第11話 空とぶポンコツ猛レース!、の巻

 小さい森は、過去この渓谷で墜落した飛行機の墓場の様相をしていた。

 大小様々な機体や残骸が、褐色や黒に変色して、あるいは所々痛々しく変形して森の中に鎮座あるいは突っ込んで動かなくなっている。

 その森と飛行機の墓場から白い鳥の群れが。

「うおおっ!?」

 鳥たちは、ジャンたちの出現に驚いてパニック状態になっていた。

 次々に機体にぶつかってきては、赤と黄色の得体の知れない体液を機体とコクピットにへばりつけてくる。

「なっ、なんだなんだ!? こんなの聞いてないぞ!」

 ――人よ――

 またどこからか心の中に声が聞こえてきて、振り向くと竜がジャンの方を見てすぐ真横を飛んでいた。

「な、なにか用……デスカ?」

 ――空を飛ぶこと許されざる人よ。貴様らは地を這う生き物として生まれた、なのに貴様らはその肥大化した頭脳と、天を仰ぎ唾を吐く、不敬の念を以てその身で天にまで上り詰め、神々の住まう天界と空を脅かし汚そうとした――

「そっ、それは俺じゃないッスよ! いえ違いマス!」

 ――人よ、鉄とぷらすてぃっくと、えれくとりっくの力を以てしか空を飛ぶことのできぬ地上の生き物よ――

「はひぃ……あっ!?」」

 すぐ目の前に特大の鳥が飛んでいた。

 ジャンは竜に目を取られて漫然と空を飛んでいたが、このまま直進するとあの鳥にぶつかって機体にダメージができる。

 ジャンは操縦桿を動かし鳥との衝突を回避しようとした。だが、間に合わない!

「くそっ、ぶつかる……!!」

 ――引け! 翼を持つ生き物たち!!――

 竜が不思議な声でそう叫ぶと、鳥たちが一斉にジャンや竜たちのそばから離れて空を飛びだした。

「な、なんだ!?」

 ――人よ。機械で空を飛ぶ生き物よ――

 懸命に回避行動を取っていたジャンの機体、シルフィードはまだバランスを崩さずになんとか空を飛んでいる。

 目立ったダメージはまだなさそうだ。最初にぶつかってきた数匹の小鳥には手を焼いたが、それ以上の衝撃はまだ受けていないらしい。

 ――なぜ貴様は空を飛ぶ?――

「そんな竜のトンチに答える必要はないぞ小僧!」

 ペガサスに乗った大柄な戦士が、槍を片手にジャンのシルフィードと併走しだした。

 そのとなりには竜が。いや、ドラゴンと言った方が正確か? 忌々しそうに火を吐き出しながら、新しく近づいてきたペガサスと戦士の方を振り返る。

「そいつのトンチは、今まで何万年も繰り返されてきたことだ! 誰もそのトンチには答えられん! 答えのない問いを旅人に問いかけて、答えられない者をこの竜は食ってしまうんだ! 砂の魔獣スフィンクスのようにな!!」

「べ、ベンさん!?」

「誰がベンさんだコラァ!!」

 ――むう――

 竜はペガサスの戦士ベンが言う事を最後まで聞くと、非常に残念そうにジャンの心の中でも呟いた。

 ――せっかく、今日の我の贄を見つけたものを!――

「貴様に人は喰らわせん! この俺の目が黒いうちはな、魔獣キマイラ!」

 ペガサスの戦士はそういうと、ポセイドンの槍、手綱を引き締めて竜と対峙すると高く跳躍して、大会の高度規定ぎりぎりまで空を飛ぶと、竜の口めがけて一気に槍を投げた。

 ――ははは! そのような単調な攻撃!――

「だがこれは避けられまい!!」

 ベンさんは言うと竜が避けた槍を、槍よりも早く飛んでまた掴み下から突き上げ返す。

 ――クッ! 二万年前より腕を上げたな、ベレロポーン!――

「まだまだァ!」

 竜と戦士はそのまま空中戦を始め、地獄の火炎と海の槍、双方激しく空でぶつかり合った。

「空中戦!?」

「小僧! 先に行け! この竜は俺が倒す!」

 ――まて人間! それ以上先には進ませぬ!――

「これただの飛行大会なんですけどー!」

 ジャンはそう言うと必死になって空を飛び続け、飛んでくる火炎やウロコやすぐ下をかする木々の枝葉に気を付けながら、さらに渓谷の奥を目指した。

 森と飛行機の墓場から一転して、渓谷は物静かな小高い崖に転じていた。

 所々に不気味な目と鼻と口の彫りが入った、小さな石が転がっている。

 静かだ。シルフィードの翼が空を切る音しかしない。

 ジャンは父の遺してくれた地図を見ると、そこには渓谷の中でも特に大きな丸印と「危険」の文字が書かれていた。

「いったい何があるんだろう?」

 先ほどの飛行機の墓場ではないが、所々に墜落した誰かの機体が堕ちているのが見える。

 だがどれも燃えかすや瓦礫だらけで、まともに原型をとどめている物は皆無だ。

 ジャンはそろそろシルフィードの高度が足りなくなってきたので、予め地図を見て用意していた「上昇気流の吹く谷間」を目指した。

 渓谷中には、このような特徴的な谷間や崖があちこちにある。ラダー渓谷には、海から大陸を経て山を越え吹いてくる、冷たくて水気のない強い風が一年中定量で吹いていた。

 風はその力と長い時間を使ってこの渓谷内に風穴や切り立った崖、大きくて特徴的な、不思議な形の岩を作っていく。

 崖や岩や石がその形を風によって変えさせられていくたびに、崖を吹く風の向きや力はどんどん変わっていった。それも谷間を縫うようにして。

 村はそのラダー渓を流れる風の終着点になっていた。渓谷の上昇気流ポイントや新たな飛行ルートは、先人たちや冒険家気質のパイロットによって毎年新しく発見され、また村の図書館や地図協会の地図に記載されていく。

 だが、それでもまだまだ発見されていない新しいポイントやエリアやコースはこの渓谷のあちこちにあった。

 だいたい年に一回くらいのペースで地図は更新されている。

 シルフィードはジャンの操縦で、すでに発見されているそういう上昇気流ポイントのすぐ近くまで来ていた。

 風が下から吹いて、シルフィードの翼に新たなら揚力を発生させる。

 翼がしなり、翻って、ふたたびシルフィードは高高度を得た。空を飛ぶ一瞬、機体は背面飛行に移って地上を振り返るその時。

「ん!?」

 吹き矢が。

「えええ!?」

 あと何かの原住民らしい深い小豆色の特徴的な頭巾と集団が。

 一斉に矢と投石が飛んできて、ジャンとシルフィードのボディにガリガリと当たって砕けていく。

「…………!」

「……!!」

「ヘ√レww~―vwヘ√レw~―vwヘ~――!」

「聞いてない! 聞いてない!!」

 小さいミニドラゴンが一斉に口を開き、ミニドラゴンに急いで跨る原住民たちが片手に吹き矢、片手に槍と手綱を持ってシルフィードを追いかけ始めた。

「……………………!!! ……………………!!」

 こういう移動性の障害物があるのも、サバイバルレースの愉しみの一つでもあった。でも通常は、この渓谷に住む民族は普通はコース内に入る事はない。

「ちょっと! なんで!?」

「…………………………!!??!?」

 早口で甲高すぎてうまく聞き取れない原住民語に、ジャンは首を振り顔を青くして必死に操縦桿にかじりついた。

 そのすぐ後ろに原住民の一騎が食らいつく。さながら空中戦だ! 後ろから吹き矢が吹かれた!

「うひい!! 助った、助けーてー誰かー!」

 さらに崖下からも新しい原住民の応援が飛び出して加わり、シルフィードは単機でこの移動性障害物たちの追撃を受ける事になった。

 すぐ目の前に、ちょうどシルフィードの機体高さ分の細い崖が見える。

「あそこに入れば逃げ切れる!?」

 ジャンは懸命に操縦桿を引き入れてエアーブレーキを微調整した。

 すると高度と速度が下がり、すぐ後ろにつく原住民達が槍を振りあげてとどめを刺しにやってくる。だが、ここで原住民達は前を見て慌てだした。

 ジャンの狙いはそこだった。機体を真横に傾けて、崖の内部にシルフィードを突入させる。ぎりぎりの幅で、シルフィードは崖に入れた。だが原住民のドラゴンたちは。

「どうだ! 翼が邪魔で入れないだろう! 勝った!!」

 原住民たちは悔しそうに崖の外で指を鳴らしていたがその時。

 ――甘い、ニンゲンの小僧ごときブンザイが!!――

 あの、竜が崖を走って渡り歩いていた。

「えええええっ!?」

 ――あの程度の策略で我をごまかせると思っていたのか? 笑止!――

 さっきまでペガサスの戦士ベンさん(ベレロポーン)と戦っていた竜が、シルフィードが真横に機体を傾けて飛んでいる崖を走って通り過ぎているのだ。

 もはや飛行大会は何の関係もない!

 原住民は竜の走り渡りの技を見てなるほどと指を打ち、竜の真似をしてこの細い崖を走ってジャンを追いかけ始めた。

 原住民達のミニドラゴンは、竜よりも翼も体も小さいのだ。

「ちょっとー!!」

 ――フハハハハハ! 己の猿知恵を呪うがいいわ! アウチッ!?――

 当然、無理をして崖を走る竜の体を崖の岩肌は容赦なく痛めつける。

 ――イタイ! イタイ! ウガアアアーっ翼が岩に!! 体が潰レル!! 挟まれた!――

 崖に挟まれて身動きが取れなくなった竜を、原住民とミニドラゴンがぬいてジャンのシルフィードを追いかける!

 一斉に吹き矢と投石が!

「ひいっ!?」

 シルフィードは間一髪の差で原住民達の攻撃を避け続け、ついに崖の終着点を飛び越えてふたたび広大な崖と崖の間に飛び出た。

 そこは、大きな窪地だった。目の前にはあの大会の第一目標、黄色い気球とチェックポイントの目印の大きなリングが。

 シルフィードはリングを目指す。他のコースを飛んでいたパイロットたちもほぼ同時期に別方向から姿を現しコース内はラッシュ状態になった。

 その時。真上から、今度はペガサスが飛び出してくる。

「げっベンさん!?」

「はっはっははははー! 神獣キメラよ、今こそ我ら二万年前の決着を付けてや……! おい小僧、あの竜はどこだ?」

「竜なんて知りませんヨー!! あっ、あっちですあっち!!」

「あっちとな。ん、なんだこれは?」

 空の上でペガサスの戦士が立ち止まっていると、そのすぐ脇をジャンのシルフィードが通り過ぎていく。

 しばらくすると無数の原住民たちのミニドラゴンが、崖の中から大量にわき出てきてペガサスの戦士を取り巻いた。

「なっ、なんだこ奴らは!?」

「………………!!!」

 早口かつ甲高い声で原住民たちも鳴き続け、そのうちふと崖の向こう側から何か、低く、大地の底から唸るような声と熱い吐息が聞こえてくる。

「ぐ、しまった!」

 ペガサスの戦士が回避行動をとろうとした瞬間、灼熱の炎が崖の内側から溢れて出てきた。

 次いで溶けた溶岩と、つんと鼻をつく有毒な硫黄ガスの臭い。

 原住民たちも悲鳴を上げながら溶岩の弾を避け続けて飛び乱れていると、ついに崖の中から竜が長い鎌首を持ち上げる。

 ――人よ。地を這い空を汚す罪深き獣よ――

「出たな、キメラ!」

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