第10話 スタートDADADA! ダッシュ!

 リンドバーグはまだ何か狙いがあるのか、駐機場から滑走路への進入をしなかった。代わりにベスパの小型ジェット機がタキシングを終えて滑走路内に侵入する。

「あっ、しまった!?」

 この頃になって今までずっと風を読んでいたジャンが振り返り、滑走路を目指す。

 スーは相変わらず風を睨んでいる。ジャンは未だ飛ばないスーを置いて、ベスパが離陸しようとする滑走路のすぐ隣に機体を移動させた。

「ベスパ!」

「おおうジャンか! なんだ、先に行くか!?」

「ふん、そうやって俺のこと先に飛ばしてあとから弾き飛ばしたりするんだろう!」

「へへっその通りサ!」

 そうベスパは無線で言い切ると、ジャンの反論もよそに思い切りバーナーを吹かして滑走路を走りだす。

 V1、V2と順調にスピードを乗せていくと、風の弱まったラダー渓谷の隙間もなんのその、滑走路先端から勢いよく飛び出して上昇気流に乗り高度を取った。

「おおっと!」

 ついつい調子に乗って、ベスパは上昇気流の流れに乗って高度規定を飛び越えてしまいそうになる。

 ベスパの残していった目に染みる乱気流が滑走路からなくなるか、ジャンは風見のタコの様子を見ながらそろそろと車輪のロックを解除する。

 シルフィードが動く。追い風にのって、ジャンは自分の機体を地上モーとから飛行モードに切り替えた。

 がらがらと車輪の軋む音が聞こえて、ジャンは速度計を睨んで操縦桿を傾ける。

 ふわりと機体の角度が斜めから正対姿勢に代わり、翼端に着ける小さな車輪がふわりと大地を離れる。

 ジャンはすぐ目の前に迫ってきた滑走路最後を睨むと、速度計と体感スピードの差を感じながら少しずつ操縦桿を引き上げた。

 基地の高度をゼロ基準に設定した対地高度計が勢いよく回転しだし、同時に視界が地上から空の上、すなわち三百六十度のパノラマの世界に切り替わる。

 振り返るともう基地があんなに小さい。ジャンは亡き父の遺した地図を取りだして、今自分が飛んでいる場所を正確に把握した。

「高度600! まだまだ!」

 すぐ目の前に、赤い谷間が迫っていた。

 先行する他のパイロット達が黒いごま粒のように見えて、でも彼らと自分の距離は見えている以上には近い。

 一番近くを飛んでいるのはライト兄弟だ。高度はジャンのシルフィードよりかなり低く、太陽の光を背に受けて、ラダー渓谷入り口前に広がるライ麦畑上空を必死に滑空していた。

 渓谷をヘビのようにうねって走る道路に、古いタイプのオープンカーが走る。

 観客たちが自分ら飛行機を見あげて手を振り、ジャンは彼らの顔を見るとごこちなく笑って手を振り返した。

 たぶん、見えていないだろう。ライト兄弟のグライダーが地面すれすれまで高度を落とし、人間の足が出て着地の体勢を取っている。

 ライ麦畑には誰も人がおらず、最初からライト兄弟たちはこの麦畑に向かって飛んでいたらしかった。遠くで農夫がぼんやりとライト兄弟の落着の瞬間を見ておりその中で、ライト兄弟の翼はライ麦畑の金色に白い土煙を飛ばしながら見事不時着に成功した。

 ライ麦畑に太陽の光が輝き、ライト兄弟はガッツポーズしている。

「こっちももうすぐコースが変わる、どこに突入すれば!?」

 先を飛んでいた他のパイロット達もめいめいにコースを取り始め、ジャンは自分の地図を見た。

 一番最初のチェックポイント、高い崖に特徴的な岩が見える。先行するパイロット達は各々このコースの先に浮いている巨大な気球とその真下のリングを目指すべく、それぞれ舵を切って空を飛び越えていった。

 コースの代表的な取り方はこのまま渓谷沿いに飛び続ける事。皆だいたい似たようなコースを取っている。だがジャンはここで、ベスパに教えられた別のコースを選択することにした。

「よし、ここでショートカット! ベスパの言ってくれた地図は……! でも、本当に合ってるんだろうなあ?」

 若干の不安を覚えつつもジャンも舵を切って自分のコースへと突入する。他のみんなとは飛行コースが違うけれど、渓谷沿いのルートと風景は先ほどとあまり変わりなかった。

 その時真後ろから誰かの影が刺し込み、振り返って覗き込むとスーのグライダーの姿があった。

 丸型の特徴的な翼。極端に軽量化されたボディに、小さなコクピット。そこから覗くニヒルな顔には見覚えがある。

「スーだ!」

 スーは機体に無線を載せていないらしく、スーはジャンに向かって小さく手を振るとそのまま渓谷を軽やかに飛び越えていく。

 規定高度すれすれの崖の上を、まるで這うようにして。丁寧な飛び方は、スーの軽量級グライダーの特徴を遺憾なく発揮していた。つまりあの機体は、このコースに合わせて選択したスー専用の機体なのだ。

「あっ、あんな飛び方もあるのか! いいなースーさんの機体は」

 でもいいさ。スーにはスーの、自分には自分の飛び方がある。極端に軽量化しているスーだからこそあの飛び方は出来る。

「信用してるぜ、俺のシルフィード!」

 ジャンはそういうと機体のコクピット、その周りを囲うフレームを覗いた。

 父が作って、ずっと格納庫に置かれていた旧式のグライダー。ずっと空を飛ぶ事もなく、でもジャンが見つけたときには、もう空をいつでも飛べるように整えられていた。

「さあ次は! って、あれ?」

 竜がいた。それからペガサスに乗っている戦士の姿も。それぞれジャンが飛んでいるコースとまったく同じところを同じように先行している。ただしジャンのシルフィードの方が、彼らよりスピードがあったのだろう。先行する彼らに、ジャンのシルフィードは少しずつ迫っていた。

 ペガサスの戦士は手綱を揃えて竜のすぐ近くを飛んでいて、目の前に次々と迫る障害物をひらりひらりとかわしている。

 竜も同じように器用に飛んでいる。ただしこちらの方は、竜は体が大きいゆえに狭い所を飛ぶのがやや苦手らしい。

 翼の先端が渓谷の端に引っかかり、長い足や爪の先ががらがらと岩を砕いていく。

 ちらりと赤い舌を出すと忌々しそうにコースの障害物を振り返り、またぞろ出てくる様々な障害物に苦戦していた。

 狭くて暗い渓谷に、ふわりと大きな緑色の空間と森が広がった。

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