!?」

 穴だらけ、傷だらけのシルフィードは少しずつるつぼの方へと向かいつつあったが、ここでジャンは賭に出る事にした。

 気流を利用して規定高度すれすれまで上昇、そこから下降に転じて、るつぼの渦と気流と勢いを利用して流れから脱出するのだ。

 るつぼの穴が見えてきた。かなり大きい。だが見た目よりもるつぼの渦はどこまで広がっているのか。その流れの、最先端で上昇から下降までを全部一気に終わらせないと、機体はそのままずるずるとるつぼに堕ちることになる!

 ジャンは慎重に操縦桿を握ると、その手先に集まる全神経を使って翼の表面を流れる風を感じとった。

 るつぼの風には僅かな乱れがあった。その乱れは、外の風とは動きも温度も何もかもが違う。その若干の違いを読み取って渦の境界線を調べるのだ。

「!!」

 翼の風が変わった。先ほどよりもはっきりと、強く、風の向きが変わる。そこからジャンはシルフィードを上昇に転じさせために尾翼を操作、基地高度からの差でカウントする絶対高度計から、今自分がどの高度を飛んでいるのかを素早く計算した。

「耐えてくれよシルフィード!」

 ジャンは言うと照りつける太陽の下で無意識に歯を食いしばった。

 ふと、気づくと唇から血が出ていた。そうだ血だ。血の味はまずかった。

 空は孤独だったんだと、ジャンは初めて気がついた。そして、寒い。凍えて死んでしまいそうなほどに。

 シルフィードの翼から氷の欠片が飛び散っている。翼が重い。

「速度が思ったほどに出ないぞ! どうなってるんだ!?」

 父は、こんなに辛い空を一人でずっと飛んでいたのだろうか。

 父の地図にはまだ何か書かれていた。けれどその地図の文字を読んでいるほどには暇が無い。

 するとまた目の前に、あの翼の生えている空飛ぶ白馬に乗ったお邪魔虫が現れる。

「小僧ーっ!!!」

「げっ、ベンさん!」

「誰がベンさんだコラァ!!」

 ベレロポーンは馬上から叫ぶと、ポセイドンからいつの間にか拝借していたとしか思えない槍を手にとって勢いよくシルフィードにぶん投げてきた。

「ひい!?」

「避けるな小僧! そしてそのまま沈めっ!!!」

 二撃目の槍がベレロポーンの手に現れて投擲される瞬間、またしても予想外の方角から炎の攻撃を受けてシルフィードは体勢を崩す。

 ――人よ、越えてはならぬ一線を知らず、ただ己の欲望と無知に任せて空を汚す罪深き獣よ――

「また貴様かッ!!!」

 三撃目の槍を用意して構えるベレロポーンに、炎を吐く竜のキメラ、シルフィードのジャンはそれぞれるつぼの風の中で対峙する。

 さらに風にのって小豆色の衣を着た原住民たちも集まって、遠巻きにジャンのるつぼ脱出を今か今かと見計らっていた。

「でっ、か、囲まれた……」

 うまくシルフィードがこのるつぼを脱出できても、その瞬間にジャンの翼を襲うつもりなのだろう。

 それにこの竜とペガサスの戦士たちの争いだ、無事にやり過ごせるとは思えない。

「一等の栄光は俺が手に入れるのだ!!!」

――ニンゲンのブンザイで空の覇者を気取る気か!!――

 キメラが勢いよく炎を吐きかけ、ベレロポーンはペガサスの横腹を蹴って勢いよく空を駆ける。

 ――覚悟するがいいニンゲン! 二万年前の決着をつけようぞ!――

「望むところ!」

 熱した鉛入りの瓶をどこからとも無く用意したベレロポーンは、上空からキメラの口めがけて丁寧にその中身を流し込み、キメラもなぜか口を開けておいしそうに熱した鉛を受け止める。

 現実の彼らは、どうやって溶けた鉛をキメラの口に入れて退治したのだろう?

 ――ア、熱い!!! くっ、しまった罠か!?――

「ハッハッハハア! どうだ、二万年ぶりの鉛の味は!!」

 ――おのれベレロポーン!!!――

 短く、分かりやすく、寸劇っぽい動きでベレロポーンとキメラが再び対峙しあっているその時、どこからともなく空域に突入してきた空対空ミサイルが!!

「グワー!」

 ――グワー!――

 竜とペガサス戦士にミサイルが直撃して爆発! るつぼの風を取り囲む原住民たちの包囲網の一角が乱れて開き、外から一機の灰色の戦闘機が突入してきた。

 執事のF―23ステルス戦闘機だ!

「げっ、執事さん!?」

「執事だとぉ?」

 先ほどのミサイル攻撃を盾で防いだらしいペガサスの戦士が、血だらけになりながら顔を上げる。

 見ると執事の方も、ペガサスとジャンを見て戦闘機の中で不敵に笑っていた。

 すると背後で何者かが、太陽の光を遮って巨大な影をジャンの翼に落とした。

「竜!?」

 ――ウロコがなければ即死するところだった――

 竜はそういうと自分の腹をぽんぽんと払って、するどい目つきで執事のF―23を睨む。

 ――なかなかいい攻撃だ。隙あらば抜いて地に叩き落とす、フム、競争とはそういうものだな――

「好敵手の登場か、だがまずは弱い方からだ!」

 ――同意見だベレロポーン!――

 るつぼの風の離脱限界点が近づき、ジャンは未だシルフィードを予定高度まで飛ばせないでいた。

 しかし、竜とペガサスの戦士は容赦なくジャンのシルフィードを追いかけ始める。

 翼もうまく動かない。氷が翼にへばりつき、シルフィードの高度も容赦なく落ちていった。

「く、くそっ!!」

 シルフィードの苦戦を尻目に、執事のF―23は旋回飛行を続けている。

 竜の火炎がシルフィードを襲い、ペガサスの戦士の投げる槍も容赦なくシルフィードをるつぼの底へと追いやった。

「堕ちろ小僧!」

「あ!?」

 投げた槍を再び手に取りジャンのすぐ目の前に迫ったペガサスの戦士、ジャンと視線が合う。

 ぶつかる!?

 咄嗟でジャンのまぶたが閉じて、操縦桿から残酷な衝撃が伝わってきた。

 機首先端のピトー管、気流を見るための細い糸、翼の先端から尾翼にかけて唸るように風が通りすぎていき、気づくとジャンはまだ空を飛んでいた。

「……えっ? わあ!!」

 後ろからは相変わらず竜の火炎が迫っている。

 ジャンはもう何度繰り返したか分からない回避行動を取るが、気づくとペガサスの戦士がジャンと併走する形ですぐ横を飛んでいた。

「小僧! 見覚えのある機体に乗っているな! 貴様、名は何という?」

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