第7話 さあ徐々に盛り上がって参りました、の巻
「カスティヨッサが帰るだって?」
「おう。人はいつか家に帰るもんだ」
「どこにっ? ってか、そんな話俺聞いてないぞ!?」
「言うなって言われたもんなー、俺だってこの前たまたま知ったんだし」
そう言うと腕を組んで、ベスパはベスパらしくない考え込むような顔をして腕を組む。
それからもったいぶってちらりと、太った腹を横に揺すりながらドンとジャンの体を戸つくと、何か言いたげに半分口を開きかけた。
「あー、なあジャン」
「な、なんだよ気持ち悪いな」
「そのー。おめーよ、誰か好きな人とか、その、いんの。いやっちげーぞ俺がお前のことがどーとか言ってるわけじゃないからな!?」
「ベスパさっきから何言ってんの?」
ジャンがいぶかしそうにして戸惑うベスパの横顔を見ていると、ベスパもちょっと居心地悪そうにそっぽを向いてげふんげふんと咳払いをした。
それから何度も分かりやすく咳をすると、なにかもったいぶりながら、じろりとジャンを見て振り返って、また唐突にジャンの頬を軽く殴ってくる。
「いてーっ!」
「やっぱ俺お前のこと嫌いだ。もっとぶん殴っておくんだった」
「さっきから殴ってばっかり。いったい何が言いたいんだよベスパぁ、決闘か何かか?」
「ッ! そ、それだーっ!!」
ベスパが振り向き様にジャンにまた殴りかかってきたので、ジャンはここぞとばかりに軽く身をひねってかわし飛び退る。
ベスパは殴打の姿勢をとって、ジャンを睨むと少し顔を高揚させていた。
「……ん!?」
「おまえ今からなんか持ってこい! んで俺とこの飛行大会で勝負だ!」
「ななな、なんでそんな急に!?」
「バカヤロー女の子がずっと住んでたとこからまた遠くに引っ越しちゃうんだぞ!? それで、その、なんだ、す、すっ、すーすすす……とかなんとかな男に最後告白されてみろよ!!!」
「???」
勝手に盛り上がってるベスパとジャンは、お互い少し距離をとりあいながら、そこでじりじりとベスパが距離を詰めてくるのでジャンも後に引いて距離を保つ。
「おい逃げるなジャン! このおくびょう者!」
「なんなんだよイキナリ!」
「おめー好きな、その、カノジョーとか、どっかいんのかよ!」
「いねーよ! そんなコイとかタイとか知らないね!」
「じゃあいいじゃねえかよ! オイ! カスティヨッサちゃんはどうなんだよオメー!!」
「え。ん!?」
と、ベスパやジャンたちが二人で盛り上がっていることをカスティヨッサ自身は知らない。
ただ高台の上の客席から、空港での盛り上がりを一本の望遠鏡で覗いてみているだけだった。
そう言えばベスパとジャンの姿が見えなくなったなとはカスティヨッサも思っていたが、まさか自分のことで二人が何か話し合っているとはこのときカスティヨッサは思いもしなかった。
事実、カスティヨッサは実家に帰る事にはなっていた。
ジャンには言うなとはカスティヨッサもベスパには言っていたけれど、それはもう少しあとで自分で言おうと思っていただけで。
それが今日帰るとか、カスティヨッサもジャンが好きだとかそういう話は一切していない。
すべては男どものただの勘違いで、勝手に話が進んでいるだけなのだが。
大会が開かれている渓谷の向こう側で、小さな白い雲がもくもくと上がりだす。
心なしか、少し風が強くなってきたような。
「嵐が近いようでございますな、お嬢様」
「そうね。大会はいつ始まるのかしら?」
執事のじいやが傘を持ってくると、カスティヨッサはさも当然と言わんばかりにじいやに傘を差させてそのまま望遠鏡を覗き続ける。
「嵐が来ると飛行機はうまく飛ぶ事が出来ません。これでは、もし嵐がこれ以上強くなるようでしたら大会開催もすこし難しいかもしれません」
「あらそうなの? ところでジャンくんたちの飛行機はいつ飛ぶのかしら?」
「もうあと、一時間後くらいでございましょうか」
「たくさん人とひこうきがあるけれど、ジャンくんも、ベスパくんも、ちゃんと一等取れるのかしら」
執事はなんとも言えないといった様子で眉を下げ肩を落としたが、それでもカスティヨッサの質問に対し、分からないと答える言葉は執事の中にはない。
「もちろんでございますとも、お嬢様」
執事は見えない未来の疑問を、丁寧にカスティヨッサに答えた。
そんな執事の見えない心遣いを、さも当然と言った具合で聞き流すのが我らのカスティヨッサ嬢だ。
んーと小さく声を出すと、望遠鏡を覗き込んでいた手を引っ込めて椅子にちょこんと腰を戻した。
「待つのも疲れたから、今すぐ大会を始めさせてちょうだい」
「かしこまりました」
「あと賞品がいるわよねー。えっとね、サプライズ?」
「好きなのか嫌いなのかって聞いてやってんだよコノー!」
「んな急に言われたってその、困るわ!!」
「じゃあ俺がカスティヨッサちゃんに言っちゃってもいいのかよテメー!」
「あ!? い、いやダメ! 絶対ダメ!!!」
「じゃあなんなんだよ!!!」
「か、か彼女はその、うー…………」
ジャンとベスパが言い合って争ってつかみ合っているその時。
大会開催委員会本部のあるテントの方から、なんだか大きなサイレンが響いて聞こえてくる。
ビーオビーオと耳に障る嫌な高音と低音の繰り返しから、さっきまで台の上で演説していた村長がガーガー言うスピーカーで音声テストを繰り返していた。
「あーあーテステス、本日は晴天ナリ……あーあーあー、聞こえる? あ、うんそうね」
村長のなんだかハイテンションな声が渓谷中に聞こえて、駐車場にいるパイロットや記者たち、観客、スーやヒョットールやベスパ、ジャン、原始人、竜、ライト兄弟にモンゴルフィエ兄弟、リンドバーグ、レオナルドダビンチ、ペンギン、イカロス、魔女、ペガサスに乗った人、うちわ、飛び入り参加してきた宇宙人と未来人と異世界人と超能力者ペア、インド人、今年最後の金曜日にまた飛ぶ事になったテトとナウシカさんペア他さまざまな人らが村長の声に振り向く。
遠くから、強く湿った風にのって雷の音が聞こえてきた。
「本日は皆さま遠い所からはるばるやってきてくださって、まことにありがとうございます! 天気予報では今日は一日中晴れの予報だったのですがッ! どうも突発的にどこか雨雲が発生したみたいで少しくらい濡れてもいいかなとは思っとったのですがどうも風向きが怪しくなってきたみたいで風もすこぶるよろしくないと気象監視員が申しますことにあんまり日も良くなかったなと最近はとても思い始めるようになりまして本大会はそのまことに恐縮でございますがその今現時点をもって大会中止というとても思い決断を迫られておりますがその」
段々とどんどんテンションダウンしていく中で、要点をほとんど言えていない村長の言葉からは嵐が原因で大会中止する旨のニュアンスがもやもやと漂ってくる。
ごろごろと雷雲が少しずつ近寄ってきて、渓谷中にさっきまで刺し込んでいた太陽の光は届かなくなっていた。
みなが不安そうに黒雲を見あげていると、ぶうんと大会本部脇から黒塗りのベンツが走り去っていく音が聞こえる。
カスティヨッサの乗っていた車だ。その瞬間、村長の暗くトーンダウンしていた声が、突然ハッピーモードに切り替わった。
「……今、すぐッ! 大会を再開します!!! 参加者の皆さま今すぐ飛ぶ準備を!」
「えええええーっ!!!???」
インド人が何か言いたげに口を開けて抗議の姿勢を取ると、そのすぐ前側に立つ他のパイロットたちが一斉に声を上げる。
「燃料もまだ積んでないぞー!」
「こっちは機体の組み立てだってまだ終わってないぞ!?」
「正当な準備くらいさせろー!!」
「冗談じゃなーい!」
「ナマステー!」
会場中から一斉に抗議の声が上がると、村長は隣に座る事務員の不安そうな顔を振り返る。
ふたたびマイクを手に取ると、記者たちの目とカメラマンのレンズがいっせいに村長の顔に注がれた。
「……飛べない奴はただのブタ!」
ナウシカさんがものすごく何か言いたそうな顔をして村長を振り返り、インド人も抗議の声を上げようとふたたび腕を振りあげる。
そこをまた他のパイロットたちがめいめいに声を上げ、インド人の抗議にさらに抗議の声を上書きした。
村長は構わず続ける。
「同時にルールの若干の変更のお知らせもあります! えー……」
パイロット達が思い思いに叫びあって抗議の声を上げ、観客も、面白おかしく村長とパイロット達の応酬に適当に野次を飛ばしてくる。村長も負けじとマイクの向こうで、大声を張り上げた。
会場が、慌ただしくごたごたと動き始める。
「先ほどまでご案内してましたレースのゴールはこの渓谷の先のフラップ村で、エート、ありました! が! 今回はあの観客席側の!」
一同ががやがやと騒ぎながら村長の声の言う、小高い観客席側の方を振り向く。
そこでは質素な外着のカスティヨッサ嬢が、笑顔で大衆に向けて手を振っていた。
「あの、ご令嬢の前と言う事で。一等には彼女のキスが、エート、待っておるそーです」
「横暴だ! 村長の職権乱用だ!」
「シャラップ!」
逆にばっちし決まった村長の顔を新聞社のカメラが捉え、会場中にふたたび活気……というか、喧噪が戻ってくると。
ジャンは気が付いた。
これは、カスティヨッサからの無言の圧力だと。
このレースで自分かベスパが、あるいは自分が一等を取らないとカスティヨッサが恥をかく。それを分かってか分からないでか、冗談半分でもそういうジョークを言ってのけてしまうのがあのカスティヨッサ嬢だ。
いつもいつも、そういう無茶ぶりをジャンに言って泣かしてくる。カスティヨッサも、あとベスパも、どっちもだいたい似たようなもんだと思う。すぐ無茶振りをしてくるという意味で。
気がつくと大会は、良くも悪くも午前よりずっと盛り上がりつつあった。
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