第12話 執事の猛追、シルフィードの危機!、の巻
とりあえずジャンは、自分が今すべきことだけに全神経を集中して目の前のリングを目指すことにした。
先ほどの竜とペガサスのごたごたに巻き込まれて、もう結構な時間をロスしている。
空中に浮かぶリングはすでにもう何名かパイロットがくぐり抜けており、気球にはそれをカウントする審査員、それから特別席に座る観客達がめいめいに黄色いハンカチを振っていた。
客たちが、それぞれひいきにしているらしいパイロットの名前を口々に叫んでいる。
ジャンの名前を叫ぶものはいなかった。
「ちぇっ、誰も俺のこと応援してくれてる人なんていねーのかよ」
ジャンは一人こっそり愚痴ると、シルフィードの翼をリングに通してポイントを稼いだ。
レースは、まだまだ前半戦だ。
『あらそんなことはなくてよ?』
地上と機内通信を有線で繋ぐ通信回路。
地上の整備員二名がそれぞれ親指を立てクルーチーフが腕を振るって機体誘導をしている時、カスティヨッサの声と立体画像が執事の操縦するF―23内部に響いた。
「お嬢様、ターゲットの最終確認を致します。私めはいつも通りに、お嬢様の純潔を守る、それでよろしいでございますね?」
『違うわよセバスチャン。私はジャンくんたちの一等賞が取れればそれでいいの。あとは何とかなるわ』
「つまりジャン様やベスパ様が一等を取れば、あるいは一等を私めがとれば良いと、そういうことでございますね?」
たまに無線状況が悪くなって映像が細かく途切れる立体画像で、緑がかったカスティヨッサの全身が少し考えるようにして横を向く。
『そうね。うん、だいたいそんな感じ。でも誰も傷つけちゃダメよ?』
「もちろんでございますとも、お嬢様」
執事さっきまでフランク、今セバスチャンの人は堂々とFCS安全スイッチを切り、最後のトリガーピンを引っこ抜いて射撃許可を機体に与えた。
しかしカスティヨッサの方からは、執事のその行動は何も見えない。
「私めは常に、お嬢様のことだけを第一に考えて行動しております。屋敷の者も、メイド長以下小間使いまでが全員そうであるように」
『そ、そう。じゃあ期待しているわ』
「お任せください、お嬢様」
執事の乗るF―23は勢いよくバーナーを吹かすと、スロットル百トルク九十で勢いよく垂直離陸を開始した。
目も開けられないほどの勢いで吐き出される黒い排気ガスに、滑走路上に残されていたヘリコプター型無人機とレオナルドダビンチが吹き飛ばされる。
ダビンチは目を細めてその異様な灰色の戦闘機を見あげ、カスティヨッサも観覧席の上で帽子を抑えつけながら執事の出撃を見守った。
『行ってきます、お嬢様』
三人のクルー達が一斉に敬礼し、執事は機内からヘルメットと酸素マスクを着けて親指を立てる。
いなくなった執事の代わりに今度は名も無きメイド長がカスティヨッサ嬢の隣に立ち、また何事もなかったように黙って新しいお茶をカップに注ぎだした。
「だんだん面白くなってきたじゃない。ねえ、そう思わない? えーっと、あら?」
カスティヨッサは後ろを振り返って、ふと新しい(そうでもない)メイド長の顔を見てその顔に見覚えがある事に気付いた。
「あら、あなたさっきの執事……」
「の、妹でございます、お嬢様」
「あらそうなの?」
「はい」
執事が女装しただけの格好にそっくりな、新しい謎のメイド長はそう言って微笑んだ。
『以上で離陸管制を終わる。グッドラック、サファイアワン』
「サンキュータイガー。幸運を」
執事はそう言って地上無線を切ると、次に要撃管制のための周波数帯に無線を切り替えた。
「こちらサファイアワン、要撃管制、スカイサンダー聞こえるか」
『こちらスカイサンダー、感度良好これより貴機は当方の指揮下に入る』
無線からは、若い仕官の声が聞こえた。
執事は機体のスロットルを引き絞り渓谷への入り口へと、機体を流すようにして飛ばす。
『ようこそ、空の戦場へ! お嬢様はお元気ですか、チーフ?』
「無駄口を叩くなスカイサンダー、任務遂行だけを考えるんだ」
『り、了解!』
「ウェポンベイオープン、射撃管制を」
執事はそういうと、機体に搭載されたFCSを開きターゲットの情報をコンピュータに入力していった。
『そのまま西北西へ二十、マイナス三百、AIG』
「周囲に民間人は?」
『確認完了、周囲は無人です! 存分に暴れてくださいチーフ』
「ターゲットを確認した! ターゲット、ロック」
『爆撃を許可します! キルゼン!』
「ファイヤー!」
遙か上空を飛ぶ早期警戒機。
爆音を鳴り響かせながらライ麦畑に突入してくる最新鋭機、ライト兄弟はハッとして空を見あげた。
次の瞬間、対地ミサイルがライト兄弟の滑空機フライヤー号目指して飛んでくる。
爆発と、煙、それから麦畑をえぐるようにして大量の鉛弾がぼこぼこと地面に穴を開けていく。
ライト兄弟は間一髪でライ麦畑の近くにあった岩陰に隠れたがそのすぐ後、真上を灰色の戦闘機が飛びすぎていって最後の爆弾を地上に投下していった。
だめ押しの一撃に、黒煙が麦とライト兄弟のフライヤー号を燃やして空に上がる。
ライト兄弟は大声を上げながら、悔しさにその場で泣き続けた。
「ほお、ゼッケン三番が堕ちたようですな」
「煙が?」
「そのようで」
観客席近くに座る上空監視員が、近くに立つ村長とその他の審査員たちに告げる。
「どうします、ゼッケン三番はもう飛べないようですが」
「失格ですかな」
村長は少し不安な顔をして、隣に立つ審査員を振り向いた。
「飛べなければ、失格でしょう」
「では失格と言う事で」
「ゼッケン三番失格!」
会場中に謎の歓声が広がり、村長はやや不安そうな顔をしてまた後ろを向く。
「今年の大会は、どうもあぶない。いや危険だ。このまま何も起こらなければいいんだが……」
ゼッケン三番、空を飛べなくなったライト兄弟は失格になった。
※
コース内飛行リングをくぐったシルフィードは、先を行くトップグループとボトムグループのちょうど中間くらいに位置して空を飛んでいた。
先行しているらしいグループの内容は、グライダーのスーとベスパが僅差で争っており、それからかなり遅れてジャンのシルフィード、ペガサスと竜、原人の丸太オスプレイ、リンドバーグはまだ離陸準備中で空を飛んでおらず、ペンギンとうちわの人と魔女とインド人は例によって行方不明になっている。
それ以外の人らは皆失格か、空を飛べていないか。
気球やその他、上空を飛んでいる飛行船では応援の観客や他のパイロット達のナビゲーターが旗を振っていた。
ジャンには特定のナビゲーターはいなかった。だが、無いものは無いので他のパイロット達のクルーがどのようなハンドサインを出しているのかを見ながら飛ぶしか方法がなかい。
気球や飛行船の群れを離れてふたたび渓谷を流れる風に乗って次の自分のコースを選んでいると、次第に渓谷の風が荒れはじめる。
後ろを振り向くと、あの丸太のオスプレイが原始人達の必死の自転車こぎで空を飛んでいた。
原始人たちのオスプレイは棍棒のローターをグルグル回して、でも姿勢が不安定なのかあっちにふらふら、こっちにふらふらと機体を揺らしていた。
やっぱり重すぎるのか。エンジンパワーがまだまだ不足なようだ。
「よく飛ぶよなああんなので……」
丸太一本造りの内側では、原始人たちの群れが自転車のペダルを一生懸命漕いで動かしている。
棒で機体を操縦しているのはリーダー格の原始人の男で、時折機内を振り返っては仲間達の自転車こぎを鼓舞しまた前を見て、絶景を見て何か吼えていた。
エンジン達が汗をまき散らして自転車のペダルを全力で漕ぐ。
「あっ!?」
高度が足りない。原始人オスプレイの目の前に岩の障害物が迫る。
原始人クルーたちが大声を上げる。しかし!
丸太造りの堅牢な機体は地面に接触することなく、棍棒のようなローターで思い切り岩肌を削って吹き飛ばすと軟弱な石灰岩の障害などものともせずに、粉々に砕きながら空を飛び続けた。
「あいたっ! 痛っ!? おわちちち!」
逆にシルフィードの方に砕けた破片が飛んできて、翼に重大な損傷を負わせ始める。
機体がぐらぐらと揺れて、ジャンは咄嗟に操縦桿を握りしめた。
「!? そ、操縦桿が……」
「……………………………………ッ!!!!!」
操縦桿の動きがおかしい。今まで空気を掴んで抵抗を感じていた感覚が、左側だけ若干力が抜けているような気がした。
急いで後ろを振り返る。操縦系で使っているケーブルは、シルフィードの機体の中にしまわれている。
ケーブルが切れたのか? いやしかし、なんだこの変な感覚は。
シルフィードはふらふらと空の上を漂いながら、人知れず意図しない次のコースへと迷い込んでいた。
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